シリーズ:ファスト映画 第3回 ファスト映画 その後【前編】──映画は生き残ることができるのか?宣伝と感想、危機感をめぐる対談
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左から久保浩章、しんのすけ。
ファスト映画やマンガのネタバレサイトなど、結末やあらすじを簡単に明かす違法なコンテンツの検挙がこの1年で相次いだ。あらゆるエンタメが人々の限りある時間を取り合い、時短や効率が求められる今。およそ70分から120分の規格で人々を魅了してきた映画が、この先も生き残るためには。映画宣伝大手のフラッグ代表・久保浩章と、映画感想TikToker・しんのすけが語り合う。後編はこちらから。
取材・文 / 奥富敏晴 撮影 / 間庭裕基
面接の逆質問で「ファスト映画ってどう思いますか?」
──ファスト映画の最初の騒動から1年経ち、5月には映画会社による5億円の提訴が社会的にニュースになりました。映画の宣伝・配給会社の方が改めてファスト映画について公で語る機会は少ないと思うのですが、どうして今回お引き受けいただけたんでしょうか。
久保浩章 一度、会社の朝礼でファスト映画について話したことがあったんです。映画業界で働く社員がいるという視点に立つと、当然違法だけど単純に「いけないことやった人が捕まりました。よくないよね」で済む話ではなくて。結局なんであんなに観られていたのか。最近よく語られるのは、視聴形態や環境が大きく変わってきている中で「2時間でできあがった作品を提供していれば満足してくれる」と勘違いしていると本当にお客さんがいなくなるぞ、と。その話をしたのは実は新卒の面接がきっかけで、逆質問で学生から「ファスト映画ってどう思いますか?」と聞かれたんですよ。
しんのすけ いい質問ですね(笑)。
久保 そうなんです。そこで「君はファスト映画を観るの?」と聞いたら「大変申し訳ないですけど、観ています」と。そのときに感じたことが大きく、社内向けに話したタイミングで、今回ナタリーさんからもお声かけいただいて、外でも語らせていただくことになりました。
しんのすけ 僕も普段専門学校の講師をやっているので、映像というより、動画との付き合い方について18歳、19歳の学生とよく話すんです。すでに僕らより動画と触れ合っている時間が長いし、感覚も違いますよね。授業で新作映画の話もするんですが、そもそも存在を知らない学生が多くて。映画に限らないですが、情報を摂取する場所が開かれたようで選択肢が多くなった分、取り合いになった。有名なYouTuberの話をしても、みんなHIKAKINさんはわかるけど、登録者数100万人レベルでもクラスの半分以上は知らないんですよ。
久保 映像コンテンツをはじめ基本的に情報があふれすぎているので、目利きの人の発信に興味は持つけど、自ら積極的に情報を取りに行くのはなかなかしない状況になっていますよね。映画のデジタル宣伝もここ5年で大きく変わりました。昔は限られたメディアをみんなが見ていて基本的にそこで情報収集をしてくれた。でも今は、ここだけ押さえておけばOKというものはない。10代、20代はテレビを観てない人が多数。TikTokでしんのすけさんの映画感想を見るのか、YouTubeで岡田斗司夫さんの解説を見るのか、TwitterやInstagramを見るのか、多極分散していて。宣伝側としても手数を多くしないといけない大変さは感じますね。
しんのすけ ファスト映画が証明したのは「映画に興味がある人」は減ってない、むしろ増えているんじゃないか?ということだと感じていて。再生回数を見てみると、キャッチーな作品がバズりやすいTwitterとは違って、有名ではない過去作でも目に見えるところにあると興味を持つ人がいた。だからこそ、みんながアクセスしやすいYouTubeでファスト映画が盛り上がってしまったんだと思います。
久保 ファスト映画って「最近の若者に人気」という文脈で語られがちですが、意外とそうでもないと思っていて。例えば1980年代に簡単に観られる環境があったら観てたんじゃないかな。個人的な話ですけど、映画館のない田舎で育ったので、映画を観るとしたらレンタルビデオでした。父親が新作ビデオを借りて全部早送りで観る人だったんですよ。一晩で一気に3本も(笑)。
しんのすけ それはすごい(笑)。
