ミュージカルの話をしよう 第20回 堀義貴が問いかける、「あなたの人生を左右するものは何か」
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堀義貴
生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。
第20回となる今回は、日本のエンタテインメント業界を牽引するホリプロの社長を今年6月に退任した、ホリプログループ会長の堀義貴にインタビュー。2002年の社長就任から20年にわたり、海外を視野に入れ幅広い展開を続けてきた堀は、今、エンタテインメント業界の現状についてどのような思いを抱いているのか。大ヒットしたミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」(以下「ビリー・エリオット」)や7月に開幕したTBS & HORIPRO present 舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」(以下「ハリー・ポッター」)のエピソードも交え、語ってもらった。
取材・文 / 熊井玲
社長退任は既定路線だった
──今年6月に堀さんは、ホリプロの代表取締役社長の退任と、ホリプログループ会長として海外展開を目指すことを発表されました。なぜこのタイミングで決断されたのでしょうか?
もともと2016年に50歳で社長を辞めるつもりだったんです。僕は36歳で社長になって、15年も社長を続けるのはどうかと思っていたのと、元社長だった僕の父親も51歳で社長から会長になったので、会社の朝礼でも「50歳で辞める」と何度も言っていました。ただ、2013年に日本音楽事業者協会の会長に就任したので、その直後にホリプロの社長を退任するのは違うなと思い、20年目の2022年に辞めようと思い直して。だから社内の大半の人は信じていなかったかもしれませんが、僕にとっては既定路線でした。ただ、ホリプロの社長は辞めるけれどホリプログループ全体を今後も見ていきますし、海外とのやり取りやデジタルの分野、新規事業などは引き続き僕がやりますので、これまでとあまり変わりません。
──この2年半、コロナ禍でエンタテインメント業界は苦しい状況が続いています。音楽、演劇、お笑いと多ジャンルのアーティストを抱えるホリプロにとってもさまざまな困難があったと思いますが、複数ジャンルに関わられる中でどんなことを感じましたか?
音楽事業者4団体(日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会、日本音楽出版社協会からなる4団体)はもともと高額チケットの転売を巡って、役所や政治家たちとのやり取りを行っていたので、2020年2月26日に政府から出された、イベント等自粛要請から、4月7日の緊急事態宣言発令までの間にも役所や政治家のところへ自分たちの現状について話しに行くという動きがありました。でも演劇界はまとまった組織がないから、それぞれに声明を出したり、バラバラなところに訴えかけていたりして、正直、「やり方がスマートじゃないな」と思っていて。その後、野田秀樹さんや福井健策弁護士が僕のところに話をしにやって来て音楽団体の動きがどうなっているかを聞かれたので、状況を説明しつつ「演劇界も全団体会議をやったほうが良い」と言いました。そこから緊急事態舞台芸術ネットワークが立ち上がる(参照:演劇界の現状を報告、「緊急事態舞台芸術ネットワーク」が発足)という流れが生まれ、演劇界も1つの産業として結束し、具体的な被害と客観的な事実をデータとして見せて、国に補償を求めるということを始めたんです。
──緊急事態舞台芸術ネットワークにはホリプロをはじめ、東宝や劇団四季、松竹、吉本興業、民間劇場や公共劇場など、大小問わず、多くの団体が参加しています。
最初のうちは「大手は良いが、フリーランスの人たちの仕事がなくなって困っている」という言われ方をされましたが、僕らが仕事を成立させないとフリーランスの人たちにも仕事が作れない。でも公演中止になれば赤字になるという具合で、最初の半年はフリーランスの人と同じく僕らも大変でした。そのうち国から「舞台を配信さえすれば補助金を出す」と言われましたが、海外作品は権利の問題で安易には配信ができず、そこからさらに話し合いを重ねていって……。このように、権利問題や舞台芸術界の状況、ビジネスのこともわかっている人がいなければ、エンタテイメント業界は現在のような状況にはならなかったと思いますし、コロナが始まったときに、僕が運命的に音事協会長というポジションにいたことが、エンタテイメント業界にとって良かったのではないかと思っています。それから時が経ち、運営も安定してきて、あとはもう僕がいなくても続いていくでしょう。
続けることで広がってきた
──ホリプロステージの公式サイトを見ると、シェイクスピア作品から海外作品、オリジナルミュージカルまで、毎月かなり幅広いジャンルの多数の舞台作品がホリプロから生み出されていることがわかります。堀さんは2002年に社長に就任された時点で、舞台についても力を入れていこうと思われていたのですか?
