Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
ぴあ 総合TOP > 『ゲルハルト・リヒター展』展示の模様をレポート!「見る」とは何かを問う多様な絵画表現に迫る

『ゲルハルト・リヒター展』展示の模様をレポート!「見る」とは何かを問う多様な絵画表現に迫る

アート

ニュース

ぴあ

《ビルケナウ》2014年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

続きを読む

フォトギャラリー(17件)

すべて見る

現代美術でもっとも重要な芸術家のひとり、ゲルハルト・リヒター。今年で90歳を迎えた彼の日本では16年振り、東京の美術館では初となる大規模個展が6月7日(火)に東京国立近代美術館にて開幕。10月2日(日)まで開催されている。

ゲルハルト・リヒターは1932年、ドイツ東部のドレスデン生まれ。第二次世界大戦後、社会主義体制が敷かれた東ドイツで壁画家としてのキャリアを積んでいたリヒターは、ベルリンの壁が作られる直前の1961年に西ドイツへ移住。デュッセルドルフ芸術アカデミーで学び、当初は資本主義リアリズムを掲げて大学の仲間たちとパフォーマンスなども含めた活動を繰り広げていたが、徐々に独自の画風を確立。1970年代からはドイツをはじめ各国で個展が開催されるようになり、次第に世界の現代美術を代表する存在としてみなされるようになっていく。

同展は60年にわたるリヒターの活動を、ゲルハルト・リヒター財団の収蔵品を中心に122点で振り返る展覧会。展示作品のうち85点以上が日本初公開となる。

6月6日に行われた記者発表会の様子

開幕に先立ち行われた記者発表会にて、同展を担当した東京国立近代美術館の桝田倫広主任研究員は、「リヒターの作品はひと言でいうとどう凄いのか、という質問をよくされるのですが、むしろひと言では言い表せない多様な問題系を含んでいることこそが彼の作品の特徴。あえていうなら『見るということはどういうことか、イメージが現れるとはどういうことか』という、私たちの認識の根源的な条件自体を問うものであるといえるのではないかと思います」とリヒターの芸術について解説した。

展示風景より 中央は《8枚のガラス》2012年  © Gerhard Richter 2022 (07062022)

会場構成については、リヒターが自ら展示室の模型を作り、担当学芸員たちと綿密に展示プランを練ったという。明確な章立てや鑑賞の順路は定められておらず、鑑賞者は自由に会場を回遊することができる。

展示室に入るとすぐ目に飛び込んでくるのは立体作品《8枚のガラス》だ。異なる角度にガラス板が配置されたこの作品では、作品自体はまったく動かないにもかかわらず、鑑賞者や周辺の人々が動くことでガラスに映し出された幾重ものイメージがさまざまな形で変容していく。

「リヒターのガラスや鏡を使う作品において、ガラスや鏡は網膜のメタファーであると同時に絵画のメタファーであると思います。目の前のものをなんでも写し出すことのできる鏡ですが、その写し出されたものに何を見出すかは私たち次第。私たちの経験や慣習、何を見たいと欲しているかで大きく左右されます。リヒターの「見る」は光学的(Optical)な営みではなく、どれほど「見る」ということが制度的なものに縛られているかということを、抽象や具象を行き来し、さまざまな素材を用いながら提示しているのです」(桝田さん)

長いキャリアのなかで、さまざまなバリエーションの作品を制作し、自らのスタイルを更新し続けてきたリヒター。会場ではその代表的なシリーズが紹介されている。

1960年代から取り組んでいた「フォト・ペインティング」は、雑誌や新聞に掲載された写真や、私的な写真をそのままキャンバスに描き写すことで、主題、構図、色彩の選択といった絵画における決まり事を排除し、対象を可能な限り客観視しようという試みだ。例えば下の《モーターボート(第1ヴァージョン)》は、ピンボケした写真のようも見えるが、近づいて見ると刷毛目がしっかりと確認できる。写真を忠実に再現することによって、絵画作品が筆跡の集積であることを際立たせている。

《モーターボート(第1ヴァージョン)》1975年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)
展示風景より 手前:《モーリッツ》2000/2001/2019年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)
《ルディ叔父さん》2000年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