久保 完全に時間の消費だったんだと思います。それができたのは、早送りと停止、再生がストレスなくできる高性能なビデオデッキだったから。これと同じ話で今は観るほうも作るほうも簡単。時間を無駄遣いせずに、なんとなく映画の筋が知りたい、時間を潰せればいいという人は多い。でも観た映画を明日には忘れてしまう人の1900円も、映画が大好きな人が払う1900円も同じなんですよね。それらの合計でマーケットや映画を作る環境がなんとか維持されている。「映画を早送りで観る人たち」(光文社新書)を読んだのですが、「ネタバレを知ってからじゃないと映画を観たくない人」がいるというのが衝撃でした。ドキドキしたくない、不安になりたくない、筋を知っていたほうが理解も進むと。映画産業がこの先も本当に生き残れるのかを考えるなら、視聴者の人たちのニーズをしっかり確認して点検する必要があるなと思っています。
しんのすけ 僕も実際にネタバレを気にしない人は多いと思っていて。昔はがんばって探しにいくものだったけど、知る動線が圧倒的に増えたじゃないですか。今はネタバレを知ってから観るか、知らないまま観るかの2つに1つしかないような状況になっている。その選択肢が大きく見えていて、ネタバレを特になんとも思わない人が見えづらいですよね。
「謎に包まれたもの」が通用しない時代
──極端な質問ですが、例えば宣伝の一環として映画のあらすじを最後まで伝えてしまうことは可能なのでしょうか。サプライズが大事な作品もありますが、「ネタバレ」とは関係のないような映画はたくさんあります。
久保 絶対にいろいろと怒られますね(笑)。実は以前、一筋縄では理解できない難解な映画で配給さんに提案したことはあります。公式サイトに「映画を観た人だけがアクセスしてください」と書いて、ネタバレありの解説ページを作ろうとしました。映画館を出てTwitterにいきなり感想を書くんじゃなくて、まずはここを読んでください、と。考察好きの人はむしろ喜んでくれるのではと考えたんですが、そのときは前例がなかったのでなくなりましたね。
──2020年公開の「TENET テネット」は劇中のキーワードを入れたらネタバレありの解説を読めるページが公式サイトに用意されていましたよね。本来なら映画を観た人が買うパンフレットの役割。当時はネットのいたるところで考察を含めて楽しんでいる人が多かったです。
久保 特に難しい映画はある程度の観る訓練を積んでいないと理解できないものもありますよね。もちろん理解できなくてもいいんですけど、ちょっとしたサポートでわかってもらえるなら、宣伝がガイドしてあげるべきだと思っています。そこで映画の見方を学んだら、別の映画をもっと面白く観られるかもしれないし、今まで気にも留めなかった映画に手を出す人がいるかもしれない。100人のうち1人でも、そういう人がいたら万々歳ですよ。「観客を甘やかしている」と言われてしまいそうですけど、そうではなく一緒に育っていくというか。映画によっては、必要な選択肢。ただネタバレを踏みたくない人が多いのも確かで、怒る人が出てきてしまうのは作品にとってマイナスなので、鑑賞のガイドにはなるけどネタバレにならないギリギリの塩梅が難しいところです。
しんのすけ 庵野(秀明)さんがNHKのドキュメンタリーで「面白いですよっていうのをある程度出さないと、うまくいかない時代。謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきている」と言っていて。制作者としての甘やかしではなくて、単純に物語、ストーリーを優先して気にする人が増えている状況がある。ファスト映画で削り落とされたのは、映像の演出、映像を観ることの面白さ。もちろん物語は大事ですけど、観客があまりにもネタバレや物語だけを気にするようになった結果、生まれたのがファスト映画だったのかも。
久保 「謎に包まれたもの」に関連して言うと、SNSがある今、宣伝における嘘はまったく通じなくなりましたよね。以前は作品の弱いところを隠して、強いところだけ見せることができた。今は海外からの情報も早いし、感想もいち早く出回るので、方針を見透かされてしまう。コアな人やライトファンも含めて、その映画を好きになって観てくれる人の気持ちをいかに理解するか。嘘を使わずに、どう魅力を伝えていくかが課題で、常に観てくれる人たちのことを考えて宣伝します。
映画の存在感は低下している?
──フラッグは2020年から、洋画の買付や配給も始めていますね。これはどういった理由から?
