二宮和也が追求する仕事論「勝つためには、負けることも必要」
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映画『TANG タング』より (C)2015 DI (C)2022 映画「TANG」製作委員会
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すべて見る「僕、自分に興味がないんです」ーー真っ直ぐな目でそう語る彼に、繕う様子は感じられない。ああ、この人は本気でそう言っている。五大ドームツアーを満員にするアイドルグループ・嵐の一員であり、人の心に強い印象を残す役者の一人でありながら。
映画『TANG タング』で二宮和也が演じたのは、ロボットと心を通わせる主人公・春日井健。とある理由で医者の夢を諦めた彼は、自宅でゲーム三昧の日々に。いわゆる“ダメ人間”となってしまった健が、ポンコツロボット・タングとの出会いで前向きさを取り戻していく様が描かれる。
健のように、ダメな自分と向き合い、挫折を乗り越えた経験が、役者・二宮和也にはあるのだろうか。
2〜3個の言葉だけじゃ表せないのが、人

「13歳で芸能界に飛び込んでから、この仕事が僕にとってのすべて。なんでも器用にこなすように見えているかもしれないけど、本来は、人とコミュニケーションを取ったり集団行動をしたりするのは苦手なんです。小さい頃からゲームのコントローラーを握って、右ボタンを押したら画面内のキャラも右に進んでくれるような人生でした。そんな僕がいまでもこの仕事に興味を持ち続けられているのは、“苦手だからこそ”なのかも」
誰もが知る人気アイドルであり、役者でもある二宮から出た言葉とは、とても思えない。苦手だからこそ、この仕事を続けてこられた真意について「目の前にいる人たちの思いがわかってきたのかな」と続ける。
「ゲームのように操作性が効かないのが現実で、その中で仕事をしてきて、少しずつだけど、人の考えが想像できるようになってきたんです。苦手だからこそ、仕事や人に向き合ってきた。その結果、人の求めるものがわかるようになってきたのかもしれません」
役を生きる。そんな表現を目にするたびに、二宮こそがそれを体現する役者だと感じる方も多いはず。その表現力は、類まれなる観察力に比例しているのだろうか。
「僕は自分自身に興味もないし、周りにどう思われようが関係ないと思っていて。だから、自分が演じる役に共感したことも少ないです。30年以上も生きている健の性格を、たった2〜3個の言葉で表現するのはウソくさい。それは自分に対しても同じこと。誰しも、調子が良いときもあれば悪いときもある。その瞬間の感情だけで十分だと思ってるんです」
“勝つ”ために必要な“負け”がある

私たちはどうしても、自分や相手に対して「こういう人」とレッテルを貼りがちだ。そのほうがコミュニケーションが楽になる側面もある。しかし、二宮はそんな“逃げ”には走らない。それは仕事に対しても同じだ。
「楽しく仕事をしたいタイプなんですけど、映画にはどうしても“興業”がついてきますよね。僕たちの仕事にとっては無視できない要素。それでも、数字だけで見る勝負は気にしてません。たとえ負けたとしても、次回作に勝てる算段があるなら大丈夫。勝つための負けは必要ですし、一喜一憂はしないですね」
淡々と語る彼の物腰は常に柔らかいが、目の力は強い。劇中で演じた健のように、挫折から立ち直った経験はあるのか。そう問うと「あんまり、ないですね……。そこまで悩んだこともないし」と腕を組みながら語る。
「この仕事って、年齢に関係なく新しいものに触れられるから、新鮮なんです。作品ごとに必要な知識や技術は、有識者に教えていただけますし。歳を重ねていくと、新しいことにはなかなか出会えないから、そういった出会いが定期的にある環境はありがたいです。僕の場合は、折れる前に支えてもらえているのかもしれませんね」
折れる前に、支えてもらっている。決して一人で立っているのではない。多くの共演者やスタッフへの尊敬が感じられる姿勢だ。
「そもそも映画って、映画づくりが好きな人たちが結集して作られてますよね。『TANG タング』でも、僕は一人で健でいられてたわけじゃない。共演者である満島ひかりさんや奈緒さん、小手伸也さん……それぞれから見た“健”がいるからこそ、僕は健として生きられた。目の前の仕事に熱量を持って臨める人たちがいるからこそ、お客さんにも楽しんで見てもらえる映画が作れるんだろうと思います」
監督の要求に、早さと質で応える

