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シリーズ:ファスト映画 第3回 ファスト映画 その後【後編】──映画は生き残ることができるのか?宣伝と感想、危機感をめぐる対談

映画

ニュース

ナタリー

左から久保浩章、しんのすけ。

ファスト映画やマンガのネタバレサイトなど、結末やあらすじを簡単に明かす違法なコンテンツの検挙がこの1年で相次いだ。あらゆるエンタメが人々の限りある時間を取り合い、時短や効率が求められる今。およそ70分から120分の規格で人々を魅了してきた映画が、この先も生き残るためには。映画宣伝大手のフラッグ代表・久保浩章と、映画感想TikToker・しんのすけが語り合う。前編はこちらから。

取材・文 / 奥富敏晴 撮影 / 間庭裕基

SNSにおける“映画感想”

しんのすけ 映画宣伝におけるSNSの使い方なんですけど、インフルエンサーやマイクロインフルエンサーと呼ばれる人が増えたじゃないですか。フォロワーが多かろうが少なかろうが、何かしら映画のことを書くと常にリツイートされるも人もいて。この状況、宣伝の方々はどう見ているんですか?

久保 インフルエンサーの方って、つまり近所のイケてるお兄さんやセンスのいい部活の先輩ですよね。その人たちが言うことの説得力を広告で出すのは難しい。部活の先輩のセンスを信じている人は10人、20人だったのに、リアルの生活圏内にいなかった人たちとソーシャルメディアを通してつながれるようになった。映画に限らずですが、だからこそインフルエンサーの意見って重いし効果がある。特に映画ってわかりやすいベネフィットを提供できる商品じゃなくて、多くが単に楽しむもの。売り文句が作りづらい中で、いかに魅力的にその作品を語ってもらうか、普通の人が言語化できないような言葉で表現してもらうかが大事だと思ってます。

しんのすけ 映画の魅力って写真だけで伝わるものじゃないですよね。Instagramの料理の写真みたいに「うまそー」といったリプが付くわけじゃない。言葉で伝える上級者が増えたことで、いわゆるライト層が感想をTwitterで書きにくくなっている状況はあると思っていて。もちろん感想がバズって映画を観に行く人が増えたり、新しい見方を知れたりするのはいいことですけど、Instagramに移行した人も多い。映画やマンガ、本でもそうですけど、今はにわかに触れる人たちに対してのプレッシャーがすごくて、ある意味「おいしい」だけではダメというか。

久保 ある大ヒットした洋画作品を宣伝したとき、キャストも来日したんですが、テレビでは取り上げてもらえなくて。でも試写の評判はいいし、Webメディアがたくさん記事を書いてくれていました。映画が面白いとまずネットで検索するじゃないですか。でも誰も言及していない作品は、感想も言いづらい。そこの受け皿としてWebにいろんな記事が出ていて、観た人が感動を伝えやすい環境が整っていたんです。口コミが広がって動員も2週目にぐっと上がりました。そういう種を事前に仕込むのは、宣伝をするうえで非常に大事なことで、今は映画宣伝における重要度もソーシャルメディアがトップオブトップ。テレビ番組で取り上げてもらうより、SNSで口コミの波を起こすことに各社が力を入れている現状はあります。

しんのすけ 去年のインタビューでも話したんですが、ファスト映画のコメント欄はTwitterやFilmarksに感想を書かないような人たちが話す掲示板になっていて。それは僕の動画もそう。TikTokでニュース動画もよく観るんですけど、YouTube以上にランダムにたくさんの動画が流れてくる。ゆえにその事件に対する純粋なリアクションが刻まれることが多いんですよ。本当に脳内にパッと浮かんだであろう言葉。僕の動画はそういった反応と感想が半分半分で、それは僕自身も楽しんで見ています。

──例えば「この映画は面白かった」「この映画には魅力がある」と伝えるのに、言葉に頼らない方法はあるんですかね。

しんのすけ それで言うと、僕はそのタイプ。文字だけだと伝えられなくて、表情と声とテロップと音楽があって、初めて僕の考える面白いが伝わると思ってます。TwitterよりTikTokのほうがフォロワーが多いのも、そういう理由なのかと(笑)。Twitter上に素晴らしい文章もありますけど、そこに依存するイコール文字に依存するのと一緒なので、感想の表現としては幅が狭い。Instagramのストーリーで「花束みたいな恋をした」を観に行った女の子同士が自撮りでげらげら笑いながら「面白い!」と言ってるのもいい感想ですよね。

