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【おとな向け映画ガイド】空気の読めない男の優しいこだわり──阿部サダヲ主演『アイ・アム まきもと』

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イラストレーション:高松啓二

今週末(9月30日〜10月1日)の公開映画数は25本。全国100館以上で拡大公開される作品が『“それ”がいる森』『アイ・アム まきもと』『マイ・ブロークン・マリコ』の3本、中規模公開・ミニシアター系が22本です。今回は、笑いのなかに心なごませる要素をたっぷりもりこんだ、阿部サダヲ主演の『アイ・アム まきもと』をご紹介します。

『アイ・アム まきもと』

ヴェネチア国際映画祭で監督賞含む4賞を受賞したイギリスの『おみおくりの作法』を翻案し、阿部サダヲ主演で日本映画化。孤独死という、とてもシリアスなテーマを扱っているのだけれど、どこかコミカル、ストーリーもミステリー仕立て。伏線を回収し、「おお、そうきたか」と思わせるラストまでスクリーンにくぎづけになる。まさにおとなが観るべきエンタテインメントだ。

よくできたストーリーとツボにはまった阿部サダヲの不思議な魅力、これが映画の最大のポイント。元の作品を比較的忠実にリメイクしているが、主人公“まきもと(牧本)”さんの凝った設定やキャラは日本風に大胆に改作されていて、これがなんとも絶妙にキマっている。

牧本さんは、ひとことでいえば「空気が読めない人」。自分の考えで突き進み、人の話をきかない。しかもかなり変わっている。もしも知り合いにいたら、できれば距離をおきたい。でも、映画で観る分には安心して凝視できるし、「ふふ、こりゃ変わってるなあ、でもわからなくはないな」と、過激な個性のえぐさがたまらなく面白い。

市役所の福祉局「おみおくり」係の職員だ。みよりがなく独りでなくなった人を火葬して無縁墓地に埋葬するところまでが本来の仕事だけど、牧本さんは自分で独自のルールを作っている。葬儀は絶対にやる(費用はどうやら彼の自費負担のよう?)、なんとしても関係者を探す、納骨はみよりがでてくるかもしれないのでぎりぎりまでしない。だから彼の机の周りは白い骨箱でいっぱいだ。

牧本さんは、独身で人付き合いは、ほとんどない。格好は洗濯機で洗える3着の同じスーツを着回す。釣り用のベストを愛用し、遺品とか何でもそれに突っ込む。つまり合理的。遺体回収の際の異臭は平気だが、人のタバコの煙に弱い。おみおくりした人の遺品を夜中にスクラップしている……。牧本さんがやっていることは決して悪いことではないので、まわりは迷惑しているが文句のつけようがない。世間の常識を説明しても、きょとんとして「(おっしゃているイミが)わかりません」と、いわれてしまうと、みんな途方にくれてしまうのだ。

そんな誰もがアンタッチャブルな牧本さんに一大事が起きる。新任の局長が着任。大量の骨箱にあきれ、怒り、牧本流の“おみおくり”は一切禁止という方針が決まってしまう。

牧本さんの最後の仕事となってしまったのは、彼が住む市営団地の、向かいの棟で暮らしていた独居老人、蕪木孝一郎の案件。

そのみよりを探す“旅”が映画のメインストーリー。その展開は捜査もの、探偵映画に近い。蕪木という男の人生を追うことで、牧本さんにどんな変化がおきるのか? そこで出会う人々。演じるのは、満島ひかり、松尾スズキ、國村隼、宮沢りえ、そして当の老人は宇崎竜童。宇崎は回想などで顔をだす。

役者はそれだけではない。オロオロする上司に篠井英介、“仕事仲間”の葬儀屋さん役にでんでん、現場でやたら牧本とぶつかる警察の担当刑事役にいまもっとも勢いがある松下洸平、新任の局長役は大河ドラマにも出演し注目の坪倉由幸(お笑い芸人「我が家」のボケ役)まで。

なんとも豪華で、しかもシブいキャスティングだ。

監督は阿部サダヲとは『舞妓Haaaan!!!』『謝罪の王様』などでコンビを組んだ水田伸生。原作脚本を日本風に移し変えたのは岸田戯曲賞受賞の劇作家倉持裕。牧本をはじめ登場人物のキャラクターコンセプトや、ヘアメイク、衣装、小道具などを総合的に担当する「人物デザイン監修」として柘植伊佐夫がクレジットされている。当初、リメイク権交渉は難航したが、プロデューサーの中沢敏明と制作会社のセディックインターナショナルがかつて『おくりびと』を手がけたことを知り、それならとOKがでたという。

変わり者の主人公と周囲のあつれきがおかしいコメディ、と思って最初は大笑いして観ていたが、牧本さんとともに、いくつかの孤独死と向き合ううちに、人と人とのコミュニケーションや、大げさにいえば、人はどう生きどう死ぬべきかという哲学的な問いかけまで広がって、映画が進むにつれ、考えさせられることの多い内容だった。そして、これでなくっちゃね、と思えるラスト!

外国映画のすばらしい日本版アダプテーションであり、よりすぐりのスタッフが細部にこだわって、ていねいに作った日本映画の傑作です。

(C)2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会