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長谷川博己が語る近未来のビジョン。“なにもしない”というアプローチ【『はい、泳げません』インタビュー】

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長谷川博己 撮影:川野結李歌

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『舟を編む』(13)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞に輝いた渡辺謙作監督が、ノンフィクション作家・髙橋和実の同名エッセイを大胆なアレンジによる自らの脚本で映画化した『はい、泳げません』。

6月10日(金)から公開になった本作は、頭でっかちな言い訳ばかりをして水を避けていたカタブツ大学教師・小鳥遊雄司(たかなしゆうじ)が、ひょんなことから通い始めた水泳教室でコーチの薄原静香の指導を受けたり、一緒に水泳を習う賑やかな奥様方との交流を通して自分の生き方や考え方を見つめ直していく、切なくてちょっとおかしい感動ムービー。

2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』後初の主演作品となる長谷川博己が、クセある小鳥遊に扮し、コーチの静香を演じた綾瀬はるかと大河ドラマ『八重の桜』(13)以来の共演を果たした注目作でもある。

そこで、久しぶりに映画の世界に帰ってきた長谷川を直撃! 本作の撮影秘話や仕事に対する今の想いを語ってもらった。

小学生のときに悩んでいたことを思い出した

――本作のどこに面白さややり甲斐を感じられて出演を決められたのでしょうか。

長谷川 脚本を最初に読んだときに、少しシュールなイメージがあったんです。世界観が非常にユニークで、映像的な醍醐味もすごく感じられる作品になるんだろうなと思って。

得も言われぬ感動がある話だな、という気もしたし、現実から飛躍している感じがどうなるのか分からないところもよかったですね。

上手くいくかもしれないし、失敗するかもしれない。どっちにでも転び易いから、一か八か的なところもあったんですけど(笑)、それがすごく楽しみで。

飛び込んでみたら、面白いことになるんじゃないかな?という気持ちになったのが最初でした。

――“人生”を“水泳”と重ねて描いているところもいいですよね。

長谷川 そうですね。

雄司が生徒から「人はなぜ生きるんですか?」って聞かれるシーンがあるんですけど、そこがこの映画の主題だと思っていて。誰でも子供の頃に“自分はどこから来て、どこに行くんだろう?”って考える時期がありますよね。

僕も幼少期のときに、その話を自分の父親にして、父親から「それは誰でも感じる」と言われたのを覚えています。

ただ、普通は歳を重ねるうちに自然とそんなことは考えなくなるのに、僕は小学生ぐらいのときにそのことでずっと悩んでいたんですよ。

だから、そのことをあらためて考えさせてくれる今回の脚本を読んだときは、ちょっと不思議な気持ちになりました。

劇中にあるようにプールの中は、記憶を辿る女性の胎内に通じる場所なのかな?ということもすごく感じたので、それをどうエンタテインメントにできるかな?って考えながら、やっていたような気がします。

フェリーニの『8 1/2』みたいだと思った

――“生きる”とか“人生”といった大きなテーマを描く一方で、水泳教室の妙齢の奥様方がボソっと漏らす言葉にも生活レベルの気づきがありますね。

長谷川 ええ。

人生について考えることも大事だけれど、あの奥様方がもっと日常に則した普通の考え方に引き戻してくれる。かと思えば、雄司の過去が明かされるあたりからはミステリータッチでグア~って引きずり込んでいくし、この映画はすごくいろいろなところに連れていってくれる。

僕は、脚本の段階ではそこまで分からなかったから、正直半信半疑のところもあったんですけど、でき上がったものを観たときに、そこがスゴいなと思って。そこは渡辺謙作監督の手腕ですね。

――水泳教室の奥様方だけではなく、タイプの違ういろいろな女性が随所に出てきて、雄司を現実や生活レベルに引き戻す一連では思わずクスっとさせられます(笑)。

長谷川 僕は最初に(企画の)孫(家邦)さんに「フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』(63)のマルチェロ・マストロヤンニ(が演じた主人公の映画監督)みたいですね」って言ったんです。

そしたら、それを孫さんから聞いた監督が「いや、雄司はそんなドンファンじゃない」って言ったみたいなんですけど、そういう意味で言ったわけじゃないんですよ(笑)。

過去につきあった人や自分の理想の女性が雄司を現実に引き戻したり、支えているような印象が『8 1/2』にちょっと近い気がして。あの作品もシュールなところがあるから、本作を実際に観たときも『8 1/2』の日本版みたいな感じがしないでもないなと思いました。

嫌いなものの記憶を呼び覚ましてカナヅチの芝居に

――今の話を聞いていて劇中の小鳥遊雄司まんまだなと思ったんですが、長谷川さん自身も彼と同じように理屈っぽいところやちょっと面倒臭い奴だなって思われるようなところがあるんでしょうか(笑)。

長谷川 自分ではそうじゃないと思っていても理屈っぽく考えてしまう時ってありますよね。ただ思考を巡らすということは嫌いではないです。役を演じる上でも、それが僕の根源になっている気がします。

