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【おとな向け映画ガイド】松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆…超個性派俳優が勢ぞろい! クスッとおかしい荻上直子監督の『川っぺりムコリッタ』

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イラストレーション:高松啓二

今週末(9月16日〜17日)の公開映画数は17本。全国100館以上で拡大公開される作品が『沈黙のパレード』『ヘルドッグス』『川っぺりムコリッタ』『雨を告げる漂流団地』の4本、中規模公開・ミニシアター系が13本です。その中から、絶妙な味わいの日本映画 『川っぺりムコリッタ』をご紹介します。

『川っぺりムコリッタ』

新作を楽しみにしている監督のひとり、荻上直子の『川っぺりムコリッタ』がいよいよ公開になる。昨年の11月から1年近い延期の末のお目見え。ほっこりとした味わい、「クスッ」と笑わせるおくゆかしさが魅力の彼女の作品は、まだまだ不安を残しながらも少しずつ進んでいかなければと思うこの時期の公開がかえってよかったかもしれない。

荻上直子監督は、PFF出身。劇場デビュー作はPFFスカラシップ作品『バーバー吉野』(もたいまさこ主演)だった。田舎町唯一のその床屋に行くとこどもはみんなおかっぱの「吉野ガリ」にされてしまう。それに反抗する少年たちのささやかな抗議、がテーマだった。フィンランドでなぜかおにぎり屋さんを始めた女性を主人公にした『かもめ食堂』もなごみの味。猫をリヤカーに乗せた市川実日子主演の『レンタネコ』、生田斗真がトランスジェンダーを演じた『彼らが本気で編むときは、』も、生田演じる主人公が編み物で作るあるものに笑っちゃいながらも、ほんわり心の奥底が温かくなる映画だった。

今回の『川っぺりムコリッタ』、まず役者がすてきだ。松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆、江口のりこ、柄本佑、笹野高史と、これだけの超個性派俳優が並ぶと、映画好きでなくとも、なにかとんでもない“おかしみ”のあるドラマな予感がする。

タイトルも一見わけがわからない感がただよう。「崖っぷち」ほど緊張感がない「川っぺり」。「川縁」より楽しそうな「川っぺり」。「ムコリッタ」は仏教の“生と死の間にある時間の単位”で、48分だそうだ。実は、そのふたつをつなげることで、映画の深いテーマがきっちりと現れてくる。しかもうっとりするほどリズミカルな語感だ。

ある川っぺりに建つ、築50年になる長屋式ボロアパート、その名も「ハイツ・ムコリッタ」。ここに流れ着いた住人たちのささやかな日常が描かれている。

松山ケンイチが演じる主人公の山田は、北陸の塩辛工場に職を得る。身ひとつで、この町に流れ着いたという風情。人のいい工場の社長(緒形直人)が世話をしてくれて、この「ハイツ」に住むことになる。

シングルマザーでこのハイツのオーナー南さん(満島ひかり)から鍵を受け取り、とりあえず風呂に入り、大好きな牛乳を一杯。やれやれと一息ついていると、突然不審な来訪者。「いま、お風呂入ったでしょ。ここ壁薄いからわかるのよ。うちの給湯器調子が悪いから、お風呂貸してくれない?」といきなり一方的に言い放つ。隣の部屋の住人、島田だ。これがムロツヨシ。「えーそんなあ」ともちろん断ったものの、島田はその日もそのあとも、図々しく食事どきにやってきて、居座ってしまう。

吉岡秀隆もハイツの住人役。息子を客引きに使って墓石のセールスをしている。むかし、ライアン・オニールが娘のテータム・オニールと共演した『ペーパー・ムーン』という映画があったけれど、あの聖書のセールスマン親子になんだか似ている。「すきやきといえば、ぼくは断然関西風だね」「うんそうだね」……父親が息子と友人のような会話をするあたりは、黒澤明監督の『どですかでん』で三谷昇が演じたホームレスの親子のよう。このふたりのまわりは、むかしの映画のような、おっとりとした時間が流れている。

ある理由で、ひっそりと、できるだけ人と関わらない暮らしをしようと決めた山田だった。その唯一のちいさな幸せが、電気釜で炊くほかほかのご飯。ところが、「ご飯ってね。ひとりで食べるより誰かと食べたほうが美味しいのよ」と自分勝手にずんずん入り込む島田にかき回されているうち、何かが変わっていく。そんな山田のもとに、疎遠になっていた父の遺骨を引き取るように、という連絡が届く……。

NHKの『クローズアップ現代』でどこにも行き場のない遺骨がかなりある、という報道をみたのが、荻上監督の映画着想の原点。「遺骨を題材に、生と死の境目があってないような映画を作ろうと思った」という。

商売下手の吉岡親子だったが、奇跡的に高価な墓石が売れて、「こりゃお祝いにごちそうだ!」と、すき焼きを始めるシーンがある。 炊きたてのごはんとイカの塩辛、島田が庭で栽培した野菜のなまかじりといった、美味しいながらもつつましい食事ばかりだったこの映画に、“すき焼き”という唯一のごちそうが登場する。その匂いをかぎつけて、ハイツの住人たちが茶碗と卵を持ってかけつける。このシーンに泣けちゃう人は多いと思う。ちょっとした場面に自分の思い出の1コマがよみがえる。私にとっても“お祝いすき焼き”が好きだった父の思い出につながる映画だった。

(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会