『エレファント・ソング』井之脇海インタビュー「主人公マイケルとは何者か探し当てたい」
ステージ
インタビュー
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井之脇海 撮影:石阪大輔
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すべて見る失踪した医師の謎を追う病院長を、入院患者の青年が翻弄するサイコスリラー『エレファント・ソング』。カナダの作家ニコラス・ビヨンが2002年に執筆し、翌03年〜10年にはカナダ・モントリオールを中心に世界各地で上演され、14年にはグザヴィエ・ドラン主演で映画化もされた。濃密な三人芝居が繰り広げられる本作において主人公の患者マイケルを演じるのが、舞台初主演となる井之脇海だ。演出を手がける宮田慶子、病院長グリンバーグ役の寺脇康文、看護師ミス・ピーターソン役のほりすみこと本読みを始めたタイミングで、作品に懸ける想いを語ってもらった。
僕以外の人に、マイケルをやらせたくない
──悲しみと狂気をまとったマイケルを演じることは、俳優としてやり甲斐のある挑戦なのではないかと思いました。主演に選ばれたことを、井之脇さんはどのように受け止めていらっしゃいますか?
舞台の経験があまりない僕に、この役を任せてくださったことを感謝しています。とても演じがいのある役ですし、マイケルを掘り下げることは僕自身の成長にも繋がると信じています。
──映画版で井之脇さんと同じ役を演じたグザヴィエ・ドランの発言(=マイケルは僕だ)を引き合いに出し、「僕も今回、戯曲を読んで、直感的に『マイケルを演じるのは僕だ』と強く思いました」とコメントされましたよね。マイケルのどんな点を指して「マイケルを演じるのは僕だ」と感じられたのですか?
ドランの「マイケルは僕だ」は、彼とマイケルの悲しい生い立ちが重なっていることを示唆しての発言だと思うんですが……僕はどちらかというと「僕以外の人にやらせたくない」って気持ちから発したコメントでした。
──役に対して“独占欲”に強い気持ちが芽生えた?
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うまく言えないのですが、「僕が演じなければいけない」と感じたんです。この作品を紐解く時、マイケルはよく「愛を渇望する人物」と説明されますが、同時に「自分はいったい何者だろう?」とアイデンティティを探している青年でもあるのかな、と。これを両立させるのは難しいと思いますが、一方で「僕なら自分なりのマイケルが表現できるんじゃないか」という謎の自信もありまして。
──井之脇さんをそこまで突き動かすものの正体って何でしょうね?
他者から愛情を注がれる機会が圧倒的に少なかったマイケルと、僕が育ってきた環境はかけ離れているにもかかわらず……なぜか彼を遠くに感じなかったんですよね。「マイケルとは何者か」を、本読みや稽古を通じて探り当てたいです。
寺脇グリンバーグを翻弄し、試行錯誤を重ねる楽しみ
──井之脇さんは日藝(日本大学藝術学部)のご出身ですよね。主演が決まる前から、本作の映画版はどこかでご覧になっていたんでしょうか?
出演が決まったあとに「ちゃんと観よう」と思って向き合ったら……既視感がありました。題材も、グザヴィエ・ドランの主演作ってことも知っていたので。学生の頃に“ドラン教”の友人宅で断片的に観ていたのかもしれません。
──映画と戯曲の両方に触れたいま、何が本作の魅力と感じていらっしゃいますか?
映画は戯曲から改編されていますよね。寺脇さん演じるグリンバーグが心優しい人物として描かれているし、彼とミス・ピーターソンの間に浅からぬ関係がある設定も、戯曲にはないので。情報量が多いぶん、観客に伝わるメッセージが明確な気がしました。つまり、マイケルの「他者から愛されたい」という根本的な欲求や満たされない悲しみがダイレクトに伝わってくる。それが映画の魅力だと思います。
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これらに加えて「サスペンス要素」がふんだんに盛り込まれていることが、戯曲の魅力だと感じました。失踪したマイケルの担当医はどこへ行ったのか、解決に向けてマイケルが提示した3条件は何を暗示しているのか、そしてマイケルとは何者か──。彼の悲しさを滲ませつつも、会話劇の中にヒリヒリした緊張感が常に横たわっている。その様子を、固唾を飲んで見守っていただけるのではないでしょうか。
──物語の結末を知ると「愛を渇望する人物」というマイケル評も腑に落ちるのですが、ラストにいたるまではグリンバーグを翻弄して喜んでいる気さえするほど得体の知れない人物像が浮かび上がってきます。実際に本読みで寺脇グリンバーグと対峙してみて、いかがでしたか?