――もっと感覚や感情に身を任せたり、委ねてみようとは思わないんですか。

長谷川 むしろその感覚の方が強いのかもしれません。

最初にお話しした、“この作品に飛び込んでみようかな”という思考になったのもその表れですね。大河ドラマの『麒麟がくる』はコロナがまだ結構厳しいときに撮っていたし、本当にいろいろなことがあって大変だったんです。

しかも、大河の後も「あの現場も急に止まった」みたいな話を耳にすることが多かったので、しばらくは今の状況を冷静に見つめて、自分は本当はなにをやりたいのかを考えながらゆっくりしようと思ったんです。

そのときに、大河の撮影中に孫さんからいただいた本作の脚本がたまたま目に入って。それで読み直したら、自分と向き合おうとしていたそのときの僕ともシンクロした。

それで、これはやるべきものなのかもしれないと感じて、孫さんに「やらせてください」って言ったんです。

――撮影時のことについても教えてください。実際は泳げる長谷川さんが、水に顔もつけられないところから始まる小鳥遊のカナヅチの芝居をどのように作り上げていったんでしょうか。

長谷川 自分がトラウマだったものや嫌いだったものの記憶を過去に遡って呼び覚まし、それが今回は“水”なんだっていうふうに自分を洗脳していく感じでしたね。

役者って自分の過去の経験を引きずり出して、それで表現する結構勇気のいる仕事だと思うんですよ。

過去の経験を思いきり引きずり出して、考えて考えて、イメージしながら作り上げていく過程で、監督ともやりとりを重ねました。

撮影後でお互いに疲れている中でも、電話して気になったところを伝えたり、そういう時間を積み重ねていたような気がするけれど、それがよかったんじゃないかなと思っています。

なかなか大変な作業でしたけど、今回の映画作りと小鳥遊が過去の記憶に入っていく感じがちょっと似ているような気もしましたからね。

今後はもう少し“なにもしない”ようにする

――長谷川さん自身、普段の生活よりも仕事をしているときの方がストレスが少ないんじゃないですか?

長谷川 そうかもしれませんね(笑)。

大河の後、結構長い期間休んだりしたんですけど、なんかソワソワして、あまり休めなかった。

それよりも、仕事をしているときの方が明らかにエネルギーをもらったような感じになるし、意外と休めたりして。不思議ですけどね(笑)。

――水泳コーチの薄原静香を演じた綾瀬はるかさんとは大河ドラマの『八重の桜』以来の共演ですが、今回のプールの中での再共演はいかがでしたか。

長谷川 監督も言ってましたけど、彼女はいい意味でのバケモノですね。どんな役にでもスッと入っていけるスゴさがある。やっぱり感覚の人なんでしょうね。

彼女の中でたぶん独自のリズムの音楽が流れていて、それで役にスッと入れるのかもしれない。全体のこともしっかり見ていたり、現場の雰囲気を和ませてくれる力も流石の一言です。

――先ほどの話の繰り返しになってしまうかもしれないですが、コロナのことは抜きにして、『シン・ゴジラ』(16)や大河ドラマの『麒麟がくる』などを経た先で見えた世界がどんなものだったのかを教えてください。

長谷川 景色が変わったのかと言ったら、そんなに変わってないかもしれない(笑)。

でも、大変でしたけど、いろんなことをやってよかったなと思っていて。可能性が増えたような気がしますからね。

ただ、これからはもっと気楽にやっていきたいなという気持ちもあるんです。

――『麒麟がくる』までは休む間もなく、次々にいろいろな作品に出られていた印象がありますけれど、そのスタンスを変えようと?

長谷川 そうですね。いろいろな役を作ることで、自分の可能性を縮めていたのもしれないという感覚があるんです。

だから、もっと作り込まないというか、自分の中にあるものだけでやっていきたいというか。

世の中の流れを見ていても、作り込むことがよしとされないところに来ているのかなっていう気がしないでもないし、今あるものだけで見せていくのも大事なのかなとも思うようになって。

なにもやらないのもつまらないし、僕は根本的に役についてすごく考えて、イメージするのが好きだけど(笑)、そこを開き直って、もう少し“なにもしない”ようにする。そうすることで、ちょっと変わるような気がしているんです。

――なにもしない?

長谷川 なにもしないというか、相手を見て、話を聞くってことかな。

『はい、泳げません』の後半はわりとそっちをイメージしながらやっていたんですけど、しばらくは、監督やスタッフさん、共演者を見て、その人たちの話を聞きながら、自分はそれに動かされる方法をとっていきたいんです。

それがまた元のやり方に戻るかもしれないけど、自分が、自分がっていうのはちょっと恥ずかしいかなという気持ちにもなっているんですよ(笑)。


取材・文:イソガイマサト
撮影:川野結李歌
ヘアメイク:須賀元子
スタイリスト:大久保篤志(ザ スタイリスト ジャパン®)

『はい、泳げません』
全国公開中
(C)2022「はい、泳げません」製作委員会

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