いや、舞台を積極的にやっていこうとは思っていなかったですね。自社制作の映画を増やしたり、お笑いを別会社にして効率化するようにしたり、そういう意味ではどの分野にも力を入れましたけれど。でもこの20年、「芸術的にこうしたい」と思ってやったことは1つもなくて、何かをやった延長線上に出てきた話をやり続けてきたという感覚です。
僕は社長になった頃からずっと、「今後、音楽産業がダメになる」ということを社員に言い続けていました。ただ当時、ホリプロには300万枚もセールスするような売れているアーティストがいなかったので、幸いにもマイナスが少なかったのですが、その頃ホリプロが何をやっていたかというと、アニソンや劇伴といったオリジナルコンテンツの制作で、みんなとは違うほうを目指していたんですね。100万枚売るアーティストを探すより、まずはアーティストを育てようと思っていたんです。結果、この数年音楽部門では赤字になったことがありません。
それは演劇に関しても同じで、父が社長をやっていた頃に、井上ひさしさんと「宮本武蔵をミュージカルにしたい」という話が持ち上がったそうなんです。でもなかなか台本が書けず、実現できなかったんですけど、2005年に蜷川幸雄さん演出で井上さんの作品(「天保十二年のシェイクスピア」)をやったとき、出演していた藤原竜也を観て、井上さんが「ミュージカルじゃなくて演劇なら武蔵が書ける!」と思ったそうなんですね。それで、蜷川さん演出で藤原が武蔵をやることで、「ムサシ」が立ち上がった。さらにその後、もう1作ホリプロに書き下ろしてもらったのが「組曲虐殺」で、それが井上さんの遺作になりました。そのように、やり続けるうちに広がっていったものとか、向こうから話が来たものをやってきた20年で、実はミュージカル「フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~」についてもそうです。うちのスタッフがたまたま「北斗の拳」の権利元と知り合いで、「ミュージカルにしたいという思いがあるそうですよ」と聞いてきたので、「権利を持っている人のほうからやりたいとおっしゃっているならやるでしょ」と(笑)。
──新たなアイデアに対して、肯定的に受け止められるんですね。
僕は作品選定には一切関わっていないので、ステージセクションの担当が基本的には決めています。ただ「北斗の拳」のようにちょっと判断が難しそうな案件に関しては、スタッフが(やるかどうか)判断しないことがあり、そういうときに僕が「やろうよ」と言うと、社長案件になってしまった、というものもあります(笑)。「ハリー・ポッター」も、海外のプロダクションからお話が来たとき、最初はできないだろうと思いました。でも向こうから指名されたのであれば光栄なことだから、まずはやる方向で考えようと。「ハリー・ポッター」のプロダクションから声をかけてもらえたのは、長年蜷川さんの舞台を海外に持って行ったり、「ビリー・エリオット」やミュージカル「メリー・ポピンズ」の日本公演を成功させたことで「ホリプロには作品を作る力があるぞ」と思ってもらえたからだと思うんですね。そんなふうに評価してもらえたなら、やったほうが良いなと。
ビリーたちが見せた可能性
──「ビリー・エリオット」も「ハリー・ポッター」も、そして来年上演予定のミュージカル「マチルダ」(参照:ミュージカル「マチルダ」来春に日本初演、子役キャストはオーディションで決定)も、オーディションでキャストが決定することが大きな話題となりました。ブロードウェイミュージカル「ピーター・パン」は、ホリプロ所属のアーティストの新たな魅力を引き出す作品としてホリプロステージの代名詞となっていますが、作品の裾野を広げ、さまざまな人を巻き込んで作る方向性に変わってきたのはなぜですか?
