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【コラム】第75回トニー賞授賞式にみるブロードウェイ意識改革の成果

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第75回トニー賞授賞式より、アリアナ・ディボーズ 写真:ロイター/アフロ

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2年ぶりにラジオシティ・ミュージックホールに帰ってきた第75回トニー賞授賞式。現地ニューヨークで、ノミネートされた新作ミュージカル作品を観劇された演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんに、ミュージカル部門を中心に振り返っていただきました。

「当シーズンのブロードウェイでは、7人の黒人劇作家の作品が上演され、ジェンダーを反転させた作品や、トニー賞史上初めてトランスジェンダーであることを公表している俳優や、ノンバイナリーのクリエイターらが候補になっています――。」

『ウエスト・サイド・ストーリー』のアニータ役でアカデミー助演女優賞を受賞したことも記憶に新しい司会のアリアナ・ディボーズは、ブロードウェイのヒット作メドレーを歌い踊る圧巻のオープニングパフォーマンスで会場を沸かせた直後に、このように語り出した。

ブロードウェイは、あらゆる不平等をなくすことを目指して、昨年からE(Equityエクイティ=公平性)D(Diversityダイバーシティ=多様性)I(Inclusionインクルージョン=包括性)対策を、積極的に進めている。トニー賞選出にあたっても、投票者は全員、数時間にわたるEDI講習を受講することが義務付けられたそうだ。今年度の受賞結果がいずれかに偏ることなく、獲るべき人や作品に順当に振り分けられる形になったのは、もしかしたら、その成果の現れかもしれない。先日観劇した新作ミュージカル作品賞候補5作品を紹介しながら、各賞の結果を確認してゆくことにしよう。

『ア・ストレンジ・ループ』 写真:AP/アフロ

まず、このEDIのシンボル的存在といえるのが、新作ミュージカル作品賞を受賞した『ア・ストレンジ・ループ』。ブロードウェイの劇場で案内係をしながらミュージカルのソング&ライターを目指す青年アッシャーの葛藤を、彼自身の6人の心の声たちとの対話で綴るコメディだ。黒人で、太っていて、クイア(性的マイノリティ)であることにコンプレックスを抱いている主人公の悩みは、実に赤裸々。この作品でトニー賞ミュージカル脚本賞だけでなくピュリッツァー賞も受賞した作者マイケル・R・ジャクソン自身の切実なストーリーとして受容され、こぢんまりとした作品ながら、多くの人々の共感を呼んでいる。トニー賞授賞式でも、彼とこの作品の受賞時にあがった客席からの歓声は、他と一線を画す、ものすごい熱量だった。

『MJ』 写真:AP/アフロ

アッシャー役を演じたジャクウェル・スパイヴィーと、黒人かつ初舞台の若者という点で共通し、ミュージカル主演男優賞を競い合って見事受賞したのが、マイケル・ジャクソンの半生を描く『MJ』のマイルス・フロスト。高校時代にマイケルを真似た時の映像が『MJ』制作陣の目にとまり、ブロードウェイで主役をつとめることとなった22歳の新人で、歌とダンスはもちろん、面差しまで『オフ・ザ・ウォール』の頃までのMJを彷彿させる。しかも、決してただのそっくりさんではなく、圧倒的なスターオーラまでをも放ちながら、自らのMJ像を創り上げている。その舞台姿を観ていると、奇蹟に立ち会っているような気さえしてくる逸材だ。

さらに『MJ』は、コンサート会場にいるかのように、脳髄からつま先までを刺激する強力かつ精緻な音づくりでミュージカルの枠を超越しているし(ギャレス・オーウェンが音響デザイン賞。日本のヒロ・イイダもこの音響デザインスタッフのひとり)、バレエとミュージカル双方で注目作を手がけるクリストファー・ウィールドン(振付賞)が、MJのムーブメントを監修指導するタラウエガ兄弟と共働しつつ生み出したオリジナルなダンスシーンも、期待を裏切らない。装置と照明(ナターシャ・カッツが照明デザイン賞)も多彩で、最新鋭のブロードウェイを見せつける、クールでゴージャスな作品となっている。

『SIX』 写真:AP/アフロ

『SIX』も、かなり有力な新作ミュージカル作品賞候補だった。暴君ヘンリー8世の6人の妻たちが、アイドルグループのスタイルでリードヴォーカルを競い合う、という設定のほぼコンサート。英ケンブリッジ大学の学生だったトビー・マーロウとルーシー・モスがエジンバラ・フェスティバルのフリンジで上演したのが評判を呼び、ロンドンのウエストエンドを経て、ブロードウェイへと登り詰めたものだ。肌の色もさまざまな女性たちの個性と、自己主張の強さが気持ちよく、ポップな楽曲の魅力と相俟って、特に若年層の観客の心をしっかりつかんでいる。下馬評の高かった作品賞は逃したが、オリジナル楽曲賞(マーロウ&ロウ)と、セーラームーンのヴァリエーションのようなコスプレ的コスチュームで衣裳デザイン賞(ガブリエラ・スレイド)を獲得した。

