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「グールドという“人”の重みを伝えたい」熊本マリが恒例の“夜会”を10月に開催

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熊本マリ (C)Shimokoshi Haruki

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深い思い入れの込もったプレーの一方、執筆や講演活動などの幅広い活動を通じ、音楽の魅力を伝え続けている“情熱のピアニスト”、熊本マリが、その演奏活動の軸に据えているシリーズ「熊本マリの夜会」。今回は「華麗なる幻想美 〜グレン・グールドを思い出しながら…」と題して。「グールドという“人”の重みを伝えたい」と、彼女自身も交流のあった鬼才ピアニストの人柄や愛奏曲に触れつつ、彼女自身が「今、聴いてほしい」という思い入れ深く、多彩で魅力的な佳品を交えてゆく、和やかで温かなコンサートだ。

「心の恩師ですね。音楽の道を歩く上で、いろんな勇気をくれた人なので…」と熊本は言う。鮮烈な音楽創りと破天荒な生き様で、“クラシック”をと言う範疇をはるかに超え、今なお絶大な人気を誇るカナダ出身の鬼才グールド。今年は生誕90年、没後40年というメモリアル・イヤーにあたる。

実は、熊本は15歳の時、実際に彼に会っている。カナダ・オタワの友人宅に滞在中、まだ英語にも慣れていなかったため、友人の祖父に代筆してもらって「レッスンをしてください」との手紙を彼に出した。最近、その手紙がアメリカで保管されていることが判ったのだという。

「あなたのような巨匠に、私のような小娘が手紙を書くことをお許しください…私たちの共通点は唯一、“音楽を愛していること”です…」。返事は無かった。思い余って、グールドの自宅へ。と、偶然にも本人に遭えた。グレーのコートに、ハンティング・ハット姿。「手紙を書いたものですが…」。「ああ、君ね。今はゆっくり話せないけど、後でアシスタントに電話させるよ。君の名前は?」。メモに電話番号を書き留めてくれた。そして、彼の秘書から電話があり、鬼才の伝言が告げられた。「…あなたの才能と可能性は、あなた自身が一番よく知るべきもの。自分を信じ、自分の才能を作るのが、あなたの仕事です。がんばって…」。

今回の「夜会」では、生前の彼に会った貴重な“証言者”として、「グールドと言う人間が、どう私に影響を与えたか、そういう人間的な話をしながら進めてゆく」と熊本。その上で、「彼が愛し、良く弾いていた曲をご紹介して、自分が今、聴いていただきたい曲も入れてゆく、という感じですね」と言う。

「音楽家は、安らかな気持ちや、愛を感じさせる力を持っている」

ステージの前半は、そのグールドの愛奏曲が軸に。小品「静かな森の小道で」、ソナタから第2楽章とリヒャルト・シュトラウスの作品を大枠として、「フランス組曲第5番」や「平均律クラヴィーア曲集第1巻」から第2番のプレリュード、マルチェッロのオーボエ協奏曲の鍵盤編曲と大バッハ、さらにガーシュウィンなども披露する。

そして、「リラックスして聴いていただけるはず」というステージの後半。濃厚なスペインの色彩に溢れたラレグラ「ヴィヴァ・ナバラ」やロドリーゴ「愛のアランフェス」から、アイルランド民謡(グレインジャー編)「ダニーボーイ」まで、世界の多彩な名旋律を選りすぐり、まるで、音楽の花束のよう。

さらには、こだわりの映画音楽も披露。特に「子供の頃に初めて観た映画で、英語詞を全部覚えて、歌っていたほど…今も大好きな映画です」という「サウンド・オブ・ミュージック」。そのナンバーのひとつ「私のお気に入り」は、イギリス出身の名ピアニスト、スティーヴン・ハフの編曲だが、「実は、彼はジュリアード音楽院時代の仲間。練習室でよく見かけました。アレンジには、モダンジャズの要素が入っていて、とても魅力的です」と言う。

さらに、プログラムの締め括りに置いた、ポーランド出身で20世紀アメリカのピアニスト、ヨゼフ・ホフマンによる、華麗でヴィルトゥオジックな佳品「万華鏡」にも、格別の思い入れがある。「楽譜を読むのも大変な難曲で、調性もズレてゆく…まさに万華鏡です。10代の頃からずっと聴いていて、いつか披露したいと考えていました。今回は、自分なりの解釈で弾くつもりです」と熊本。

“万華鏡”という玩具自体にも思い出が…。「最初に私にピアノの手ほどきをしてくれた叔父が、私が子供の頃、万華鏡をプレゼントしてくれました。嬉しくて、ずっと持ち歩いていたら…その日のうちに公衆電話に置き忘れて失くしてしまい、とても悲しかった。結局、57歳で急逝してしまった叔父や、失くした大事なモノ、万華鏡のように刻々と変化してゆく人生…この曲を弾いていると、色々なことがダブります。とても大きな存在です」。

毎年のステージが終わる時には、「次に弾きたい曲が、ほぼ固まっている」と言うほど、演奏活動の軸へ据えている「夜会」。昨年の「夜会」は、コロナ禍の影響で、2年ぶりの開催に。終演後に恒例となっているファンとの交流も、楽屋とホワイエとを結んでの“リモート”となったが、「すごく喜んでいただけました。コンサート自体、とても少なくなっていたので、開催できたことだけでも、よかったのでは…」と話す熊本。

「コロナ禍や戦争など、今、不愉快なことは沢山あります。でも、やっぱり人間には希望と夢があると信じたいし、人生に対して正直でありたい。せめて、音楽を聴いている時だけは、嘘はなく、自分の想いに向き合って、透明な気持ちになってほしい。私は、そういう時間を創りたいんです」。

さらに、「音楽家には、重い責任がある」とも。「言葉がなくとも伝わる音楽に、国境はない。音に感動する気持ちは、人間は皆、持ち併せている。聴いて気持ちが優しくなったり、愛を感じたりしていれば、戦争なんて起きないはず。でも今、大変な人たちが大勢いると思うと、信じられません。一日も早く、こういうことを終わらせるべきです。私たち音楽家は、安らかな気持ちや、愛を感じさせる力を持っている。それに、たとえ相手が1人でも、100人でも、1000人でも、同じ気持ちで変えてゆける。その意味で、音楽家は…特に、ひとりきりでもそれができるピアニストは、良い仕事だなと思いますよ」。

そして、「かつてアリシア・デ・ラローチャ(熊本自身も敬愛する、スペインの名ピアニスト)は、『演奏は、祈ること』と言いました。今の私には、その気持ちがよくわかる。私はこれからも、祈るような気持ちで弾いてゆきます」。力を込めて語った。

熊本マリの夜会 −Soiree Mari Kumamoto
華麗なる幻想美 〜グレン・グールドを思い出しながら…
10月11日(火)
開場18:00 開演18:30
東京文化会館小ホール



取材・文:笹田和人



■チケット情報 https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2211853

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