映画と働く 第12回 予告編ディレクター:今井あき(後編)「予告編で満足させたくない」
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「グッバイ・クルエル・ワールド」予告編制作の様子。
1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。
第12回では予告編制作会社ガル・エンタープライズで働き、予告編ディレクターとして9月9日公開の「グッバイ・クルエル・ワールド」などの制作を担当している今井あきにインタビュー。予告編がどのように作られているのか語ってもらった前編に続き、この後編では、得意とするテロップワークや予告編ディレクターとして働くやりがいについて深掘りする。また縦型動画に“遊び”を入れるテクニックや、予告編ディレクターになるために必要なスキルについても話してもらった。なお前編と同様に本コラムに登場するYouTubeリンクの特報・予告編はすべて今井が手がけたものだ。
取材・文 / 小宮駿貴 題字イラスト / 徳永明子
縦型ならではの見せ方が得意になれたら
──これまでのお話で、予告編がどのように制作されているのか理解を深めることができました。ここからは“予告編ディレクター”というお仕事について深掘りしていきたいのですが、ディレクター1人ひとりに得意分野はあるのでしょうか?
私は若者向けの作品を依頼されることが多いと思います。そういう作品は自分も観るのが好きなので、ターゲットに近い感覚で作ることができて得意なほうだと思い受けるのですが、普段あまり観ることがないホラー作品とかも依頼されることがありますね。かわいいのが好きなので、ポップな作風が得意だと思っていたのですが、前に担当した「事故物件 怖い間取り」が作品としてヒットしまして、以来ホラーものの依頼が来ることもしばしばです(笑)。趣味でバンドをやっているディレクターがいて、音楽が立つような予告編を作るとめちゃくちゃリズムが上手だったり、あとは私のことで言うと、TikTokとかInstagram用の縦型の映像を作るのが好きで、最近は縦型だけ依頼されることもありますね。
──最近は縦型の動画も増えましたね。
そうですね。前まで若者をターゲットにした作品が多かったのですが、最近はほぼいろんなジャンルの作品で作っていますね。最近だと「シン・ウルトラマン」の縦型広告や「今夜、世界からこの恋が消えても」のTikTok小説を作りました。縦型って画角がユニークなのでいろんな見せ方ができるんです。最近はスマホでSNSを開いて動画を観る人が多いので、縦型ならではの見せ方が得意になったらいいなって思います。
──縦型を作る際は、通常の予告編とは別の工夫がされているのでしょうか。
基本的には通常の予告編のテイストを崩さずに、そのまま縦型に画角を変えるのがオーソドックスなやり方です。ただ、縦型は若者がメインターゲットなので、真面目すぎるものではなく、遊びを入れてます。音声オフのまま観る方も多いのでテロップを増やしたり、上下2画面にしたりして、見やすさを重視しています。スワイプされないように頭にインパクトを出すとか。
予告編で満足させたくない
──なるほど。予告編を流すメディアごとにいろいろな工夫をされているんですね。改めて、予告編を制作するうえで心がけていることを教えてください。
一番は予告編で完結しないこと。予告編で満足させたくないというか、続きが気になってほしい。「どうなるんだろう?」「もっと観たいな」って思わせたいですね。ターゲットもそうです。予告編は映画宣伝の1つなので、作品のターゲットからずれないものを作りたいです。最近は短いもので60秒とか、昔はもっと長かったと思うんですが、短い尺でちゃんと映画のよさが伝わるように考えています。あとはスマホで観る人も多いので、映像のスピード感とか文字の大きさにも注意しています。予告編は作り手の個性が出ると思っていて、私はテロップワークで個性を出していきたいなと、いろいろ見せ方を変えています。「エル プラネタ」は単館系の洋画で、東宝宣伝部の元同僚が転職されて「久しぶりに一緒にお仕事したいね」って依頼されたお仕事でした。「テロップとかも自由にやっていいよ」と好きに作らせていただいた作品でお気に入りです(笑)。テロップワークを考えるのが好きなので、それを生かせる作品を増やしていきたいと思っています!
