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彼らはなぜ“無名の天才クライマー”に魅了されたのか?【映画『アルピニスト』監督インタビュー】

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『アルピニスト』(C)2021 Red Bull Media House. All Rights Reserved.

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“知られざる”究極のクライマーの姿を臨場感たっぷりに捉え、エミー賞・最優秀長編スポーツドキュメンタリー賞に輝いた映画『アルピニスト』が7月8日(金)に公開となる。

誰にも知られることなく、世界の山脈の難所に挑み、登頂不可能とされていた山を次々と制覇している男──その謎めいたクライマーの名は、マーク・アンドレ・ルクレール。カナダ生まれの23歳の青年だ。

彼はSNSを一切やらず、自分の楽しみのためだけに登山をするまさに“無名の天才アルピニスト”。

そんな彼の人柄、天才的なクライミング技術に惚れ込み本作のメガホンを取ったのは、20年に渡りアウトドアドキュメンタリー映画を共同で監督してきたピーター・モーティマーとニック・ローゼン。

「彼独自の世界観は、ドキュメンタリー映画製作者として本当に刺激的」と語るモーティマー監督。マークのなにが、そこまでふたりを魅了したのか? マークが思い描く独自のビジョンとは?

この度、モーティマー監督とローゼン監督がインタビューに応じ、貴重な撮影の裏側を語ってくれた。

マークは高度な技術と、他の人とは異なる独自のビジョンを持っていた

マーク・アンドレ・ルクレール

“カナダにとんでもない新人アルピニストがいる”

そんな噂を聞きつけ、ピーター・モーティマー監督(以下、モーティマー)とニック・ローゼン監督(以下、ローゼン)は興味を持った。

噂の人物であり本作の主人公、マーク・アンドレ・ルクレール(以下、マーク)は、子供の頃ADHD(注意欠陥障がい)と診断された。母親の不安とは裏腹に、祖父から贈られた本をきっかけにクライミングに興味を持ち、みるみるうちに才能を開花させていく。

彼は安全装置などを使わない、命知らずで無謀なクライミングスタイル“フリーソロ”にこだわり、登頂が難しい山に挑み続けた。

「ソロ・アルピニズムという、非常に珍しく、困難かつ危険、そして高度な技術を要するジャンルの最先端に挑戦するマークが、世の中の人々に全く知られていないこと自体が魅力的なストーリーだと、即座に心を奪われたんだ」(ローゼン)

ローゼンがこう語るとおり、マークは近年のクライマーのようにSNSで自分の偉業を発表せず、純粋に自分の理想を追い続ける“異色”の人物だった。

「これほどの偉業を成し遂げながら全く世に知られていない上に、自分のことを外部に共有することに興味もない彼独自の世界観は、ドキュメンタリー映画製作者として本当に刺激的だった。マークの存在を知った瞬間に、彼の姿を撮影することができたら、必ず特別なものになると確信したよ」(モーティマー)

ピーター・モーティマー監督&ニック・ローゼン監督

モーティマーはマークを探し出し、彼とその恋人、ブレット・ハリントンと一緒に過ごすことで信頼関係を築き上げた。そしてその魅力的な人柄、天才的なクライミング技術に惹かれていく。

「これまでに他のソロクライマーも撮影してきた。けれど非常に数少ないソロクライマーの中でも、マークは傑出してアルピニズム界で高度なレベルを備えていた。他の人たちとは全く異なる独自のビジョンを持っていたが、それは、彼がこれまでに読んできた本や育った環境、影響を受けた人たちから形成されたものだと思う」(モーティマー)

“落下する瞬間”を撮ってしまうかもしれない恐怖

本作には、世界中のクライマーを驚かせたパタゴニアのトーレ・エガー登頂の映像をはじめ、卓越した技術を駆使して登頂に挑む、マークの究極のフリーソロが臨場感たっぷりに収められている。

雄大な自然を背景に、体力と精神力の極限に挑むマーク。ただ単純に「目の前にある絶壁をどうにか制覇したい」という純粋なチャレンジの世界に、撮影クルーが入り込むのは容易なことではなかった。

