坂元裕二作品になぜ惹きつけられてしまうのか 『脚本家 坂元裕二』で浮かび上がるその実体
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坂元裕二が今、何をしようとしているのか。これまで私たちは更新され続けてきた坂元脚本のテレビドラマから零れ出るイメージを感じ取ることで、坂元裕二という人を知ったつもりになっていた。だが、今年3月に連続ドラマの執筆を休むことを宣言して以降、その秘密と動向を知りたいファンに応えるかのように、10月に発売された書籍『脚本家 坂元裕二』(Gambit)の出版、そして、11月12日放送のNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』における初の密着取材と、どうやら坂元は、その実体を詳らかにする時期にさしかかったようだ。
参考:坂元裕二の休息はテレビドラマ史の節目となる 2010年代における功績を振り返る
とはいいつつ、この一冊を読むことで「脚本家 坂元裕二」が何者かを簡単に説明できるわけではない。真っ白な本だ。台本ぐらいの大きさで、白地にポツンと「脚本家 坂元裕二」とある。坂元本人は、「脚本家」という職業も、自分の本名さえなんだかしっくりこないらしい。だからこの本を書店で見かけたとして「サイズの合っていない靴を履く感じ」で、ひとたびその本を開いて、そこに満島ひかりや瑛太はじめ俳優たちの名前があってはじめて、「(彼らが)話す言葉を書く人」といった風に「僕は自分というものにしっくりくる」(p.186)と言うのだ。本人でさえそう言うなら、なおさらわからない。
まず、本の中に散らばっている情報を手繰り寄せる。相米慎二や黒沢清、ジャック・タチの『プレイタイム』が好き。本棚にはあらゆるジャンルの本が揃っていて、ノンフィクションが目立ち、バスター・キートン評伝もある。好きな動物はシロクマ、柴犬、コアリクイの順。『カルテット』(TBS系)の家森(高橋一生)と同じように小学生のころ、学級会の議題になったことがある。そんな人物。「(ドラマ『最高の離婚』(フジテレビ系)の瑛太演じる)「光生の歩き方が坂元に似てる」と言われたこともある」(p.39)とあるように、まるで坂元脚本の登場人物のうちの1人のようだ。ドラマに出てくる登場人物たちの随所に、坂元自身が見え隠れする。
つまり脚本家というのは、本人が「脚本家の仕事は演出家よりも役者の仕事に近い」(p.111)と言及しているように、物語自身であり、登場人物たちの分身でもある。坂元が23歳の時に書いた『東京ラブストーリー』、さらには『あなたの隣に誰かいる』、『西遊記』、『トップキャスター』(いずれもフジテレビ系)ときて、『Mother』(日本テレビ系)、『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)、『最高の離婚』、『Woman』(日本テレビ系)、『カルテット』、『anone』(日本テレビ系)に至るまで、常に“脚本家 坂元裕二”の実体は、彼が描くテレビドラマの中にあった。だから、テレビドラマ休業後、坂元裕二はようやくその存在そのものを見せるに至ったのだ。
この本は、『脚本家 坂元裕二』と銘打ちながらも、坂元裕二脚本作品の関係者たちと本人による各ドラマの解説集、後述する“履歴書”が主である。メインは、彼が描いてきた登場人物たちだと言っていい。だが、それ自体が、実は脚本家・坂元裕二自身の中身、“履歴書”そのものになっているのである。
坂元は脚本を作るとき、通常の企画書やストーリーをあまり書かず、登場人物の過去について掘り下げて書いた“履歴書”を作る。履歴書と言っても読み物として最高に面白い。その人の人生の断片。そこにあるのは、坂元の登場人物、さらにはそれを演じる俳優たち1人1人への愛だ。
巻末における、各ドラマの履歴書には、まだ役名も僅かに違ったりする登場人物たちの知られざる過去や思いが描かれている。そしてそれは、プロデューサーや演出家、スタッフ、俳優たちが加わり「外からきた違和感みたいなものでストーリーが変わっていったりする(p.8)」。テレビドラマゆえ、視聴者の知る彼・彼女たちそのものではない。私たちが知っているよりもさらに繊細で孤独で、鋭い存在だったりする。例えば、ドラマ『カルテット』のすずめと『スーパーマリオブラザーズ』の曲にまつわる幼い頃のエピソードはドラマ本編では描かれていない。そういった、まだ演じられていない段階にある、愛すべき彼らの姿は、ファン必読である。
坂元裕二脚本のテレビドラマにはいつも必ず「私」がいる。例えば、『カルテット』における「エスカレーターの下りに乗るときちょっとだけがんば」らないといけないすずめ、極度の心配性の真紀(企画段階では「棒田待子」)だったりする。坂元が「どこかで誰かがひとりで「こんな風に思っているのは私だけなのかな」と思っているのを見つけてきて書くのが仕事だと思っている」(p.11)とインタビューで言及していたように、きっとそんなことを思う多くの「私」たちが、坂元脚本のテレビドラマに惹きつけられてしかたがないのだろう。
最後のページには『カルテット』ファンには嬉しいオマケがついている。彼らがどこかで今も演奏しているかのように思えてくる、切り外しができるそれを、私は部屋の壁に貼った。もちろん画鋲ではなく、テープで。日常と一続きにあるから、私はテレビドラマが好きだ。特に、坂元裕二の作るテレビドラマが好きなのである。
「またいつか週に1度の何曜日かの、夜の何時かの、ふとした1時間をご一緒に」(p.189)
そんな言葉で、物語は終わる。
また、いつか。
それが遠くない未来であることを、1テレビドラマファンは切実に願っている。(藤原奈緒)