──予告編が好評だと興行収入にも影響があるのでしょうか。
予告編を観て映画を知ってもらうことが多いと思います。「これ面白そう!」「気になる!」と思ってもらえる1つのきっかけにはなるので、100%とは言えないですが興行収入を上げる大事な要素になっていると思います。私自身、全然知らない映画でも予告編を観てめっちゃ面白そうだなと思うことがありますね。最近だと「死刑にいたる病」とか。あの予告編ってすごくインパクトがあるじゃないですか。予告編の阿部サダヲさんを見て映画を観に行かれた方はたくさんいると思います。
効果音と音楽がうまくハマってグッとくる
──阿部さんの目力がすごかったですよね! 他社の予告編も観るとおっしゃっていましたが、「この予告編がすごい」と思うことはありますか?
好きな予告編はたくさんあるんですが、キリがないのでお気に入りの5作品だけ紹介させてください(笑)。まず「キングスマン」の予告編がめちゃめちゃカッコいいんです! 「マナーが紳士を作るんだ」というセリフ、あのときのSEの効果音とアクションが気持ちいいんですよね。効果音と音楽がうまくハマってて、観ててワクワクします。次に「桐島、部活やめるってよ」の予告編。1曲構成なんですが、後半から一気にグッとくるんですよ!
──予告編で使用されているのが1曲のみ?
はい。高橋優さんの曲のAメロから入ってサビから最後まで尺が約2分あるんですけど、1本の映画を観ている感じになります! 通常の予告編って最初の曲と後半の曲が変わったりするじゃないですか。1曲構成の予告編もたくさんあるのですが、今作は曲と作品の雰囲気もあってほかにはないよさがあります。
──主題歌をフィーチャーした映像はありますが、通常の予告編で1曲構成は珍しいのかもしれないですね。ほかにはありますか?
あとは「センセイ君主」の予告編がすごく好きです!
──竹内涼真さんと浜辺美波さんの共演作ですね。
テロップワークがすごくおしゃれなんです。あとは絵に合わせて音楽のボリュームが上がるカットがあって。カーラジオの音量を上げるとそれに合わせて主題歌の音量が上がるんですよ! めっちゃおしゃれですよね。
──おしゃれ! 改めて観てみたいと思いました。
ほかにも好きな作品がたくさんあるんですが、「十二人の死にたい子どもたち」は「死刑にいたる病」と似ていてゾワッとするシーンが登場します。1分半の映像でゾワッとさせられて、観た人の印象に残る予告編だなと思いますね。あと「ちはやふる -上の句-」。予告編の中盤で、野村周平さんが「青春全部かけたって、俺はあいつに勝てないって」と。そのあと國村隼さんの「かけてから言いなさい」という印象的なセリフが登場して、そこからグッと音楽が入るんです。このやり取りも印象的だし、胸が熱くなる青春映画の素敵な予告編だなと思いました。
「君の名は。」以降、明朝系のテロップが増えた気がします
──新海誠監督の「君の名は。」以降、音楽を効果的に使用した予告編が増えた印象があります。業界内で予告編のトレンドのようなものはあるのでしょうか?
テロップの話で言うと、アニメ作品を担当したときにゴシックではなく「君の名は。」っぽいテロップにしたいと言われたことがありました! 個人的な意見ですが、「君の名は。」以降、アニメ作品は明朝系のテロップが増えた気がします。あと最近だと、文字をパズルのように散らかしたレイアウトや半透明のものが流行っているなと感じています。ヒットした映画の予告編を軸にして、テイストを寄せて作ってほしいという依頼はけっこうありますね。
──なるほど。
音楽が効果的に使われているのは、言われてみると最近増えたのかもしれないですね。「キングダム」の予告編も冒頭からONE OK ROCKさんの曲が流れますし。やはり予告編って音楽がすごく大事になってくるので、それが画とマッチしていたら気持ちいいですよね。
“Lemon Soda” meets “Diamond”はすごくうれしかった!
──今井さんが担当した作品の中で好評だった予告編について教えてください。
「あなたの番です 劇場版」の予告編はすごく反響がありました! いろんな人から「面白そうだね」「気になる!」と言われたり。反響と言えば「事故物件 怖い間取り」は予告編やCMが怖すぎて友達からクレームが入ったり……(笑)。「ハニーレモンソーダ」のときは、原作者の村田真優さんが単行本のあとがきに「予告編のテロップがかわいい」「“Lemon Soda” meets “Diamond”」って書いてくださって。私が考えた文言だったのでとってもうれしかったです!
