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自分の心を満たす、その答えとは? ブロードウェイミュージカル『ピピン』ゲネプロレポート

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ブロードウェイミュージカル『ピピン』ゲネプロ公演より 撮影:ヒダキトモコ

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ブロードウェイミュージカル『ピピン』が8月30日に開幕した。
1972年にボブ・フォッシー演出・振付でブロードウェイに初演された本作。舞台は神聖ローマ帝国。大学で学問を納めたピピン王子が、父であるチャールズが治める故郷へと戻ってくる。人生を変えるような「特別な何か」を探して旅に出るピピン。しかし、父と共に戦に出ても、恋愛に身を焦がしても、ピピンの心は満たされない。そんなピピンが最後に見つけた幸せとは。
2013年にはダイアン・バウルス演出で上演、日本語版『ピピン』は2019年に上演され、その際、ピピン王子は城田優が演じた。
今回の上演でピピンを演じるのは、本作が単独初主演となる森崎ウィンだ。
新たなピピンの誕生。そのゲネプロの模様をレポートする。

少年から大人へ、それは果たして「成長」なのか

2019年の上演に続き、今作も多くのキャストが続投する。ピピンの父王・チャールズの今井清隆、ファストラーダ役の霧矢大夢のほか、岡田亮介、中尾ミエ、前田美波里らがキャストに名を連ね、ピピンに大きな影響を与えるシングルマザー・キャサリン役として、新たに愛加あゆが迎えられた。
そして、物語のキーパーソンであるリーディングプレイヤー役を演じるのは、2019年読売演劇大賞優秀女優賞を受賞したCrystal Kayだ。
そんなリーディングプレイヤーと彼女の劇団の一座による華やかなステージから物語は始まる。『ピピン』はリーディングプレイヤーの一座がピピンの物語を演じているという劇中劇である。

一座によるアクロバティックなパフォーマンスは圧巻。シルク・ドゥ・ソレイユ出身アーティストが手がけているというサーカス・アクロバットが取り入れられており、そのパフォーマンスに圧倒され、思わずポカンと口を開けたまま見入ってしまう。Crystal Kay、前田美波里らも大胆なパフォーマンスを見せ、大きな拍手が沸き起こった。
また、要所で披露されるマジックも見もの。あまりに自然に披露されるものだから、一瞬、見逃してしまいそうになる。鮮やかな手元に、拍手を忘れ、感嘆の息を漏らす。

一座の観ている者の心を奪うパフォーマンス、オーケストラによる生演奏という贅沢な空間。
そんな華やかなステージをバックに、ピピンの悩みは深い。「何をしても心が満たされない」。その心を満たすために、さまざまなことにトライしてみる。心が満たされないことがそんなに大仰なことなのか、と思うかもしれない。満たされていない心、空っぽの心で、何に感動し、何に怒り、何に幸せを感じることができるというのだろう。空っぽの心には、何も響かない。

父親に認められたくて、戦争に兵士として出陣してみてもむなしいだけ。そんなピピンに祖母のバーサ(前田美波里)は「人生を楽しみなさい」と語り掛ける。ピピンはそんなバーサのアドバイスを受けて、旅に出る。
女性との恋愛に没頭してみようとしても、満たされない。何をすれば満たされるのか分からず、ピピンは途方に暮れる。

物語の背景が、少しばかり現実世界と通ずる部分があるから苦しい。戦争然り、弱い者が虐げられる、虐げられても誰も助けてくれる人がいない絶望感。根本的なところでは今も神聖ローマ帝国時代と何も変わっていないのではないかと、ピピンと共に絶望してしまいそうになる。
力が強い者だけが幸せを得て、その独裁者のもとで生きる人々はどうやって幸せを見つければいいのか。
「生きることを楽しもう」というセリフがあるが、心を満たせず、楽しみ方が分からないピピンと、観ている自分と重ね合わせてしまう。

苦悩するピピン、人生の進むべき道に迷うピピン。何も知らなかった無邪気なころから、苦しみ、痛み、悲しみを知り、大人になっていく。成長とは少し違う。そんなピピンをリーディングプレイヤーが導いていく。
ステージ上のリーディングプレイヤーの存在感は圧倒的だ。時には優しく微笑み、時には強い言葉も口にする。それ以上に、佇まいがただ者ではない、ということが空気で伝わってくる。

リーディングプレイヤーに支配されてしまいそうなステージに、柔らかな風を吹き込むピピン。ピピンの複雑な大人へのステップアップのさまを演じる森崎ウィンがとても魅力的だ。故郷に帰ってきたときのピピンはとても無邪気で愛らしい。「戦争ってもっと名誉なことだと思っていた」し、父親の役に立ちたいと思っていた。キラキラと表情を輝かせ、心のまま、自由に行動しているようにも見える。
しかし、現実を目の当たりにし、少しずつその表情が曇る。笑顔を見せても、その視線はまっすぐ正面を向いていない。どこか、曲がりくねった道に迷い込み、先が見えず、不安を垣間見せているようにも感じられる。

純粋で無邪気だったからころの笑顔を、ピピンに取り戻してあげたい。そんなふうに思うが、こちらの想いをよそに、ピピンは大人になり、知らなくてもよかったことを知り、無邪気なだけでは生きていけないことを知る。その姿がなんとももの悲しく、心を揺さぶられる。同時に、大人にならないで、とも思ってしまう。

心を揺さぶるのは、演技だけではない。歌声もまた、観客の心を強く掴む。上手く、美しいだけではない、リアルな感情がメロディと共に心に沁み渡る。歌声さえも、無邪気な少年から、悲しみと苦しみを知った男性のものへと変わっていっているようにも思う。

そんなウィンが演じるピピンを見ていて思うのは、きれいなままでは大人になれないということだ。苦しみ、悲しみ、怒りを知って成長していく。当たり前のことなのだけれど、真っ白から別の色に染まってしまうと、もう元には戻れないのだというたまらない寂しさを感じる。
夢のようなステージから、大人になっていくピピンと共に、現実のほろ苦さを噛みしめる。それでも、余韻が甘いのは、ピピンが見つけた幸せが、私たちにとってもひとつの幸せの答えだからなのかもしれない。

取材・文:ふくだりょうこ 撮影:ヒダキトモコ

ミュージカル「ピピン」オフィシャルHP:
https://www.pippin2022.jp/

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