いや、舞台からスターを作るというのは、現在も変わらず第一義の目標で、「良い作品が作りたい」というのは第二義以降の目標です。出演者オーディションにしているのは、海外作品ではオーディションでキャストを決めるため、そのやり方を踏襲しているせいで、ホリプロの社長としてはもちろんホリプロのタレントにその舞台に立ってスターになってもらいたいけど、良い役者に集まってもらって良い作品を作りたいとも思っている。そこは変わっていません。そういった点で、演劇界の人たちとは少し、作品を考える軸が違うかもしれませんね。もちろん良い作品であるということは必須ですが、とにかくそこからスターを生み出したいんです。
──とおっしゃいながらも、「ビリー・エリオット」初演の会見(参照:「ビリー・エリオット」主演の4名「実感ない、でも僕がビリーをやれるんだ」)では、堀さんが作品に対する熱い思いを語っていらしたのがとても印象的でした。
あれだけです、自分でやりたいと思って、それが現実になったのは。当時も何度も話しましたが、たまたまふらっと映画を観に行って、そうしたらT-REXの音楽がたくさん使われている、子供が主人公の話をやっていて、バレエにはあまり興味がなかったけど、スタイリッシュな感じがして、しかも観終わったら「こんな良い話はない!」と大感動して。でもそんなことをすっかり忘れていた頃に、また何の気なしにPLAYBILLのWeb版を見ていたら、エルトン・ジョンが「リトル・ダンサー」をミュージカルにしようとしているという数行の記事を見つけたんですね。で、「それをやるなら俺だろう!」と思い、すぐにプロデューサーに調べさせたんです(笑)。まだロンドンでの制作も始まっていないときだったんですけど、「ホリプロでもやらせてほしい」と頼み込んで、でも最初は他社が上演権を勝ち取ってしまって、一度はあきらめました。
で、ロンドンで舞台版を観たらあまりに素晴らしくて、終演後に立てなくなってしまったんです。「ダメだ、あんなすごい舞台を観たら、俺たちがやっているのは“ミュージカルごっこ”にすぎない。やる気がなくなってしまった」とうちひしがれていたら、一緒に観に行った社員に「そう言わずにがんばりましょうよ」なんて慰められて……(笑)。そうしたら、最初に上演権を勝ち取ったプロダクションが手放したという連絡があり「まだ興味があるか」と聞かれたので「やらせてくれ!」と。本当にあれだけですよ、「絶対にやらねば」と思ってやった舞台は。
──ビリー役の一般公募オーディションから長期にわたる“特訓”など、作品が開幕するまでの道のりも長く、非常に大変だったと思いますが、2017年の日本初演では読売演劇大賞 選考委員特別賞、菊田一夫演劇大賞を受賞するなど、大きな反響がありました。
そうですね。最初は「あんなに踊れる子供がそんなにもいるものか」と思いましたが、何もできなかった子がトレーニングによってタップもアクロバットもできるようになっていく、1つの可能性が数百倍にも広がっていく様を目の当たりにして、人間はすごいものだと改めて考えさせられました。ビリー役の子たちを僕は子役だとは言わず、子供の役者さんだと言ってるんですけど、あの子たちは大人の何百倍かのスピードでプロになっていき、その姿は大人にも良い影響を与える。実際に初代のビリーたちは、現在日本で役者をやっている子もいるし、アルゼンチンに留学したり、東大に合格したり、韓国のオーディションを受けに行ったり……「ビリー・エリオット」を経たことで目標がどんどん高くなっていき、日本のエンタテインメントの世界だけにとどまらないで活躍しているんですよね。数年後、彼らが海外の舞台でキャストの1人として互角に闘えるんじゃないかと思いますし、彼らを通じて日本の演劇界の裾野がどんどん広がっていくんじゃないかなと。そういう意味でも「ビリー・エリオット」はやって良かったし、何年かに1回はやり続けることで、ああいう子供たちに出会い続けたいと思っています。
日本のエンタテインメントを海外に
──堀さんはご自身のTwitterアカウントで社長退任を発表された際に、「今後は海外に向けた展開を考えている」と明言されていました。ホリプロでは、蜷川作品の海外上演をはじめ、「デスノート THE MUSICAL」の韓国での展開、2018年にブロードウェイで初演されたミュージカル「バンズ・ヴィジット」への出資(編集注:来年3月に森新太郎演出で日本版も上演される。参照:トニー賞10部門受賞「バンズ・ヴィジット」上演決定、出演に風間杜夫・濱田めぐみ)など、以前から海外との関わりを強く持っていました。昨今の海外エンタテインメント業界の動きについては、どのように考えていらっしゃいますか?
