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成長し変貌していく一人の若者と、落ちていく義経と。歌舞伎座 四月大歌舞伎第二部観劇レポート

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歌舞伎座 四月大歌舞伎『荒川の佐吉』特別ポスター

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四月大歌舞伎の第二部で上演中の『荒川の佐吉』は同じ歌舞伎の演目の中でも新歌舞伎というジャンル。『元禄忠臣蔵』などで知られる真山青果の作品だ。

主人公の佐吉は一介の大工からやくざになったばかり。だが親分の鍾馗の仁兵衛は浪人成川郷右衛門に片腕を斬られ落ちぶれてしまっている。その親分の娘のお新は、日本橋の大店・丸総の旦那の妾になっていたが、産まれた卯之吉が生まれつきの盲目のため、親子で離縁されそうになっていた。佐吉は仁兵衛から、次女の八重と夫婦になってこの子を育ててくれと頼まれる。だが仁兵衛が金目当てに卯之吉を預かってきたことを知った八重は、その情けなさに出て行ってしまった。佐吉は大工仲間の辰五郎の手も借りて卯之吉を育てることを決意する。

その後仁兵衛は賭博で身を持ち崩し命を落とし、辰五郎の助けを借り卯之吉を必死になって育てる佐吉。ついに佐吉は仁兵衛の敵を討つため成川に挑む。その際に後見人として佐吉を見守ったのは相模屋政五郎だった。これも後につながる一つの因果だったのかもしれない。

みごと成川を斬った佐吉は、仁兵衛の縄張りを継ぎ、立派な家を構え、卯之吉もすくすく成長していた。その佐吉の下へ、お新が卯之吉を返してほしいとやって来る。付き添ってきたのは政五郎だった。政五郎には丸総にかつて恩義があり、その政五郎に恩義のある佐吉。卯之吉の将来のためになると政五郎に説得され、泣く泣く別れを決意する。払暁、佐吉は隅田堤の満開の桜を眺めながら、八重や政五郎、辰五郎、そして卯之吉が見守る中、一人旅立って行く。

松本幸四郎が佐吉を勤めるのは2度目だ。初役の際には片岡仁左衛門から教わったという。一人の気のいい若者だった佐吉が、やくざの世界に身を賭したばかりに、人として否応なく変わっていく様が伝わってくる。ひょろっとした着の身着のままの力のない新米やくざから、月代も伸びてちょっと疲れた感じに。そして親分の敵を討った後は羽振りもよくなり、どこから見ても立派な親分姿。拵えだけではなく、声や所作、目線に至るまで、成長し変貌していく様をち密に作り上げていることが伝わってくる。

幸四郎は仁左衛門が佐吉を勤める舞台で辰五郎も勤めたことがある。佐吉が卯之吉を育てるその苦労と心情を切々を訴えるくだりで、「役として陰で聞きながら毎日本当に泣いていた」と取材会で語っていた。筆者が観たその日にも、客席のあちこちからすすり泣きが聴こえてきたし、幕間では目を赤くした観客をそこかしこに見かけた。

梅玉の成川郷右衛門は茶屋に座っているその背中だけで凄みを感じさせるし、尾上右近の辰五郎も情に厚く意気のいい江戸っ子らしさがある。孝太郎のお八重の「なぜ私がそんなことしなきゃいけないのか」と言わんばかりのプライドの高さにはゾクゾクした。白鸚の政五郎には義理も情も知り尽くした大人の貫禄を感じ、うちひしがれてやってくる魁春のお新には「この人にはこの人なりにここまでの苦労があったのだろう」と思わされてグッときた。

絶世の美男と謳われた二枚目役者の十五代目市村羽左衛門はめったに作者に注文を出さなかったそうだが、ある時青果宅を訪れ、珍しく「最初はみすぼらしく哀れで最後に桜の花のぱっと咲くような男の芝居を書いて欲しい」と言った。まさにその通り、まだ薄暗い明け方から次第に陽が上り、満開の桜が朱に染まっていく景色を背に、花道を引っ込む幸四郎の佐吉にボーッと見とれてしまった。人らしく誠実に生きているからこその強さと、筋を曲げることができないからこその不条理とも思える別れ。最後の「やけに散りやがる桜だな」の台詞に、佐吉の寂しさ、切なさ、そしてどこか爽快感を感じる幕切れだった。

江戸の情趣あふれる舞台の背景がまた格別だ。両国広小路を歩く人々、稲荷ずし売りや辻占の風俗、三味線の聴こえてくる向島、待乳山や浅草寺を望む長命寺の堤。この界隈ならではの風情も、この作品にしっとりと艶を与えている。

もう一幕の『義経千本桜』の所作事「時鳥花有里」は、いくつかの古い台本を再構成して2016年に初演されたもの。6年ぶりの再演だ。 夢のような桜満開の舞台。源義経は家臣の鷲尾三郎とともに大和へ向かている。父の義朝を長田に討たれ、さらに今も頼朝から追われている身を嘆く。背景が転換され目の前に現れるのはさらに鮮やかな龍田の里。そこに悠然と白拍子や傀儡子が現れる。義経とともに別世界に迷い込んだかのような感覚に陥ってしまう。

梅玉がこの義経を勤めるのは2016年の初演に続き2度目。凛々しくも憂いを帯びた源氏の御曹司ぶりにほれぼれする。前の幕の『荒川の佐吉』で憎々しい敵役の成川を演じた同一人物とは思えないほどだ。

優雅な白拍子たちの舞に続き、傀儡子輝吉の踊りが始まる。『義経千本桜』の義経、静御前、弁慶、知盛の面を使い分け、「鳥居前」や「大物浦」の物語をユーモラスに軽快に踊る。この踊りは『義経千本桜』本編のいわばパロディ。ちなみに輝吉というのは又五郎の本名(光輝)をもじったものだ。上演されるたびに踊り手の名前をあしらった役名になっているのも楽しい。

鷲尾三郎に中村鴈治郎、三芳野に中村扇雀、そして白拍子たちに若手俳優たちが顔をそろえた華やかな一幕。この後義経と三郎は、川連法眼の館へと落ちていく。狐忠信との出会いが待っているとも知らずに。



取材・文:五十川晶子



四月大歌舞伎チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2204621