作中の健は、医者になる夢を挫折してからというもの、ダラダラとゲーム三昧。妻・絵美(満島ひかり)とはケンカばかりだ。主人公・健と二宮の間に、共通点は見えない。
「僕自身、思ったことはハッキリ言うし、やりたくないことはやらないタイプなんです。だから、健とは真逆かもしれません。ああ、こういう人っているよなあ〜って俯瞰的に見てたというか。だから、自分とは逆のことをやり続ければ、自然と健のキャラクターに近づいていくんじゃないか。そう思いながら演じてましたね」
三木孝浩監督の要求に、どれだけ早くレスポンスできるか。現場を止めないように、出せる表現を全力で返す。それが、本作における二宮のテーマでもあった。
「実際には動かないタングとの芝居も、リアリティが出るように細かなところまで気を遣いました。たとえば、AからB地点まで健とタングが一緒に歩くシーンで、“僕はこれくらいのスピードのつもりで歩いてます”と共有するのを忘れない。こうしたい、ああしたいといった要望は、タングを動かしてくれるスタッフに細かく伝えましたね」
細部までこだわったリアリティは、余すところなくスクリーンに映し出されている。まるでタングが本当にその場にいて、歩いて喋っている感覚を、鑑賞者全員が味わえるのではないだろうか。
劇中で描かれている舞台は、ロボットとの暮らしが当たり前になった世界。近い未来に似たような環境が実現するのでは? と思わせられる。しかし二宮本人は「いまでも十分ロボットと共存してる感覚です。お風呂を沸かすのも洗濯もボタンひとつでやってくれるし。僕、もう満足しちゃってるかもしれない」と笑顔を見せた。
0→1に進む物語じゃなく、0に戻る物語

すでに二宮の演技力は周知されている。しかし、今作では特筆したいシーンが目白押しだ。あらためて一番の思い入れがあるシーンについて聞くと「今回の撮影って、実は……」と秘密の話を打ち明けるように語ってくれた。
「現場がね、ずっと圏外だったんですよ。僕、タングの撮影の裏ではずっとYouTube動画の編集をしてたんです。合間にちょっとずつデータを落とし込んで……それがもう、大変だったんですよね」
タングとともに旅をするシーン、妻の絵美に愛想を尽かされてしまうシーン。体力的にも精神的にもつらい撮影が続く裏側で、個人の活動にも時間を割くのは簡単なことではない。
いつもの笑顔で「ほんとにね、大変だったんですよ! とあるシーンで“疲れちゃったよね”ってセリフがあるんですけど、本当に疲れてたので会心の“疲れちゃったよね”が出せました」とユーモアたっぷりに教えてくれ、取材の場が笑いに包まれた。
「最近、とくにいろいろなことが起こってますよね。生きづらく感じる面もあるけど、頑張って前を向いて歩いていこうね! って自分も周りも励ますのは、そろそろしんどいな……って思う自分もいるんです」
目を背けたい出来事はたくさんある。それでも二宮は、なかったことにもしないし、向き合うことを強制もしない。
「映画『TANG タング』は、0→1に進む物語じゃなく、0に戻る物語。大人が、迷ったり立ち止まったりしながらも、最後にはちゃんとスタート位置に戻ってくる物語です。失敗したって、0に戻ることはできるじゃないですか。ゆっくり時間をかけて0に戻ったあとは、また自分が行きたい道を探す時間を過ごしてもいいんじゃないかなって思う。眩しすぎず、熱すぎず、ちょうどいい“あったかさ”の映画になりました。ぜひ、劇場で確かめてもらいたいです」

取材・文:北村有
(C)2015 DI (C)2022 映画「TANG」製作委員会
<作品情報>
『TANG タング』
8月11日(木・祝) 全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
オフィシャルサイト:
https://wwws.warnerbros.co.jp/tang-movie/
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