実は社長になるまで、音楽部長としてコンサートに行くくらいで、海外の舞台は全然観ていなかったんです。でも蜷川さんのおかげでロンドンにしょっちゅう行くようになり、日本の演出家や俳優でも、言葉が通じなくても、作品は受け入れてもらえるんだということを実感しました。その一方で、シェイクスピアに限らず、日本では海外のカンパニーを招聘したり、上演料を払って海外作品を上演したりと、ずっと海外のエンタテインメントに対してお金を払ってきました。でもこれからは、自分たちが作ったオリジナル作品を海外に売り出し、時には日本人のスタッフやキャストが海外に赴いて、海外からお金を持ってくることもやっていきたいと思っていて。実際、アニソンは海外でも日本語で歌われていますし、蜷川さんの舞台では日本語で演じられるシェイクスピアが受け入れられていたわけですから。ただ蜷川さん亡きあと、誰も蜷川さんに続く人がいないので、早くそういった作り手を探さなくてはとも思っています。
海外のエンタテインメントの動向という点では、これはコロナで完全にはっきりしたと思いますが、韓国のすごさですね。僕も2020年3月以来、Netflixで海外ドラマを見続けていますが、「愛の不時着」を観て、作品に対する予算のかけ方や作り込みに愕然としました。音楽も、韓国は世界中のファンがアクセスしてもサーバーダウンしないように事務所が自前で設備を整えていたり、世界中どこからでもチケットやグッズが買えたりできるようになっている。そんなことができる日本のエンタテインメントの会社なんて今、ないですよ。しかも日本は少子高齢化で、作る人も観る人もどんどん減っている。よく冗談で言うんですけど、「30年後の日本は、テレビのゴールデンタイムで韓国や中国のドラマばかりが流れていて、日本のドラマは時々やっている程度になるんじゃないか」と。
演劇も、業界自体が観客を育ててこなかったから、世界中の劇場を見ても、こんなに観客の年齢層が高くて、男女比が歪で、客席がシーンとしているのは日本だけです。海外では二十代から三十代半ばくらいの男女が主な観客なのに、日本の観客は女性同士か女性1人ばかり。でも「ビリー・エリオット」も「ハリー・ポッター」も男性が感動する話だから、本当は男性にも来てほしいんですよ。もちろん、どこの国も劇場に来る男性客は多くはないですが、残念ながら日本の男性には教養に対する欲求をあまり感じません。日本の男性は社会人になった瞬間に、ドラマではなくスポーツ、小説ではなくマンガばかり読むようになり、劇場に来ればよく寝ている。SDGsが掲げられる中、日本の男性は多様性に関して頑なに殻に閉じこもっている人が多くて、でもそんなことでは感情が劣化してしまいますし、想像力もなくなって、実につまらない人間になると思います。
よく僕の話を聞きに来る学生に「あなたの人生を左右するものは何か」と聞くんですね。例えば失恋して聴いた曲は?とか、サッカーを観ているときに音楽がかかると気持ちがアガるよね?とか。でも人生を変えた家電製品なんてないんじゃないかと。映画や音楽、舞台は人生を変えることがあるけれど、生活を便利にする、生活に役立つものはただ便利なだけで、人生に対するモチベーションを上げるということは起きないわけなんです。
「ハリー・ポッター」は現在の舞台エンタテインメント技術の集大成
──近年は金銭面やポータビリティ、コロナへの配慮などさまざまな理由から、出演者が少なくセットや小道具がシンプルで、小規模な作品が増えてきました。それはある意味仕方ないことだと思いますが、「ハリー・ポッター」はその真逆を行く、大スペクタルとして話題を呼んでいます。この状況下で「ハリー・ポッター」という大冒険に踏み込まれたのは、どんな思いからだったのでしょう?
