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井上芳雄「何かを目指すよりは、演技をずっとしておきたい」人生折り返しに差しかかった今思うこと

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井上芳雄 撮影:塚田史香

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8月には代表作のひとつであるミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ(以下DLL)』に、続く9月には橋爪功が新たに始動させる「リーディングプロジェクト」第一弾公演で『船を待つ』に出演する井上芳雄。テレビのMC業も含め、この夏も精力的に活動する彼に、両作品への意気込みや43歳の誕生日を迎えた心境などを聞いた。

新ジルーシャがもたらす“いい驚き”に期待

――日本初演10周年となる『DLL』は、井上さんにとっても思い入れの深い演目かと思います。改めて、どのあたりが好きポイントなのかを教えていただけますか?

初演の時は、舞台を観たことがあるわけでも、原作にすごく親しみがあったわけでもなくて、「どういう作品なんだろうな、でもジョン(・ケアード/脚本・演出)だからやりたいな」くらいの感じだったんです。それが蓋を開けてみたらすごくいい作品で、お客様もすごく愛してくださって今に至るので、なんていうのかな……自分の子どもが思いがけず出世した感動、みたいな(笑)。そういう出会い方も含めて思い入れがあるのだと思います。それとやっぱり、「幸せの秘密」というこの作品のメッセージは、何回やっても色褪せないですよね。どうやったら幸せになれるかという、たいへん難しいことのヒントがある作品。今とても大変な時だから、よりやる意味があると思っています。

――初演以来ジルーシャ役を当たり役としてこられた坂本真綾さんの出産に伴い、今回は上白石萌音さんが初めて同役を務められます。共演が決まってから、もう何かやり取りはされましたか?

『ナイツ・テイル』組とは公演が終わってからもやり取りがあって(井上さんと上白石萌音さんはミュージカル『ナイツ・テイル ー騎士物語ー』で初演時から共演)、お互いの公演を観に行ったり、公演が止まると「大丈夫?」と送り合ったりしています。萌音ちゃんも外に出られない時期があったから、その時間を使ったのかな、この作品の準備をもうしてると言っていて。ジルーシャは覚えることが多いから大変だと思いますけど、元々この作品が好きで何度も観に来てくれてましたし、キャラクターもとても合ってると思うから何も心配してないですね。とはいえ稽古が始まったら、僕は真綾さんのジルーシャしか知らないから、「萌音ちゃんはこういうふうに感じるんだ」ってことは出てくると思います。心配はしてないけど、“いい驚き”があったらいいなという感じかな。前回(2020)はリモート稽古でしたけど、今回はジョンも来日するので、また違った『DLL』になるかもしれないですね。

10年間で変わったこと、コロナ禍を経て変わったこと

――作品の10周年にちなんで、井上さんご自身のこの10年についてもお聞きしたいのですが、一番変わったと思われるのはどんなところですか?

10年前はたしか、デヴィッド・ルヴォー演出の『ルドルフ~ザ・ラスト・キス~』とこの作品を続けてやらせてもらったんですよ。大変だったけど、今となってはどっちも大事な作品だから、すごい年だったなあと思います。そこから変わったことは色々ありますけど、少なくともあの頃は、こんなに手を広げることになるとは思ってなかったですね(笑)。特にMCに関しては、元々興味はありましたけど、自分からやりたいと言ったというよりは気付いたら就任してた番組もあって。舞台をやりながらなので本当、パツンパツンです(笑)。

――舞台とは別のところでの活動なのかと思いきや、「行列のできる相談所」でミュージカル特集が組まれたりと、井上さんがMCをされることがミュージカル界の活性化にもつながっています。そのあたりは意図してのことですか?

それだけのためにやってるわけじゃないけど、そうなったらいいなという思いは常に持ってます。ミュージカルに結び付けられるチャンスがやってきた時、それを生かせる自分であるように頑張ってきたつもりではあるというか。それと最近考えるんですけど、コロナ禍になってなかったら、自分は今こういう感じではなかったかもしれないなって。まずMCの仕事をこんなにはやってなかっただろうし、そこで「演劇界は今こうなんですよ」って言わなきゃ、とかも考えなかったかもしれない。発言する場が与えられた時、それに耐え得る言葉を持っておきたいと思うようになったのは、コロナ禍があったからかもしれません。それがいい作用と言えるかどうかは、もうちょっとしてみないと分からないことですけどね。

大先輩のもと、ハードルの高い“研修”に挑む!

