映画と働く 第11回 特殊メイクアップアーティスト:百武朋「作り物だとわかっていても驚いてしまう物を作りたい」
映画
ニュース

百武朋。百武スタジオの事務所にて。
1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。
第11回となる今回は特殊メイクアップアーティスト・百武朋に取材を実施した。ホラー映画やSF、ファンタジー作品など非現実を描く映像作品が主戦場と思われがちな特殊メイクだが、実はその求められる範囲は広い。ある1冊の本との出会いから、特殊メイクの世界にのめり込み、業界で30年以上のキャリアを積んできた百武。一時は心が折れかける経験をしながらも手を動かし続ける原動力と、奥深い造形の世界について話を聞いた。
取材・文 / 佐藤希 題字イラスト / 徳永明子
スクリーミング・マッド・ジョージに弟子入りを志願
──百武さんは特殊メイクアップアーティストとして活躍されていますが、このご職業を意識したきっかけはなんだったんでしょうか?
中学生のときに、中子真治さんの「SFX映画の世界」という本を読みまして。「ゴーストバスターズ」などのSFXを手がけたボス・フィルム・スタジオのスタッフが特殊メイクのやり方を教えてくれる内容を読んでやってみたいなと思ったのがきっかけでした。当時、「ターミネーター」が話題でしたので、同級生の顔の型を取ってターミネーターのダミーを作ろうと思ったんですが、そのための材料が地元にはなくて。結局歯医者さんから型取りの材料をいただいて、“ターミネーターみたいなもの”を作ったのが、初めてのダミー制作ですね。
──ものすごい行動力ですね。ご両親が美術関係のお仕事をされていたと伺ったのですが、その影響もあったんでしょうか。
母親はアニメーターで僕もアニメやマンガが大好きだったんですが、自分も同じ方向に進もうという気持ちは不思議となかったですね。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が好きだったので、破天荒な警察官になりたいなあとか考えてたぐらいで(笑)。ただ「SFX映画の世界」を読んでから、こういう仕事があるのか!と興味が湧きました。
──高校卒業後には日活芸術学院に入学されましたが、高校在学中から専門学校に行くことは決めていらっしゃったんですか?
「SFX映画の世界」の中に、SFXアーティストのスクリーミング・マッド・ジョージ(※注1)さんのお写真が1枚だけあって、ジョージさんご本人も、ジョージさんが作られるものもめちゃくちゃカッコよくて魅了されて、高校3年生のときにアメリカへ会いに行ったんです。「弟子にしてください!」とお願いしたら、ジョージさんに「無理や」と。当時日本人スタッフがたくさんアメリカに来ていて、なんの経験もない学生では使い物にならないよということだったんです。1回学校で勉強してから来いと名刺を渡されました。高校卒業後は「スウィートホーム」や「帝都物語」の特殊メイク・造形を担当された江川悦子さんが講師を務める日活芸術学院の特殊メイクコースで勉強させていただきました。
注1:「ポルターガイスト2」「帝都大戦」「ネクロノミカン」「ソサエティー」などの特殊造形を担当。監督やミュージシャンとしても活動している。
──ジョージさんとはその後も交流されたんでしょうか。
はい、文通のような形で作品を作っては送ってということをしていたんですが、ちょうど日活の2年生になったときに、ジョージさんから「代々木アニメーション学院で講師をやるから来い」と連絡をいただいて。アカデミーを受賞した辻一弘さん(現:カズ・ヒロさん)やスティーブ・ワンさん、ディック・スミスさんら錚々たる方々も先生としていらして、今考えるとぜいたくな学生時代でした。日活卒業後はジョージさんの手伝いをしつつ、松井祐一さんや高柳祐介さん、竹谷隆之さんなど素晴らしい先輩方と現場で学ばせていただきました。学生でしたが、いろんな方からお仕事を振っていただき、経験を積むことができたと思っています。
無理をしていたが、不思議とつらくはなかった
──活動を始めた当時、印象深かったお仕事を伺えますか?