それはプロダクションから「やりませんか」と言われたからで、そう言われたときは基本的にやります。もちろん何度も試算しました。これまで自分たちがやってきたものとは全然額が違うし、そもそも劇場がないとできないので、どこかの劇場を借りた場合の試算もやり、全然無理だなと。だから最初は「うちではできません」と返しました。それがTBSと組むことになり、赤坂ACTシアターでやれることになり、「でもまだこの金額ではできないな……」と何度も何度も、それこそ最終期限の日まで、あまりの投資額に悩み続けたのですが、最終的にお金はなんとかなるだろうということでやることにしました。
──海外での上演は、実はそこまで評判が高くはなかったと聞きます。でも日本版での評判は非常に高いですね。
もともとは前後編に分かれていましたが、コロナの影響で上演時間短縮のため1部制にすることになり、これは天の恵だなと(笑)。やっぱり2部を同時に売るのは難しいだろうと思っていましたし、役者の負担も大変だなと思っていたんです。でも1部制になることで大幅にカットされるシーンがあり、キャストの数も減ったので採算分岐点がグッと下がって。とはいえ、何年満席にし続ければ黒字になるのかというくらいの金額はかかりますが、それでも2020年に「ビリー・エリオット」を上演した半年後に「メリー・ポピンズ」をやるという無謀なスケジューリングになってしまったとき(笑)、赤字になるだろうと思った「メリー・ポピンズ」が黒字になったという経験があったので、「意外とやれてしまうんじゃないか」と直感した部分もあって。そもそも「メリー・ポピンズ」も海外のプロダクションからやってくれと言われてやった作品でしたし、そういう風が吹くときがあるんだと思えば、その風に乗るしかないだろうなって。
──経営者としての堅実な部分と、プロデューサーとしての挑戦的で、ある意味冒険心に富んだ部分と、堀さんの中で対極的な側面が共存していて面白いですね。
それは僕がオーナーだからですよ。でもこれが当たり前になってくれないと。もし今後、「ハリー・ポッター」のような作品をやるかどうかを決めることになったとき、普通の感覚だったら金がかかりすぎるからとやらないかもしれない。でも数年前に「ハリー・ポッター」をやっていたという実績があれば、「もうちょっと考えましょう」ということになるでしょう? うちのステージセクションのプロデューサーたちは安全な小さな作品ばかりやりたがるけど、収益性ばかり意識しすぎてもダメで、“演劇は戯曲であって音楽であってジャーナリズムだ”という本分を忘れるなよ、と思っています。
例えば僕が何度もプロデューサーたちにリクエストしているのは、舞台上で戦争を起こしてくれということなんですね。映画の中でどんなにミサイルが撃たれ、悲惨な状況が描かれても、それはしょせん映像だし、向こう側の話。汗や血を感じることがないわけです。でも舞台では、演技であれ、血だらけになった生身の肉体を目の前で観るわけで、そうしたら何かを感じるだろうと思っていて。日本人は数百年前によその国で起きた革命の話に涙しますが、自分の国でも同じように人が血を流すような戦争があったわけですし、今だっていつ殺されるかわからない。演劇は、“戦争はやめておいたほうが良い”と体感させるテーマパークだとも言えるわけです……と考え始めると、どうしてもうちでやる作品の幅が大きくなってしまって(笑)、ラインナップがものすごいことになってしまうんですよねえ。
──お話を伺っていると、堀さんにとっての“面白さ”は、とても幅が広いんだなと感じます。
僕はタブーに蓋をしたらダメだと思っていて。例えば“差別用語”に関しても、差別の本質をわからずに用語にだけ蓋を被せても意味がないと思うんです。人間は残酷だから、残酷なものに蓋をするとより陰湿な形で残酷になっていく。それが世の中が不穏な空気になったとき、戦争とか、残虐な形で表に出てくるわけです。発せられた言葉1つで、理不尽な形でひどく傷つく人がいるということを理解しなくてはならない。だからこそ今、この状況下で芝居でやらなければどうするんだ、と思っています。
──先ほど堀さんがおっしゃった「演劇はジャーナリズムだ」という言葉が改めて胸に響きます。社会状況が不安定で、先行きが見えづらくなっている今、「ハリー・ポッター」のようなイマジネーションに富んだ作品が与えてくれる光は、非常に大きな力になりそうです。
「ハリー・ポッター」では、中途半端なデジタルを一切使っていなくて、ほとんどのことを人力でやっています。電気の技術ではなく、究極、かつ最高峰の舞台技術を使って、生の舞台エンタテインメントを作りあげているんです。そこがこの「ハリー・ポッター」のすごいところだと思います。実は僕、当初は「ハリー・ポッター」の本も映画も観ていなかったんですけれど、ニューヨークで舞台を観て「なんだこれは!」と衝撃を受け、その後、本や映画を観てからもう一度舞台を観たときに「舞台であのシーンが再現できるなんてすごい!」と思いました。現時点でできる、舞台エンタテインメント技術の集大成だと思いますので、お客様にはぜひ楽しんでいただけたらと思います。
プロフィール
1966年、東京都生まれ。1989年にニッポン放送に入社し、1993年に退社。同年ホリプロに入社し、2002年にはホリプロ代表取締役社長就任。2013年から2021年まで日本音楽事業者協会会長を務めた。2022年6月15日付でホリプロ代表取締役社長を退任。現在はホリプロ・グループ・ホールディングス代表取締役社長、ホリプログループ会長を務める。