山内惠介のコンサートから感じた歌謡界への強い信念 東京国際フォーラム公演レポート
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演歌界の貴公子との異名を持つ山内惠介が、10月25日に東京・国際フォーラム ホールAで、『山内惠介コンサート2018 ~歌の荒野に孤り立つ~』を開催した。カバー曲で構成した第一部とオリジナル曲を中心にした第二部の二部構成で、全29曲を熱唱した。
名曲を歌い継ぐ心意気を感じた第一部
「ユーミンさんをはじめ、シンガーソングライターの方の曲をカバーさせていただいて改めて思います。僕は歌詞も書けなければ曲も作れません。ならば歌のプロフェッショナルに徹しよう、と。どんな荒れ地であっても、みなさんの応援によって、一人でも戦って進んでいきたい。そんな気持ちから、“歌の荒野に孤り立つ”と付けさせていただきました。第一部では、オリジナル曲は1曲も歌いません。(客席から“え〜!”と声があがり)そんなこと言わないでください。これも荒野に孤り立つための挑戦ですから」と、冒頭でこの日のコンサートに賭ける想いを語った山内。
第一部では、松任谷由実からサザンオールスターズ、尾崎豊、そして西城秀樹など、70年代〜80年代の歌謡曲やニューミュージックのヒット曲をカバー。50〜60代のファンは、それぞれの青春時代を思い出しながら一緒に口ずさんだ。山内は、朝の連続テレビ小説を毎日欠かさず観ているそうで、「朝ドラに出たい!」とも発言して笑いを誘いながら、“朝ドラ愛”をたっぷり込めて「花束を君に」を披露した。同曲は、宇多田ヒカルが母親の藤圭子が亡くなった際の思いを込めたものであることに触れ、亡くなったサポートバンドメンバーへの哀悼の気持ちも表した。
また、5月に亡くなった西城秀樹とはTV番組などで共演経験があるとのことで、西城との縁を少し語った上で、「生意気なようだけど、後輩として歌い継がせていただきたいです」と話し、山内が生まれた1983年にヒットした「ギャランドゥ」をはじめ、「傷だらけのローラ」や「ブルースカイブルー」といった3曲をカバー。客席を指差すなどアグレッシブに手振りを交えながら、シャウトを入れるなどの熱唱で観客を魅了した。
第二部の前半は“粋な男”をテーマに、着流しと雪駄の出で立ちで登場し、「あたりきしゃりき」や「上州やぶれ笠」、そして「僕の生まれ故郷である福岡の出身で、これぞ究極の粋な男と言ったらこの人でしょう!」と紹介して、村田英雄の「無法松の一生〜度胸千両入り〜」を歌った。昭和初期の日本の情景と、荒々しくも心優しき当時の男たちの物語が目の前に広がり、山内も着物の襟元をギュッと掴んで客席に向かって見得を切るポーズで決めてみせた。山内は座長公演をやったことで着物の魅力を再発見したとのことで、オーダーメイドの着流し姿も実に“いなせ”であった。
男らしく凛とした山内惠介に惚れ直した第二部
この日のステージの最大の見どころになったのは、白波が押し寄せる冬の海のようなダイナミックさとドラマティックさを携えた、「さらせ冬の嵐」を中心にした、「釧路空港」や「流氷鳴き」といった北海道を舞台にした切なさ溢れる楽曲群のパートだ。ここでは、演歌界では山内が初導入したという「リリカルプロジェクション」が使用され、ステージ全面に歌詞が映し出された。どの曲もある女の悲恋が歌われているのだが、山内はまるでその感情が乗り移ったかのように、実に情感たっぷりに歌って魅せる。それに合わせてステージは、濃紺の海のような青や、情熱的な炎のような真っ赤のライティングに染まり、まるで一つのドラマがステージ上で繰り広げられているようだった。
また「恋する街角」などポップな歌謡曲では、客席から「けいちゃん!」と声がかかり、山内は投げキッスで返す。観客が一緒に歌えば、その声に頭の上で丸を作るポーズで笑顔を見せる。この時ばかりは女性客も、十代の乙女に戻ったように目を輝かせながらペンライトを振り続ける。まるでアイドルのコンサートさながらに、演歌界の貴公子の本領を発揮していた。
最後に「自分ひとりでは何もできない。スタッフ、応援してくださるみなさん、家族や友人、今は亡き人もいて……本当にいろいろな人の応援によって、今ここに立っていられていると実感します。前に進むことは大事で、生きるために必要なことです。まずは20年、20周年に向けて、歌謡界において自分がどんな存在になれているか、自分で確かめたいです」と、今後について語った山内。真っ直ぐに前を見つめる目、キュッと一文字に結んだ口元、そこには山内の強い信念、決意や覚悟のようなものが感じられた。
この日の最後には、再び「さらせ冬の嵐」が歌われた。スケールの大きなマイナー調のドラマチックなサウンドに、全身全霊を込めたエモーショナルな歌声が重なる。涙を隠すためにわざと傘差さず、雨に打たれながら街をさまようといった経験をした女性もいると思うが、この曲はそれよりさらに強く激しい感情が表現されている。大声で泣きたいのならば、人目をはばかることなく、恥も承知の上で、すべてをさらけだして泣き叫べばいい。冬の嵐が、すべてをかき消してくれるから……。荒々しく歌われるサビは、まるで冬の嵐のような激しさで、目の前を白く覆い尽くすような吹雪の中で、一人泣き崩れている女性の姿が、その歌声からは想像された。
演歌独特の情念を、胸の奥から湧き出る魂の叫びと共に、激しさを伴って表現する。それが「さらせ冬の嵐」の真骨頂であり、その激しさこそが、歌の荒野に孤り立つために必要なものだ。さまざまな出会いと別れを経験したことで、また一つ人として歌手として成長した山内。演歌の貴公子と呼ばれる爽やかで愛らしさを持った“けいちゃん”とはひと味違った、胸の奥に熱いものを携えた男らしく凛とした山内惠介の姿に、きっとこの日多くのファンが惚れ直したことだろう。
■榑林史章
「THE BEST☆HIT」の編集を経て音楽ライターに。オールジャンルに対応し、これまでにインタビューした本数は、延べ4,000本以上。日本工学院専門学校ミュージックカレッジで講師も務めている。