最初期の映画の現場ですと、「仮面ライダーJ」ですね。アシスタントとして参加させていただいたんですが、現場に破棄してもいい怪人の部品が置いてあって、これでわらわらと小さい怪物たちを作ってくれというお仕事でした。別の仕事から帰ってきたところに連絡が来て、調布から大泉学園のスタジオまで終電ギリギリで駆け付けて、それから4日ぐらい続けて夜中に作業をしていました。当時は若かったからできたことだなあと思うんですが、映画の現場に入れたことはすごく参考になりました。
──すごいお話ですね……。何作品も並行してご担当されることもあったかと思いますが、体力的にも作業量的にも厳しいと感じる場面はありませんでしたか?
これも若いときの話なんですが、「タオの月」に参加させていただいていた当時は「妖怪新聞」(※「木曜の怪談'97」内で放送)というドラマのお仕事もいただいていたんです。ドラマのほうで妖怪のデザインをしつつ、その妖怪を作って、映画の仕事もあって……とかなり大変で、ご迷惑をおかけした部分もあったと思います。作業量的に無理をしていたとは思いますが、不思議とつらくはなかったですね。
──30代のはじめに今の百武スタジオを立ち上げられています。
最初のメンバーは20代前半と若かったんですが、みんなそれぞれ個人で仕事していたこともあって、しっかりしていて大人っぽい子が多かったように感じます。そのあと独立した人もいますが、仕事によってはまたお仕事をお願いすることもあります。今はスタジオのメンバーは4人でバイトが2人、制作物が多いときは外注することもありますね。
原作と違うものが出てくると「ん?」と思ってしまう
──これまで携わった中で印象的な作品はありますか?
どの作品もそれぞれ刺激的で面白く、印象に残っています。造形的には、「ライチ☆光クラブ」のロボットは、みんなで煮詰めて面白く仕上げられたと思います。現場が面白かったという意味では「スマグラー おまえの未来を運べ」「ミュージアム」、最近では「ヤクザと家族 The Family」や「ホムンクルス」ですね。「スマグラー」は、スタッフ、キャストと一緒に作り上げた作品だと思ってまして、現場のエピソードをあげたらきりがないほどの楽しくて。熱いものは熱く、重いものは重く、痛いモノは痛く・リアルを求める石井克人監督と都築雄二美術監督について行くような楽しい現場でした。「ヤクザと家族」はやはり館ひろしさんの印象が強かったです。初めてご一緒させていただきましたが、子供の頃から見ている印象通りのダンディな方でした。
──なるほど。事務所内には「荒川アンダー ザ ブリッジ」の星など、さまざまなマスクも飾られていますね。
「荒川アンダー ザ ブリッジ」シリーズでは山田孝之さんたちがかぶるマスクも担当させていただいたんですが、原作がある作品は、僕がもしファンの立場だったら原作と違うものが出てくると「ん?」と思ってしまうので、なるべく原作に忠実になるように仕上げたいと思って工夫しました。
──以前「ゴーストマスター」の特集でヤング ポール監督にインタビューさせていただいたんですが、監督が百武さんの担当された造形物や美術に関して「想像を超えるものを作っていただいた」とても楽しそうに話されていたのが印象的で、一度詳しくお話を伺ってみたいと思っていたんです。三浦貴大さんや板垣瑞生さん、成海璃子さんが劇中で妖怪のような見た目に変化していきますよね。
今、マスクの材質としてはシリコンが主流なんですが、あの作品は昔のホラー映画のようなテイストで、とテーマが決まっていたので、昔よく使われていたフォームラバーを使っています。好きな人が見たら、ああゴムでやってるんだなってわかるんじゃないでしょうか。醜いだけでは面白くないので、それぞれ役者さんの輪郭に合わせて少し美しく見えるようにラインを調整したり、成海さんのマスクにはラメを使ったりもしています。
いつも相手が見たこともないものを作りたい
──ちなみに、百武さんには制作上のポリシーはありますか?