久保 ははは(笑)。でも、そういう人は多いですし、僕ももうTwitterでは自分のツイートは少なくなりました。ソーシャルメディアが発達する中で大人になった人たちは、周りから何を言われるかわからない状況に対してセンシティブじゃないですか。周囲との距離感を理解してるし、ナイーブ。感想に正解、不正解もないですが、Twitterは物事を“わかった”うえで感想を書かないといけないような空間。だから映画の感想を言う機会は減っていきますよね。

しんのすけ あと「この映画は面白い」という流れが一度できると、一定数いるはずの「つまらない」と言う人が減るんですよね。「面白くない」と言ったら、その作品を理解できてないだけなんじゃないかと思ったり、実際に面白いと思った人が「面白くない」と言ってる人をつぶすムーブもあったり。言語化することが偉いという空気が蔓延すると、結果的にライト層を排除してしまうこともあると思います。

TikTok宣伝の最前線

──映画宣伝において口コミも大事ですが、同じくらい動画の重要性も増していますよね。独立系の配給として異例の大ヒットとなった「花束みたいな恋をした」は、メディアごとに異なる素材で予告を作っていて。日々、宣伝を眺めていると動画の種類が増えたという印象があります。

久保 シンプルに原点回帰をしていて。映画は、そもそも映像商品なので、一番魅力を伝えやすいのは映像を観てもらうこと。昔に比べて、いろんなパターンのCMを作ったり、Web用に動画を作ったりするコストが下がっているのが大きいです。予告編を作るのはけっこう高いですけど(笑)。

しんのすけ TikTokにおける映画や配給の公式アカウントも僕が始めた3年前は本当に0だったんですが、今は公式アカウントがちゃんと意識してバズらせるのを狙っていますね。成功例が「死刑にいたる病」。短めの予告や15秒くらいの動画がめちゃくちゃバズっていて。コメントを読んでみると、シンプルに「24人を殺した殺人鬼の冤罪証明」という物語やテーマ、設定に惹かれている人が多い。いわゆる映画ファンじゃない人に届いて、10億円もヒットした印象です。まだ成功例は多くないので、観ていて面白かったですね。

久保 TikTokを3年やっていて、ファンの方のリアクションに変化ってありましたか?

しんのすけ 長くやればやるほど「よく映画を観るようになりました」っていうコメントが増えています。やっぱり大量の映画があること自体を知らない人は多くて。僕自身もぜんぜん行かなくなりましたけど、レンタルショップって本当に大量の映画を実感できるじゃないですか。映画が死ぬほどある。レンタルショップがなくなると「映画って世の中にこんなにいっぱいある」と根本的に知らない人が増えるんじゃないかとも思いました。

──確かに。壁一面のビデオやDVDの棚って、今思えば映画好きになる初期のカルチャーショックかもしれません。

しんのすけ NetflixやU-NEXT、Amazon Prime Videoで配信されている作品の数は膨大ですけど、テレビやスマホの画面に一度に出てくるのはせいぜい10本、20本。タイトルを検索しないと出てこない映画もあって、機会損失は大きいですよね。映画館に行かない限り予告編やポスターを観ない人がいるように、動画のコメントでも「新しい映画ってこんなにあるんだ」と知って驚く人が多くて。自分で情報を取りに行く人が減っている中で、TikTokが出会いのきっかけを作ってくれている感覚はあります。

「ここで観てよかった」という映画館の体験価値

久保 書店の手書きポップってあるじゃないですか。あれって書店員のパーソナリティが見えて、面白いかもと思わせてくれる品質保証ですよね。本に書店という販売チャネルがあるように、映画には映画館がありますけど、映画館は「今度うちでかける作品が超面白いんです」とは言わない。自分たちの意見は基本的に言わないニュートラルな立場。だから、それを映画好きな人たちにインフルエンサーとして各ソーシャルメディアで言ってもらっている。

──いわゆる大手のシネマコンプレックスは劇場ごとのSNSで作品を宣伝している印象はありますが、映画館現地でそういう推し方は見かけないですね。業界的な慣習や風土があるんでしょうか。

久保 もちろん興行の仕組みとして、例えば大手配給会社の作品が、系列シネコンでの上映回数が多かったり、大きめのスクリーンでかかったりはあります。でも、チケットを買うときに「今のおすすめはこれ!」「支配人イチ押し!」とかはない。普通の小売業だったら、よくある話ですけど、業界のカルチャーとして上映している映画に対して極めて均一に接しますね。

──ミニシアターの場合はSNSの宣伝も、現地でも特定の作品を推すことはありますね。

久保 僕はミニシアターも、もっと「私たちのセンスを信じてください」という売り方をしていいと思ってます。支配人の趣味が濃厚な劇場が昔はざらにありましたけど、しんのすけさんが作品を選んで紹介しているように、映画館だって面白いと思ってかけているわけだから、もっと表に出てきていいですよね。