「アブストラクト・ペインティング」は、1976年以降、40年以上描かれているリヒターの代表的なシリーズのひとつ。巨大なキャンバスに、絵の具を重ね、スキージ(細長いへら)で剥ぎ取った作品は、偶然が生み出した色彩の重なりに目を奪われる。

《アブストラクト・ペインティング》2017年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)
《アブストラクト・ペインティング》1992年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

60年代後半から取り組んだ「グレイ・ペインティング」もまた、リヒターを語る上で重要なシリーズ。さまざまな筆触が見られる灰色一色で塗り固めれた作品は、リヒターが「無」の概念を示そうと試行錯誤したものだ。

左:《グレイ(樹皮)》1973年 右:《グレイ》1973年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

グレイ・ペインティングと対照的な位置づけに置かれているのが「カラーチャート」のシリーズ。《4900の色彩》は、既製品である色見本(カラーチャート)の色彩を組み合わせた作品。「この作品は、画材屋で販売されていた色見本を描くことから始まりました。つまり、抽象的なパターンではあるものの、もともとは現実に存在していたものを描いた具象絵画であったとも言えます」と枡田さんは解説する。

《4900の色彩》2007年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

そして、展覧会の見どころのひとつが、2014年に制作された《ビルケナウ》のシリーズだ。

《ビルケナウ》は黒と白、赤と緑を基調とした4点組の抽象絵画だが、もともとリヒターは、ホロコーストの舞台となったアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所で隠し撮りされた写真を、キャンバスに投影し忠実に描いていた。それを断念し、その上から「アブストラクト・ペインティング」の手法で絵の具を重ね、剥ぎ取ったのがこの作品。そのため一見したところではその惨状を確認することはできない。

《ビルケナウ》2014年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

会場では、この4枚の作品の向かい側に、全く同じサイズの4枚の複製写真を展示し、さらにその横には大きな鏡の作品《グレイの鏡》を配置。《ビルケナウ》や鏡に映り込む様々な要素を各々が好む形で鑑賞することができる。

リヒターにとって、ホロコーストをテーマにした作品はキャリア初期からの課題であり、何度か取り組みつつも断念してきたという。桝田さんは、「アウシュビッツのイメージを絵の具で抹消、あるいは重ねていくことで、わたしたちの眼差しから、それらを守ろうとしているかのようにも捉えられる」と語り、さらに「作品だけでなく、複製写真やグレイミラーを伴う複雑な展示スタイルもあいまって、発表時から現在までさまざまな解釈がなされています」と続けた。

《ビルケナウ》2014年と《グレイの鏡》 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

このほかにも、デジタルプリントを使った「ストリップ」シリーズ、写真の上に油彩を施す「オイル・オン・フォト」シリーズ、ガラス板に塗料を転写している「アラジン」シリーズなど、リヒターはさまざまな表現を試みている。

《ストリップ》2013〜2016年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)
展示風景より 「オイル・オン・フォト」シリーズ © Gerhard Richter 2022 (07062022)
展示風景より 「アラジン」シリーズ © Gerhard Richter 2022 (07062022)
《2021年10月5日》2021年 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

実は、リヒターは2017年に絵画作品の制作中止を宣言している。しかしながら現在もドローイングを描き続けており、90歳を迎えた今なお創作意欲にあふれ、描かずにいられないことを伺い知ることができる。会場では、2021年に描かれた25点を展示。リヒターのドローイングがここまでまとまって紹介されるのは日本では初めてのことだ。

展示風景より © Gerhard Richter 2022 (07062022)

リヒターの様々なシリーズの作品を意識して「見る」ことで、私たちはいかに無意識に物事を視界に入れていたのかを自覚することになるだろう。リヒターの作品に何を「見る」のか、それは鑑賞者に委ねられている。


取材・文:浦島茂世 撮影:源賀津己



ぴあでは、公式図録と音声ガイドの無料貸し出し付き『ゲルハルト・リヒター展』招待券のプレゼントを掲載中!
皆様、奮ってご応募下さい!
https://lp.p.pia.jp/article/news/232541/index.html

【開催情報】
『ゲルハルト・リヒター展』
6月7日(火)~10月2日(日)、東京国立近代美術館にて開催
https://richter.exhibit.jp/

フォトギャラリー(17件)

すべて見る