──制作時に大変だった作品もお伺いしたいです。
大変というか挑戦的だったのは、最近だとSnow Manさん主演の「映画 おそ松さん」でした! 予告編を作るタイミングで本編撮影中だったので、最初は縦型の特報をフルCGで作りました。最初から縦型で作る予告は初めてで、原作の雰囲気を味方にして面白い映像を作りたいねって宣伝部さんと考えて。予告編なのにインタビュー映像が入っていたり、ナレーションでキャストにツッコミを入れたり、新しいアプローチ方法をトライしたのが挑戦的でした。インタビューパートは本編の撮影中に予告編用に撮ったので、本編には入っていないのですが。凝り出したら止まらなくなるので、テロップとか要素もたくさん入れて大変でしたけど、作るのがすごく楽しかったです!
この表情、最後に使いたい!
──予告編ディレクターならではの“職業病あるある”はありますか?
普段テレビCMやWEB広告、電車の広告などを見て「テロップワークすごいな」と思ったり、いいナレーションが入っていたら「この声の人誰だろう」と気になって今後の作品で起用したいと思いますね。アニメを観てても「この声、こういう作品のナレーションに合うな」って。
──いろんな広告からインスピレーションを得ているんですね。
ほかにもドラマや映画を観ていて、めっちゃいいシーンやセリフがあったら「ここ絶対に予告で使う!」「この表情、最後に使いたい!」って勝手に思ってます(笑)。
──ナレーションという言葉が出てきましたが、やはり声優さんを起用されることが多いのでしょうか?
ちょっと前までは山寺宏一さんをはじめレジェンド声優の方を起用することが多かったのですが、最近は幅広く声優さんを起用するパターンが多くなってきたと思います。アニメを観て「いい声だな」と思った方にオファーしたり、あとは映画館で被りたくないなって思いもあるので新しい方を探したり。「ALIVEHOON アライブフーン」を担当したときは、「頭文字D」の主人公の声を演じられていた三木眞一郎さんにお願いしました。特報を解禁したときに、三木さんがTwitterで「面白そう」とコメントされていて。作品に合う方で、車好きな声優さんに読んでもらいたいなと思っていたので、初めてオファーさせていただきました。ご本人もすごく喜んでくださって、そういうつながりでナレーターさんを選んだこともあります。
予告編は映画を観に来てもらうための1つの作品
── SNSやブログなどの発言からきっかけが生まれることもあるんですね。予告編ディレクターになるためには何か映像を作るスキルが必要なのでしょうか?
映像制作のソフトウェアは使っていくうちに慣れていくと思うので、それよりもストーリーを組み立てる構成のほうが大事かなと思いました。予告編って2時間ある映画を1分にするので、短い尺の中でお客さんを引き込むストーリーを作るスキルが必要になってきます。私もまだまだ苦手で勉強中なのですが、例えば感動作を1分半にして、うまく引き込めるようになりたいなと思っています。ソフトウェアのことは会社に入ってから学ぶこともできますし、たくさん予告編を観て、どういうふうに物語を構成しているんだろうと勉強することが大切かなと思います。
──最後に、予告編ディレクターとして働くやりがいについてお聞かせください。
映画館で自分が作った予告編がかかるのを観たり、テレビで流れたりすると素直にうれしいです! それを観たお客さんがSNSで「この映画、面白そう!」というリアクションをしてくれる機会が多くなり、そういうのを目にするとうれしい気持ちになります。予告編は映画を観に来てもらうための1つの作品なので、それがちゃんと誰かに届いているとうれしいし、担当した作品はやっぱり多くの人に観てもらいたいので少しでもヒットに貢献できればなと思っています。そういうリアクションを見ると次もがんばろうって思えて、映画と働くことが毎日できて楽しいです!
今井あき(イマイアキ)
予告編ディレクター。ガル・エンタープライズ所属。テロップワークを得意としている。これまで制作した主な作品は「鳩の撃退法」「あなたの番です 劇場版」「エル プラネタ」、2022年9月9日公開の「グッバイ・クルエル・ワールド」など。