しんのすけ 僕もそう思います。体験価値として「この映画を観てよかった」+「ここで観てよかった」が生まれたほうがいい。映画館の持ち味を上映作品で出すのは当たり前として、シネマコンプレックスは内装も大きく違うわけじゃないので弱い。アミューズメントパーク的なわかりやすい魅力があるといいですよね。映画館の雰囲気を好きになってもらう。ニュートラルなのがいい部分もあるとは思いますが、映画館があまりにも箱に徹しすぎている気はします。

久保 以前、地方の観客でミニシアターの作品をよく観る人、観てない人の分類をしながら「どの作品が観られているか」をリサーチしようとしたら、そもそも「ミニシアター系作品」というくくりが意味をなさなくて。都市部に住む人しか実感できないところで、地方に住んでいる人はミニシアターの作品をあまり区別していない。そもそもミニシアターはおろか映画館自体がない地域も多いですから。たまにシネコンで挑戦的な企画が行われることもありますが、あまり目立っていなくて、もっと継続的にチャレンジングな作品を流すのも面白いですよね。

物語への原点回帰

しんのすけ 新規映画ファンの開拓について改めて話したくて。僕は映画好きを1人でも増やす、映画館での鑑賞が年0回の人を1回にするような活動がメイン。そのことが映画のコアファンにあまり伝わらなくて、最近は少なくなりましたけど「うわべだけで映画を紹介するな」って言われることもあります(笑)。映画ファンに向けたものではない宣伝って、どう考えていますか?

久保 特に大作になればなるほど、前作を観てなくてもいいし、監督の名前を知らなくても問題ないし、“楽しそう”だけで観てもらえれば大丈夫ですよ、と常に間口を広く考えることが大事だと思っています。ソーシャルメディアマーケティングを重視して、しんのすけさんのような方に語ってもらうことをしないと、いつまでもパイは広がらない。映画は、なんてことない動機で、もっと軽薄に楽しんでいいはずで、ライトにタッチポイントをたくさん作ることをしています。

しんのすけ 宣伝において、普段はあまり映画を観ない人に向けて、どこまで情報を与えて興味を持ってもらえるか、という精査は当たり前のことですよね。最近「トップガン マーヴェリック」の感想動画を作ったんですけど、最初に決めたのが、トム・クルーズと戦闘機の描写を推す内容にしないってことで。間口がもっとも広くなる言い方を考えて、最初に見せるキャッチコピーは「死んだ親友の息子と共に絶対不可能な任務に挑む」にしました。なるべく作品のテーマや物語から入ったほうが結果的に一番広いパイをつかめるのは、動画を作っていて感じます。もちろんトム・クルーズは若い人も知ってるだろうけど、固有名詞の時点で狭まってしまう。

久保 昔は誰が出演しているのか、どんなジャンルか、と映画の外見を意識してポスターも予告も作っていて。それが10年ぐらい前から、そもそも物語が面白くないと観てもらえない状況になった。我々が売っているものはなんだっけ?を考えたら、やっぱり物語だよねと。その原点回帰に伴って宣伝も変わってきたところがあります。

──物語への原点回帰と聞くと、どうしてもあらすじだけを説明したファスト映画を連想してしまいます。

久保 そこに戻ってしまいましたね。

しんのすけ 物語性を持つ創作物にとって物語が大事なのは当然なんですよね。映画本来の持ち味もそうですし、小説やマンガもそう。最初にも言いましたけど、映画にとっては物語と同じくらい映像演出が大事。でも一番広く伝わるのは物語であって、映像は文脈への理解や素養が必要で魅力を言語化しにくい。ファスト映画自体を肯定はしませんが、安易に物語だけを短時間で伝えるファスト映画がたくさんの人に観られてしまったのは必然だったのかもしれません。

プロフィール

久保浩章(くぼひろあき)

1979年生まれ、東京大学経済学部卒業。在学中にフラッグを創業し、2004年1月に株式会社化。代表取締役を務める。映画のデジタルプロモーションやソーシャルメディアマーケティングを中心に担当。2016年には、映画学校ニューシネマワークショップ(NCW)と経営統合を行い、後進の育成にも力を入れているほか、近年は映画の配給や国際共同製作にも取り組んでいる。

しんのすけ(齊藤進之介)

1988年生まれ。京都芸術大学映画学科卒業後、助監督として働く。2019年より映画感想TikTokerとして動画投稿を始め、主にエンタメや社会問題などを中高生に向けて発信。「TikTok TOHO Film Festival」の審査員を2年連続で務めたほか、イベント登壇も多数行う。