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吉沢亮の舞台俳優としての力量をみた 演劇ジャーナリスト・大島幸久が観た『マーキュリー・ファー』

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世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』より 吉沢亮  撮影:細野晋司

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白井晃が演出した『マーキュリー・ファー』の場面が進む。その半ば辺りから、それまで抱いていた現実感がさらに増していく体験は久しぶりだった。作者フィリップ・リドリーが描く物語は我が国が直面している、あるいはそう遠くない時に必ず到来するのではないか。そのように思わせる現実味があった。

興味を持っていた俳優は吉沢亮だった。NHKの大河ドラマ『青天を衝け』で主人公の渋沢栄一を演じて間もない仕事にこの翻訳劇に出演したからだ。舞台俳優としての力量をみたかった。

暗闇の中、上手の客席脇からトーチの明かりを頼りに舞台に入って来た。そこは廃墟となった団地の部屋。不自由な足をひきずっている。兄エリオットの役だ。弟ダレンの北村匠海と会話が始まる。ともにまだ10代。この場面が恐ろしく、長い。だが、吉沢の台詞は客席にまで良く通った。

幻覚剤“バタフライ”を売買している兄と弟。「ものすごく愛してる」と、くどい位、ふたりに繰り返される対話が印象付けられる。貶し合い、バカにしたり、兄は弟を支配するがそれでも両親や昔の楽しかった頃を思い出しながらギュッと抱き締めもする。これは家族の深い愛の話なのだ、と息がピタリと合うふたりの芝居から分かる。ところが、登場人物の全てが愛に飢えている、と後半になるにつれて理解されるのである。

吉沢の演技はケレン味がない。大声を出しても、弟と拳銃のまねごっこ遊びなどでの笑顔も自然さがある。顔立ち、声音から窺える優しさもあるのだろう。だが、仲間のスピンクスを演じた加治将樹と弟ダレンを加えた激しい格闘は皆、一切の手抜きがなかった。喧嘩ごしの演技だった。

その加治だが、迫力ある体格、発声、運動力には驚いた。盲目のお姫さま役・大空ゆうひの美貌と狂気の世界で浮遊するような表情が面白い。ローラの宮崎秋人、パーティゲストの水橋研二、少年ナズの小日向星一ら脇役陣が個性を競い合い、厚みのある舞台になった。そしてそれら人物の演出、松井るみの美術が光る。

戦争や不安が近づく荒廃した世界では人間は狂気に走るのか。コロナ禍、戦火のウクライナ情勢といった現在の状況を俯瞰すれば7年前の初演より一層、愛の深さに思いが及ぶのである。(1/28所見)


プロフィール

大島幸久(おおしま・ゆきひさ) 東京都生まれ。団塊の世代。演劇ジャーナリスト。スポーツ報知で演劇を長く取材。現代演劇、新劇、宝塚歌劇、ミュージカル、歌舞伎、日本舞踊。何でも見ます。著書には「名優の食卓」(演劇出版社)など。鶴屋南北戯曲賞、芸術祭などの選考委員を歴任。「毎日が劇場通い」という。



【『マーキュリー・ファー Mercury Fur』動画配信情報】

配信プラットフォーム:PIA LIVE STREAM
配信期間:2022年4月3日(日)10:00~4月9日(土)23:59
※上記期間中、視聴用URL引き取り後から5時間、視聴可能。(5時間を経過するとURLが無効になります。)

チケット発売期間:3月13日(日)12:00~4月9日(土)19:00
配信チケット価格:3,500円