特に決めていることはありませんが、ホラーやSF作品のほかに普通の連続ドラマのようなお仕事をいただくこともあるので、表現の引き出しが多いほうがいいと思っています。だからなるべく流行りの映像や新しい表現を気にするようにしていますね。コロナ禍で制作がいくつかストップして時間ができたとき、子供の影響もあってNetflixやYouTubeで映像をたくさん見るようになりました。特にK-POPアーティストのPVを見て、向こうのアイドルの子たちが傷メイクをかなりしているのが興味深くて。美しい顔に傷があることで、美しさがぐっと引き立つんですよ。傷を作るというより美しいメイクということで、なんでもありだなと思いました。
──メイクや造形に着目するとPVや映画を見るのが一層楽しくなりそうですね。
美しいものが好きなので、ゾンビの造形の仕事が来てもどこか美しくできるポイントがないか探してしまうんです。人によっては思いっきりグロテスクにしたい!とかこだわりもあると思うんですが。ゾンビ映画ってファンタジーだから、グロテスクは大事ですが、その方向だけに特化するのはファンタジーじゃなくなるかもしれない、と悩んだり。あるとき整形外科の先生がゾンビ論を語る講座に参加させていただいたんです。その先生はゾンビ映画に特別詳しいというわけではなかったんですが、ゾンビ映画好きの人たちからの質問に医学的視点で答えるという内容で。もし人間が本当にゾンビになったら何週間で肉体が腐乱していって、腐ったあとは走れるのかとか、筋肉質な人より脂肪分が多い人はゾンビになったら長生きするとか、その先生の持論なのですべてが正しいというわけではないんですけど、その講座に参加して、僕は自分たちが作っているものがファンタジーだということを再認識できてホッとしたんです。逆に戦争映画のお仕事が来たときは、「これはファンタジーではない」「こういうことがあったんだと誰かが忘れないための仕事」と心を整えて臨むようにします。
──お仕事をされていくうえでの原動力がわかってきたということでしょうか。
映画は監督の作品であるし、お客さんに楽しんでもらえるのが一番ですけど、自分がその中でどう表現したいのか、と考えるのが楽しいんです。何より人が驚くものってなんだろうなと考えたときに、最新の技術とこれまで見たことがないビジュアルだなと思いました。だから10代の頃から続けてきていまだに仕事に飽きていないですし……、常に手は動いているんだと思います。
──これまでお話を伺ってきて、ホラーやSFのほかにも特殊メイクが求められることは私たちの想像以上に多いと感じました。
自分がお声がけいただいた作品に関しては、いつも相手が見たこともないものを作りたいなと思っています。原作があるものは原作のイメージを大切にしながら、新鮮に驚かせたい。「これは作り物だ」とわかったうえで、それでもびっくりできる物を作っていきたいですね。
──最後に、特殊メイクアップアーティストを志す人たちに一言アドバイスをいただけますでしょうか?
この仕事に必要なことなのですが、デッサンと創造性を磨く、でしょうか。2つはまったく別物で、かつどちらかに偏ってもいけないと思っています。
百武朋(ヒャクタケトモ)
特殊メイク、特殊造形アーティスト。これまで参加した主な作品は「CASSHERN」「妖怪大戦争」「20世紀少年」シリーズ、「スマグラー おまえの未来を運べ」「テルマエ・ロマエ」シリーズ、「ライチ☆光クラブ」「ミュージアム」「シン・ゴジラ」「こどもつかい」「あゝ、荒野」「東京喰種 トーキョーグール」シリーズ、「22年目の告白 -私が殺人犯です-」「AI崩壊」、「映画刀剣乱舞」「恐怖の村」シリーズ、「ホムンクルス」「鳩の撃退法」「ヤクザと家族 The Family」、ドラマ「アバランチ」「鵜頭川村事件」「KAPPEI カッペイ」「映画『おそ松さん』」「JAM -the drama-」など。今後の公開作では「シン・ウルトラマン」「シン・仮面ライダー」などに参加している。