――続いて「リーディングプロジェクト」について伺います。演出・出演の橋爪功さんとは、『謎の変奏曲』(2017)以来の共演となりますね。

ヅメさんとはあれ以来、家族ぐるみで仲良くさせてもらってます。大先輩も大先輩ですけど、全然偉ぶることのない大きな人。何かを教えるという感じの方でもないので、ご一緒すればするほど学ぶことがある気がします。これ言い方難しいんですけど、僕にとってこの作品は、仕事ではあるんだけどワーキングホリデー……あ、ホリデーはちょっと違うな……“研修”みたいなものなんですよ(笑)。

もちろんお客様に観てもらうに値するものにはしなきゃいけないけど、演技を学ぶ場、インプットするための時間でもあるというか。ミュージカルだけをやっていても、お芝居は上手くならないというのが、自分に関する僕の持論。だからこういう機会があったら、ちょっと無理をしてでも参加したいなと思うんです。

――井上さんが出演される第二幕の『船を待つ』は、橋爪さんが昨年、ラジオドラマで渡辺いっけいさんと読まれた作品です。今回は、井上さんが渡辺さんパートを担う形ですか?

『リーディングプロジェクト』公演チラシ

と思いきや、ヅメさんパートなんです! 僕も最初、いっけいさんパートだと思って読んで「あぁいい話だなあ」と思ったんですけど、ヅメさんに何か考えがあるみたいで。ヅメさんパートはヅメさんに合うキャラクターだし、役の起伏も激しくて……絶対難しいんですよ(笑)。ハードルを上げられた状況ですけど、だからこそ“研修”にはふさわしいですよね。ヅメさんとはまだ、舞台の下見にご一緒させていただいたくらいなんですが、物語に合わせたチェロの即興演奏があったりと、もう演出プランも色々あるみたいです。ヅメさんが凄いっていうのは分かるんだけど、具体的に何が凄いのかはいまだにつかみ切れてないところがあるので、それが知れるのも楽しみですね。

――さりげなくおっしゃいましたが、草月ホールを一緒に下見されたんですね?

たまたま時間が合ったというか、ヅメさんが行くと聞いて、じゃあ行こうかなってだけの話です(笑)。でも草月ホールって、僕が20年くらい前に初めて自分のコンサートをやった場所なんですよ。初めてひとりで歌ったりトークしたりした場所に帰ってくるということで、図らずも原点回帰な感じもありますね。ホールとしても舞台面も、大きくはないんだけどとても雰囲気があって、こういう場所だからできることがありそうだなと思っています。

息を吸うように演技できるようになりたい

――最後に、お誕生日を迎えたばかりということで、43歳になられた今の心境などもお聞かせいただければと思います。

平均寿命みたいなことを考えると、そろそろ折り返し。社会人としての責任が増してるというか、「選挙行こう」って言わなきゃ、と思ったりはしますよね(笑)。やることは増えてるけど体力は落ちてくっていう、先輩方からよく聞いてたことになってるなと思います。

最近よく、みんなから「働きすぎだよ、休みなよ」って言われるんですけど、僕は身をもって知らないと納得しないタイプだから、本当に限界が来るまで休む気持ちにはならなくて。かといって、いつまでも切羽詰まって忙しい忙しい言ってるのも違うな、とも思ってて。自分の限界を知りたいけど、同時に余裕を持ちたいなとも思う、そんなハザマにいる感じですかね。

――では、折り返したあとの「役者としての抱負」は?

当たり前のように演技したり歌ったり、あと司会したりもできるようになりたいなと思います。そのためにはやっぱり、やり続けることが大事で。どんな仕事も、1回立ち止まって久し振りにやるとけっこう大変で、やり続けてるほうが楽なんですよ。役者として、息を吸うように演技できるようになるために、演技してる自分も自然な自分って状態にどんどんなれるように、この生活を続けていきたい。その結果として幅が広がるならそれは素敵なことだけど、そこを目指すというより今は、「演技をずっとしておきたい」気持ちでいます。

取材・文:町田麻子 撮影:塚田史香

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<公演情報>
ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』

2022年8月14日(日)~2022年8月17日(水) 東京・THEATRE1010
2022年8月19日(金)~2022年8月22日(月) 大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
2022年8月24日(水)~2022年8月31日(水) 東京・シアタークリエ
https://www.tohostage.com/ashinaga/

『リーディングプロジェクト』

2022年9月16日(金)~2022年9月19日(月・祝) 東京・草月ホール
チケット情報

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