僕が言うのはおこがましくて恐縮なのですが……本当によくできた戯曲で。だから台本通りに喋るだけで、自然とピリピリした空気になるんですよね。わざわざ緊張感を醸さなくてよい。これ、寺脇さんと本読みを一度しただけで実感しました。どう見えるか追求するより、「キャラクターの感情を同期させてセリフを発することが大切なんだ」と早めに気づいたことは収穫だったかもしれません。
──寺脇さんを翻弄することはおもしろいですか?
すごくおもしろいです(笑)。寺脇さん、本当に丁寧に僕のお芝居を受けてくださいますし、その逆も「しかり」で。僕がひとりで黙読していた時に想定していたグリンバーグの人物像より、寺脇さんがもっと優しさや厳しさを打ち出してこられる瞬間があったんですね。それを受けて僕も「じゃあこんな感じにした方がマイケルとして自然かな」と試行錯誤してみる。読むたびに、少しずつ違う方へ向かっていくこともありました。そういう変化を、ミス・ピーターソンに扮するほりさんとも共有しながら楽しんでいるところです。
──そんな現場に、演出の宮田さんはどう関わっていらっしゃるのでしょうか?
先日、宮田さんとキャストの4人で台本の共通理解を深める時間があったんですが、「こうして」と解釈を押しつけるようなことは絶対になさらない。宮田さんから投げかけられた「マイケルはどうしてこんなこと言うんでしょうね?」という問いかけに寺脇さん・ほりさんと考えるうち、自然とキャラクターが形づくられていきました。ひとりでなく、みんなでマイケルをつくれる環境が本当にありがたいです。
セリフ覚えのプレッシャーより、どれだけマイケルを深く掴み取れるか
──映画やドラマへの出演が多い井之脇さんは、そもそも「舞台に立つ」ことをどのように受け止めていらっしゃるのでしょうか?
映像が好きで役者を始め、大学でも映画を勉強していたのですが……最近は芝居そのものが好きになってきました。だからこそ根本といいますか、映画より前から存在している演劇でも通用するように「演技を極めたい」という気持ちがどんどん強まっています。
──映画やドラマとは異なる、演劇のお芝居って?
映像の現場って、顔合わせと本読みを済ませたら次の瞬間にはもうカメラの前でお芝居しなきゃいけません。一方、稽古でトライ&エラーを繰り返せる舞台はみっちり丁寧につくり込むことができます。日々の小さな変化や役や作品について考え抜いた結晶を反映した、中身の濃い演技をお見せできるのが舞台なのかな、と。
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──『エレファント・ソング』はカンパニーの思考が如実に表れそうな作品ですよね。特にマイケルはずっとステージ上に出ずっぱりでセリフ量も多い。ご苦労もあるのではないかと思います。
思わず台本をいったん閉じましたよね、マイケルの言葉数の多さに驚いて(笑)。映画を観ていたのでイメージはしていたんですが、改めて不安になりました。それで「覚えよう」と必死になったものの、どうにもセリフが入らなくて。
──普段のセリフ覚えは?
映像の現場では、セリフ覚えに苦労したことがないんです。というのも無理に覚えようとしていなかったな……と。台本を読んで役について思考を巡らせる時間が好きなので、自然に覚えることが多くて。で、本読みを経て宮田さんをはじめ、キャスト・スタッフの皆さんと相談した結果、今回もその手法でいくことになりました。
──マイケルについて深く考えることができたら自然とセリフも入るのでは、という実験ですね。
まさに! そのうえで何度も本読みと稽古を繰り返していたら、いつの間にか染み込んで覚えちゃった。そんな境地を目指したいです。いまは覚えるプレッシャーより、どれだけ深いところでマイケルを掴み取ることができるか。カンパニーの皆さんと一緒に考える日々を迎えています。
取材・文:岡山朋代 撮影:石阪大輔
『エレファント・ソング』チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2202402
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