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一葉が思い描いていた世界が今、開かれようとしている―こまつ座『頭痛肩こり樋口一葉』貫地谷しほり×若村麻由美 対談

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こまつ座『頭痛肩こり樋口一葉』より、樋口一葉役を演じる貫地谷しほり(左)と花螢役の若村麻由美

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24歳の若さで夭逝した明治の女流作家、樋口一葉とその家族や知人たち、6人の女性の切実な生きざまを明るく切なく描き出した井上ひさしの傑作評伝劇が再登場する。こまつ座の旗揚げ公演として1984年に初演され、幾度も再演を重ねた人気作は、2013年に栗山民也の新演出を迎えてさらにパワーアップ。栗山演出で3度目の上演となる今回は、貫地谷しほり、増子倭文江、熊谷真実、香寿たつき、瀬戸さおり、若村麻由美の、独自の個性と実力を携えた面々が結集し、あの世とこの世、その境界線の物語を鮮やかに綴る。初めて樋口一葉役に挑む貫地谷しほりと、2013年公演より一葉と心を交わす幽霊・花螢役を担っている若村麻由美に、稽古の感触、作品への思いを語ってもらった。

花螢を演じるのは今回が最後・・・?

――本作の上演は6年ぶり。夏子(樋口一葉)役の貫地谷さんは初参加、花螢役の若村さんは3回目の出演になりますね。

貫地谷 井上ひさしさんの作品はこれまでに二度やらせていただいたことがありますが、こまつ座公演は初めてです。ちょうど6年前に栗山さんと別の舞台のお仕事をしていた時に、次に演出されるこの作品のことを「面白いんだぞ〜」って自慢されていたんですよ(笑)。それに参加出来ることが本当に嬉しくて、今回はすごく楽しみにしていました。

若村 私は、もう一度井上ひさしさんの台詞を発することが出来る、もう一度花螢をやるチャンスが来た、うれしい!という気持ちと、正直すごく体力を必要とするので(笑)今回が最後かな、という気持ちがあります。私のお芝居経験の中では唯一と言ってもいい喜劇的な役で、とても大切にしてやってきたので、もう一度新たにチャレンジしたいなと。再演に向かうというよりは、今の自分が一から扉を開ける、そんな気持ちでやりたいなと思っています。

――お稽古が始まって、あらためて感じる作品の印象や発見などはいかがですか?

貫地谷 本読みをやった時に、若村さんと熊谷真美さんは三度目ということで、すでに役が出来上がっている!と感じましたね。皆で読むとさらに、こんなに面白い話なんだ〜とあらためて思いましたし。若村さんがおっしゃるように、若村さんも熊谷さんも、今回初めてやるかのように真摯にトライしていらして、その姿勢がすごく素敵だなと感じました。……と同時に、身が引き締まる思いも(笑)。樋口一葉のことを調べてみると、とても貧乏で、日々の暮らしが切実に大変だったことを知りまして。面白おかしく感じられる台詞の裏にそのような生活苦があった、と栗山さんにお話を伺って、面白いけれど難しいな……というのが今の実感です。

樋口一葉没後120年記念 東宝・こまつ座提携特別公演『頭痛肩こり樋口一葉』(2016年)より、前列右から)若村麻由美、永作博美、愛華みれ 後列右から)熊谷真実、深谷美歩、三田和代

若村 おかげさまで6年も経つと、いろいろと忘れていて(笑)。そうだったっけ?みたいなことだらけで、かえってよかったなと思っています。なぞるみたいなことはしたくないし、演出家が、以前とは違う動きをつけてくださっている部分もあるので。人間の……ま、花螢は幽霊ですけど(笑)、人間の心理からの動き、生きている真実からの台詞を、栗山さんはひとり一人の役に対して細かく演出してくださいます。心から尊敬できる大好きな演出家です。