モーティマーは「クライマーに可能な限り近づき、その心の内まで映像化する」という姿勢を貫きながら、撮影技術はもちろんのこと、登攀(とうはん)を得意とする安全管理チームや、リガー(パラシュートなどの装着スタッフ)チームといった「知識と経験値の非常に高い世界屈指のスタッフ」とともに、安全性には細心の注意を払いながら撮影に挑んだ。

「私たちは常に撮影スタッフの安全を重視しているよ。たとえマークがどれだけ危険を冒していても、それは彼のリスク、そして彼の選択だ。私たちが同じリスクを背負ったりはしなかった」(モーティマー)

フリークライマーにとってクライミングとは“生を実感するもの”。監督にとって、そうしたクライマーの映画を撮ることはどんな行為なのだろう。“落下する瞬間を撮ってしまうかもしれない”といった不安はないのだろうか。

「そういう怖さや不安はある。その可能性を最小限にするために、私たちはできる限りのことをしているよ。我々はマークを信頼していたし、彼の活動にマイナスの影響を与えるようなことはしないように心がけていた」(モーティマー)

「危険と背中合わせの偉業に挑戦するどのクライマーに対しても、とてつもない信頼を置いている。例えば、何かマズいと感じたら、安全第一で無理して撮影などはしなかった」(ローゼン)

さらにローゼンは続ける。

「登攀中のマークの心臓の鼓動は我々よりゆっくりだったが、それは彼が自分のクライミングに自信を持ち、リラックスしていたから。それが一番大事なことだからね」(ローゼン)

マーク本人、そして撮影クルーも命がけの挑戦。だからこそ、双方の“信頼関係”は欠かせない。そして信頼があるからこそ、カメラが捉えるマークの姿・ストーリーがより真実に近づいていく。

「ドキュメンタリー映画としてオーセンティック(=真実に忠実)なストーリーを伝えることに専念した。マークが許してくれる限り、驚くべき偉業に挑戦する彼の後をついていく、あるいはついていこうとしただけ。彼は、単に山頂に到達するのではなく、精神的なビジョンや美学があり、私たちはカメラを通してそれを捉えた。つまり、彼が巨大な大自然の中で挑戦する美しさを表現することが、私たちの目標(ゴール)だったんだ」(ローゼン)

マークとの出会いが与えてくれたこと

マークの独自の美学や世界観、魅力あふれるキャラクターに惚れ込んだモーティマーは、彼のことを「人生を精一杯生きた素晴らしい例だ」と話す。

「彼の天職は、非常にリスクの高いものだった。私個人は、命を危険にさらす必要はないと考えているが、マークのお母さんは彼の天職を理解していた。彼は山の中で自分自身を発見し、アルパインクライミングこそが彼が探検したかった自分の世界だったんだ」(モーティマー)

そんなマークは「携帯も所有せず、不要なものは全て捨て、全エネルギーで本当に自分が成し遂げたい目標に向き合っていた」という。

さまざまな情報が溢れ、自分にとって“必要なもの”を見極めることさえ困難なこの時代。マークのこうしたミニマリスト的な生き方に憧れることがあっても、実践することはとても難しい。大切なものや人、目標のために日々、懸命に生きようとしても、ふとなにが正解か分からなくなったり、自分自身すら見失ってしまう日もある。

モーティマーは最後に、マークと出会ったことで受けたポジティブな影響について語ってくれた。

「私も以前よりシンプルなライフスタイルを実践するようになったよ。自分の人生において不要なモノや活動内容は捨てていいことに気づいたんだ。自分が本当にやりたいことに邁進することに時間を使うようになったよ」(モーティマー)

SNS社会に背を向け、自身の美学や人生哲学にこだわり、ただ純粋に目の前の断崖絶壁に挑み続けたマーク。彼の姿、そして彼が見つめた美しく壮大な風景は、現代社会を生きる我々にも、ポジティブで素晴らしいインスピレーションを与えてくれるかもしれない。

『アルピニスト』
7月8日(金)全国公開
(C)2021 Red Bull Media House. All Rights Reserved.

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