『パラダイス・スクエア』 写真:ロイター/アフロ

『パラダイス・スクエア』は、南北戦争時のニューヨークのマンハッタン南部、タップダンス発祥の地でもあるファイブポインツという地区を舞台に、黒人とアイルランド系移民たちとの、共生と破綻を描く。多民族国家アメリカの源流の一端を目の当たりにする時代劇で、タップダンスとアイリッシュダンスの競演に見ごたえがあり、最後に居酒屋「パラダイス・スクエア」の主人ネリー役のジョアキーナ・カラカンゴの熱唱「♪Let It Burnレット・イット・バーン」が、すべてをさらってゆく。トニー賞授賞式のパフォーマンスでも、声の不調を気迫で乗り越えるカラカンゴの姿が強く印象に残った。主演女優賞受賞は、誰もが納得するところ。

『ガール・フロム・ザ・ノース・カントリー』 写真:ロイター/アフロ

『ガール・フロム・ザ・ノース・カントリー』は、『海をゆく者』などで知られるアイルランドの劇作家コナー・マクファーソン(作・演出)が、ボブ・ディランの楽曲からインスパイアされたオリジナル・ストーリーを紡ぎ、随所でそれらの曲を絶妙な距離感で挿入してゆく、ロンドン発のユニークなスタイルの音楽劇。1934年のミネソタ州ダルース(ディランの出生地)でゲストハウスを営む一家とその居住者や来訪者の、停滞や絶望に押し潰されそうな日常を描きながら、彼ら自身が客観的な歌い手となることで、一時的に現実から離れ、歌詞の世界が広がって、癒やしや深淵に近づくひとときが訪れる。ソロ以外のキャストも、ミュージシャンに交じって楽器やコーラスを担い、有機的な美しい風景を形成する、このうえなくスマートな演出だ。ただ、この陰鬱さやイレギュラーなスタイルはブロードウェイでは受け入れられにくいようで、賛否は分かれがち。オーケストラ編曲賞(サイモン・ヘイル)のみの受賞となったのが、少し悔しい。

今回観劇したこの5本の新作ミュージカルは、いずれも内容・スタッフ・キャストともに、EDIの条件をクリアした意識の高い作品群といえる。が、他方では観劇しなかった残り1本の候補作『ミスター・サタデー・ナイト』や、リバイバル部門のヒュー・ジャックマン主演『ザ・ミュージックマン』のように、改変を最小限に抑えた、古きよき時代のオーソドックスなブロードウェイ・ミュージカルも、しっかり上演され続けている。観客の中には、人種やジェンダーに関するアップデイトされた考え方に即座にはついてゆけない層も確実に存在するわけで、そうした人々を排除せず大事にするのもまた、EDIのあるべき姿である、ということだろう。

新型コロナによる一年半におよぶ活動停止期間中に、抜本的な意識改革に着手し始めたブロードウェイ。冒頭のアリアナ・ディボーズのコメントには、「今年のトニー賞の結果には、早くもその成果が、少しは現れているでしょう?」という、ブロードウェイにかかわる人々の前向きな自負と、ちょっとした承認欲求が込められているのだと思う。もちろんこの姿勢に共鳴し、敬意を表す気持ちでいっぱいだ。

取材・文=伊達なつめ

【主な部門受賞結果】
・演劇作品賞 『リーマン・トリロジー』
・ミュージカル作品賞 『ア・ストレンジ・ループ』
・演劇リバイバル作品賞 『テイク・ミー・アウト』
・ミュージカル・リバイバル作品賞 『カンパニー』
・演劇演出賞 サム・メンデス『リーマン・トリロジー』
・ミュージカル演出賞 マリアンヌ・エリオット『カンパニー』
・演劇主演男優賞 サイモン・ラッセル・ビール 『リーマン・トリロジー』
・演劇主演女優賞 ディードル・オコンネル『デイナ・H』
・演劇助演男優賞 ジェシー・タイラー・ファーガソン『テイク・ミー・アウト』
・演劇助演女優賞 フィリシア・ラシャド 『スケルトン・クルー』
・ミュージカル主演男優賞 マイルズ・フロスト『MJ』
・ミュージカル主演女優賞 ジョアキーナ・カラカンゴ『パラダイス・スクエア』
・ミュージカル助演男優賞 マット・ドイル『カンパニー』
・ミュージカル助演女優賞 パティ・ルポーン『カンパニー』
・ミュージカル脚本賞 マイケル・R・ジャクソン『ア・ストレンジ・ループ』

授賞式での圧巻のパフォーマンスはWOWOWで視聴可能

『第75回トニー賞授賞式』[字幕版]
6月18日(土) 21:00〜 [WOWOW ライブ] [WOWOW オンデマンド]

視聴方法等の詳細は下記番組公式サイトにてご確認下さい。
https://www.wowow.co.jp/stage/tony/

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