樋口一葉は、タフな人じゃないと出来ない

――花螢は、木村光一さん演出による1984年の初演から、長く同役を務めていらした新橋耐子さんの印象が強く、新橋さんご自身も非常にこの役を大切になさっていたと伺っています。若村さんは見事に引き継がれて、確実にご自身の花螢を息づかせていらっしゃいますね。

若村 新橋さんの花螢を2回拝見したことがあるんです。まさか自分にお話をいただく日がくるとは思わず大笑いして観ていましたが、のちにお話をいただいた時は本当にびっくりしましたね。まず思ったのが、あのようには出来ない!と。でもこまつ座さんからのお話では、栗山さんの演出で、メンバーも一新して新しい『頭痛肩こり〜』を作ろうとしていたけど、花螢が見つからず、ずっと上演出来なかったそうで……。

貫地谷 へえ〜! そうだったんですね。

若村 で、栗山さんが「何で思いつかなかったんだろう。いたよ、いた!」と。それで私に連絡をくださったそうなんです。その経緯を聞いて、何だかもうありがた過ぎて……。私にとっては恐ろしい挑戦でしたけれど、“いつか井上ひさしさんの作品をやらせていただきたい”と願っていたので最初にお声がけいただいたものがそういう経緯だったら、もうこれは清水の舞台から飛び降りるつもりでやらせていただくべきだ、そう思って挑みました。いざやってみたら、やっぱり役も、作品自体もものすごく手強いですね。1回目、小泉今日子さんが夏子役の時は、もう毎回必死!今日子さん始めメンバーにとても助けていただきました。2回目の永作博美さんの時は、1回目と同じメンバーの中に永作さんおひとりだけが新しく入られて、永作さんも大変タフな方で、また新しいものがそこに生まれて……。

右から永作博美、若村麻由美/樋口一葉没後120年記念 東宝・こまつ座提携特別公演『頭痛肩こり樋口一葉』(2016年)より
左から永作博美、若村麻由美/樋口一葉没後120年記念 東宝・こまつ座提携特別公演『頭痛肩こり樋口一葉』(2016年)より

実は初回に、新橋さんがご覧になられて、楽屋に起こしになったんです。私はもう、わああ〜どうしよう!って(笑)。そうしたら「艶やかでした。お続けなさい」とおっしゃってくださって……。その時は胸がいっぱいで何も考えられなかったんですけど、続けるなかでもっと分かるものがある、という思いで言ってくださったのかなと。先輩の言葉はすごく支えになっています。それで今回です。おそらく貫地谷さんもタフな方だと思っています(笑)。樋口一葉は、タフな人じゃないと出来ないな、というのが私の勝手な印象ですね。若くして貧しい暮らしの中で、女性の自立が難しい世の中に対して、食べるため、生きるため、小説で戦いを挑んでいって……。私は夏子にしか見えない幽霊で、つねに死というものを考え続けている夏子の、心の内を引き受けている役どころでもあるので、夏子役を演じる人にものすごく愛情が湧くんです(笑)。

幸せの代償として必死に生きる

――おふたりともに以前にも栗山演出を経験されていますが、今、稽古場で実感されていることを教えてください。

貫地谷 私、栗山さんに「ちょっと一葉にしては元気過ぎるよ。やっぱり文学者なんだからね」って言われました。元気過ぎるらしいです(笑)。でもちょっとだけ入り口が見えたような気がしていますね。若村さん演じる花螢が出て来ることによって、夏子は自分の本当の気持ちを喋ることが出来るんだな、って。栗山さんのお話は、ほかの人に向けた言葉でも全部がヒントになるので、聞き逃さないようにしたいと思っています。

若村 若い頃から井上ひさしさんとお仕事をご一緒されていたからでしょうか、栗山さんの中に揺るぎのない作品の核があるんですよね。だから栗山さんから出て来る言葉が、すべて「そうだな!」と思えることばかりで。この舞台、演出的にすごく緻密な計算のうえに成り立っているテクニカルな作品なんです。オーケストラのスコアみたいに見えてくることもあって、音符の重なりがうまくいくと、とても心地よく観ていただける……といような感じで、ただ単に心情が描ければ伝わるというものでもなくて……。