久保 もともとは若者に映画館に来てほしいというコンセプトでした。いい映画があることを知ってもらい映画館で映画を観る体験を積み重ねて、今後のファンを作っていく。普段からミニシアターに通う方々の存在はもちろん大事ですが、年に1回映画館に行くかどうか、シネコンでたまに大作を観るといった人にもっと映画に興味を持ってほしいと思って始めたんですね。だから若者をメインターゲットにした映画を買い付けて、デジタルを中心に宣伝をしました。
──結果的にコロナ禍での始動となってしまったと思います。興行の感触はいかがだったのでしょうか。
久保 これまでに7作品を公開しましたが、ものすごく大変だと実感しましたね。そもそも認知がない映画は存在を知ってもらわないと観たいとも思ってもらえない。知ってもらおうとするんですが、監督も役者も有名ではない洋画だと本当に難しい。フラッグの場合、大作を宣伝させてもらうことが多いのですが、そことは違うやり方をしないと特にミニシアター系の作品でヒットさせるのは相当に困難。これからは映画館に来そうなお客さんをきちんとつかんで、その人にちゃんと映画の情報を何度も届ける仕組みを作る必要があると思います。
しんのすけ コロナ禍で余計に映画館に行かなくなって、地上波での映画の放送も減っている。映画という文化を生活の中でどう習慣づけるのかは重要ですよね。最近K-POPが好きな方から聞いたんですが、あるグループが新曲を出したら、MVだったり、歌番の収録だったり、同じ曲だけど違う映像を週6で公開したらしくて。供給があるから習慣化されて、どんどんと盛り上がっていく。
──確かにBTSの「Dynamite」など、公式が上げたさまざまなバージョンの動画を観ました。
しんのすけ 音楽やマンガ、アニメって常に新しい何かが出ているじゃないですか。音楽は歌番組やMV、ライブがあるし、マンガは連載、アニメは放送がある。業界からの供給が止まっている感じがしない。映画の存在感が低下しているのが、特にコロナ禍で顕在化してきている気がします。
──国内での映画の公開本数を見ると、過去最高は2019年の1278本。2009年の762本から10年で500本以上も増えています。
しんのすけ ほかの施策があまりにも強すぎるんですよね。多くの映画はコアファンに向いていて、一般層には届いてない。ほかと比較すると、どうしても少ない印象があります。大変ですけど、業界全体で映画鑑賞を習慣化させることを目指すべき。僕もTikTokをなるべく多く更新することで、まったく知らないタイトルの作品でも映画館で常に新しい何かが公開されている、配信が始まっているということを発信しています。
久保 映画館に行く回数を0から1にするのは規模感のある映画じゃないと難しいですよね。年に1回だけ行った映画館がミニシアターという人は少なくて、そこは業界を挙げて気にしないといけない。
しんのすけ 「ONE PIECE FILM RED」でヒロイン・ウタの歌唱パートにAdoさんが起用されましたよね。こういうメジャーな作品にメジャーをぶつけて化学反応を起こすのって、映画ファンを新しく生むのに大事なことだと思っていて。「ONE PIECE」を初期から観てきた30代40代の世代にとっては「うっせぇわ」の人?という感覚だと思うんですけど、今の10代にとって映画館でAdoの歌声を聴けるって、ものすごい付加価値。この一歩目があるから次につながっていくし、今は映画がほかの文化とどう化学反応を起こして生き残るか、という過渡期にある気もします。
プロフィール
久保浩章(くぼひろあき)
1979年生まれ、東京大学経済学部卒業。在学中にフラッグを創業し、2004年1月に株式会社化。代表取締役を務める。映画のデジタルプロモーションやソーシャルメディアマーケティングを中心に担当。2016年には、映画学校ニューシネマワークショップ(NCW)と経営統合を行い、後進の育成にも力を入れているほか、近年は映画の配給や国際共同製作にも取り組んでいる。
しんのすけ(齊藤進之介)
1988年生まれ。京都芸術大学映画学科卒業後、助監督として働く。2019年より映画感想TikTokerとして動画投稿を始め、主にエンタメや社会問題などを中高生に向けて発信。「TikTok TOHO Film Festival」の審査員を2年連続で務めたほか、イベント登壇も多数行う。