韓国発“3人ミュージカル”の金字塔『あなたの初恋探します』観劇レポート

韓国生まれの“3人ミュージカル”の金字塔『あなたの初恋探します』が3月26日、東京・浅草九劇で開幕した。日本ではこれまで3度上演されているが、今回は新訳、新演出。浅草九劇というコンパクトな空間にあわせ、韓国の小劇場のメッカ・大学路（テハンノ）産らしい、作品本来の素朴な魅力が際立つ作品として生まれ変わった。出演は佐奈宏紀・石井雅登（Wキャスト）、愛加あゆ・山口乃々華（Wキャスト）、平野良。上演台本・訳詞は藤倉梓、演出は豊田めぐみ。石井＆愛加ペア、佐奈＆山口ペア、それぞれの初日を観劇した。

物語は、会社をクビになり彼女にも振られたツイてない青年・ビョンソンが、一念発起して“初恋を探す会社”を立ち上げることから始まる。そこにやってきたお客第一号は、これまた会社を辞めたばかりの女性・ユナ。「初恋を忘れられない」と言う彼女だが、その初恋相手の手掛かりはありふれた“キム・ジョンウク”という名前だけ。ビョンソンとユナは、キム・ジョンウクを探すため、様々な手段に出るのだが……。

気の強い女性が気弱な青年を相棒に初恋相手を探す大騒動……というストーリーラインの中に、30歳をすぎ人生の転換期にきた男女が、自分の生き方と向き合っていくという共感性の高いテーマが描かれる、秀逸なミュージカルだ。これを耳馴染みの良い音楽と畳みかけるような笑いでノンストップで見せていく小劇場らしい作品なのだが、今回の浅草九劇バージョンは、まさにその“小劇場らしさ”をとことん味わえるのが魅力だ。大掛かりなセット転換もない中で場面がくるくる替わり次々と色々なキャラクターが登場、キャストがわずか3人だけとは思えない賑やかさ、楽しさ。マンパワーが生み出す熱気で心が浮き立ち、俳優の飛び散る汗までも見える距離でダイレクトにキャストの熱演が伝わってくる。

ダブルキャストの年長者コンビである石井＆愛加ペアは、歌の安定感はもちろんのこと、コメディセンスも光り、物語を軽快に運ぶ。石井は七三分けに黒縁メガネの絶妙なイケてなさが愛らしく、しかし意外な負けん気の強さ、ところどころで見せる謎の自信などが可笑しく、体当たりでビョンソクを演じている。劇団四季出身のベテランだが、これまでになかった意外な魅力開眼ではないだろうか。愛加は、気が強くクールなキャリアウーマンぶっているけれど、内心はとてもロマンチストというユナの性格が非常によく伝わる役作り。可愛げなくビョンソンに言い返してみたり、痛いところを突かれて逆上したりという表情もいちいちコミカルで、作品のラブコメ度を加速させる名演技。しかしふたりとも、一歩踏み込めない自信のなさや、相手を思うからこその逡巡といった繊細な感情表現も的確で、いつしかビョンソンに、ユナに感情移入し、恋の行方にやきもきしてしまう。

対する佐奈＆山口はやはり実年齢の若さもあって、エネルギッシュかつ情熱的。佐奈のビョンソンはインドア派の少し偏屈な真面目青年といった役作りで、大きな佐奈が長い手足を縮こまらせてあわあわとしている姿はそれだけで面白いが、だからこそ真っ直ぐな情熱を見せるとドキっとしてしまう。山口は、男勝りで芯がしっかりしていながら、自分の中に起こっている恋心に戸惑っているようなところがアンバランスで、支えたくなるようなユナ。こちらは見ていて素直にビョンソンとユナの恋路を微笑ましく思い、応援したくなるコンビだ。ひと言で表現するのも野暮かもしれないが、石井＆愛加ペアはラブコメ度が高く、佐奈＆山口ペアはロマンス要素が強めといったところか。二組から受ける印象が驚くほど異なり、ユナとビョンソンの恋にしても、見ていてハラハラする部分、キュンとする部分がまったく違って面白い。

さらに、その他のキャラクターを一手に引き受ける“マルチマン”役の平野良が八面六臂の大活躍だ。ユナの父、ビョンソンの母、大家のおばさんから謎のインド人やCAまで老若男女20数役を目まぐるしく演じていく。舞台裏の大騒動も容易に想像がつく大忙しっぷりの中、多彩な声色、表情を使い分けるその器用さに唸らせられるが、平野のマルチマンはどこか俯瞰した視点があり、ニヤニヤとふたりの恋の行方を楽しんでいるように感じるのも面白い。全員が大忙しの作品なだけに、舞台上では小物が落ちたりといった小さなアクシデントも発生するが、それらも当意即妙なアドリブで笑いに変えてしまう技量もさすが。またスキあらば客席に向かってカッコつけている油断ならなさも可笑しく、ジワジワとハマってしまいそうな個性的なマルチマンだった。

本国・韓国ではこれまでに数多くの俳優たちが演じ、10年以上ロングランを続けている。俳優によって作品の色が変わり、俳優の数だけ様々な魅力を見せてくれるのがこのミュージカルの楽しみなのだ。今回は上述の組み合わせ以外にも佐奈＆愛加ペア、石井＆山口ペアがあるので、また違う表情を見せてくれるだろう。とはいえ、どの組み合わせでも最後にほっこり幸せな気分にさせてくれて、前向きなパワーをくれることは間違いない。劇場をあとにしても、いつまでも3人の弾ける笑顔が心に残り、幸せな余韻が続く。日ごとに暖かくなり気持ちも軽くなっていくこのシーズンにぴったりのミュージカルだ。

公演は3月26日(土)から4月17日(日)まで、浅草九劇にて。チケットは発売中。

取材・文：平野祥恵