貫地谷 そう、そうなんですよね〜本当に! ただ気持ちがあればいいわけじゃなく、もっと“見せる”構造になっているというか。

若村 たぶん演じる側の客観性ですよね。世阿弥の言うところの“離見の見”でしょうか。自分自身がやりながらも全体像が見えていて、いかにアンサンブルが上手くいっているかを理解しながら、心情に基づいて言葉を発する……熱量ですね。井上さんの作品はどれもそういう構造になっているように思います。こまつ座さんの違う作品を観に行くと、人間を深く描いた戯曲に感動するし、それを役者たちが真摯に演じていることにまた感動するんです。自分もそうありたいな、と思うんですね。

貫地谷 栗山さんが「井上さんは、“幸せの代償として必死に生きる”ということを書いているんだよ」とおっしゃっていて、まさに、必死に食らいついてやっていくしかないのかなと思っています。

若村 貫地谷さんは、もうすでに夏子、樋口一葉ですよ。今回は貫地谷さんがなさると聞いた時に、なるほど〜とすごく納得しました。楽しみですし、何の心配もない。不器用な私のほうがきっと迷惑をかけると……。

貫地谷 いやいや、いつもそうおっしゃいますけど(笑)、そんなこと絶対ないですよ!

若村 本当なんですよ〜。これまでも皆に助けられてやって来ているので、今回も早めに白状したほうがいいと思って(笑)。花螢がちょっと夏子に頼っているところがあるように、私も貫地谷さんに頼らせてもらって、すでに支えられている感がありますから。いいマスクを紹介してくれたり(笑)。

貫地谷 ああ〜、稽古で息が苦しくならないように(笑)。

――座組の雰囲気の良さが伝わります(笑)。樋口一葉と彼女を取り巻く女性たちが懸命に生き抜くさまに、今回も存分に笑い、涙することになりそうです。

今回集結した6名のキャスト。上段左から)増子倭文江、貫地谷しほり、瀬戸さおり 下段左から)熊谷真実、若村麻由美、香寿たつき

貫地谷 今現在、本当に時代の変換期に来ていると感じるなかで、樋口一葉という人はとても早い段階で、なぜ女性は内助の功を求められるのか、なぜ男性と同等に働けないのか、といった疑問を抱いているんですね。まさに今、一葉が思い描いていた世界が開かれようとしている、その面白さも感じます。一葉は二十歳から小説を書き始めて、その時すでに一家を背負って、自分が頑張らなければ皆が死んでしまうかもしれないと思っていて。いろんな意味で死と隣り合わせな人だったんですよね。私は今年37歳になりますけど、二十歳の時なんて本当に子供だったなと。今こうして稽古を重ねて、彼女の生き様を私なりに受け止めて来ているので、明治の時代に樋口一葉はこんなことを考えていたんだ、ということを伝えられたらいいなと思っています。

若村 この女6人の物語には、人生で起こりうるあらゆる辛いことがたくさん詰まっているんですよね。それを笑いと涙で描けていることが、すごい。私、最後のシーンが大好きで……。

貫地谷 ああ〜私もです!

若村 毎回、ラストシーンでそれまでの苦労が報われる気がするんです(笑)。生きていくことはすごく大変だけど、よし、頑張ろう!って思わせてくれる。私たちはこうして先人から何かを受け取り、今生きていて、次の人に何かを渡していくんだなって。本当にいろいろなことを考えさせてくれる、いい作品です。最後に救われた気になるのは、やっぱり人間讃歌だからなのかなと思いますね。

取材・文=上野紀子

<公演情報>
こまつ座第143回公演『頭痛肩こり樋口一葉』

2022年8月5日(金)~2022年8月28日(日)
会場:東京・紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
東京公演後、大阪、岡山、東京多摩公演あり。

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2214882

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