語り継ぐべき物語―トム・ストッパード最新作『レオポルトシュタット』音月桂×村川絵梨×岡本玲×那須佐代子座談会
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インタビュー
左から)村川絵梨、音月桂、那須佐代子、岡本玲 撮影:藤田亜弓
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すべて見るイギリス人劇作家トム・ストッパードの新作は、四世代にわたるユダヤ人一族の壮大な物語。2020年にロンドンで世界初演され、オリヴィエ賞作品賞を受賞。今年10月2日にはブロードウェイで開幕したばかりだ。この日本初演は小川絵梨子が演出。一見、難解な作品かと思いきや、笑いあり、切なさあり、家族の心温まる風景あり。描かれているのは動乱の時代を人間らしく精一杯生きる人々の姿だという。女性陣が賑やかに稽古の様子や作品の魅力を語った。
歴史と向き合うことでみえてきたもの
――立ち稽古の前には勉強会が開かれたそうですね。
那須 はい。1899年から1955年まで長きにわたって描かれているので、まず歴史的背景をみんなで手分けして調べました。言葉について調べる人、史実について調べる人とチームに分かれて、その場で調べて1時間後に発表!と。みんな目の色が変わっていましたね(笑)。
音月 本当に学校のグループ発表みたいでした。私はこういうお稽古場が初めてなのですごく新鮮でした。発表から共演の皆さまの人となりもわかって、コミュニケーションの一環としてもありがたかったです。
村川 調べ上手で頭のいい方がいらっしゃるんですよ。リーダーみたいに率先して調べてくださって。
音月 そうそう!
那須 横で頷いてるだけ(笑)。
岡本 私は遅れて合流したのですが、その時にはチームワークが出来上がっていて、皆さんが温かく受け入れてくださいました。
那須 あと、みんなでシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)にも行きました。セデル(過越の晩餐)のシーンがあるので、そのしきたりを聞いたり。
岡本 ラビ(ユダヤ教の指導者)さんにお会いしましたね。
音月 日本人がユダヤについて取り上げてくださって嬉しいと、すごく喜んでくださいました。お話を伺って、これは決して昔の話ではない。今なお、戦っている方もたくさんいらっしゃるわけで、ちゃんと語り継ぐべき物語だと実感しました。
――脚本を読まれた時の感想を教えてください。
那須 この戯曲はユダヤ人の一族に焦点が当たっていて、歴史的背景が見え隠れするような描かれ方なんです。ですから最初、歴史を知らないまま読んだら、読み進めるのにすごく時間がかかりました。勉強会で歴史的背景がはっきりして、だからこの台詞、この単語が出てくるんだと納得できた感じです。実際、演劇として役者が肉体に落とし込んで演じることで、空気で伝わるところも大きいでしょうね。
音月 私は準備稿をいただいた段階で、読み進めるのに勇気と時間が要りました(笑)。ですが、本読みで皆さまの声で聞いたら、少し立体的になって断然想像しやすくなりました。ひとりで調べながら読むだけでは想像もつかなかったことが、声色やぬくもりから見えてきたというか。これは今までの作品にはない経験でした。
村川 私も稽古に入るまで、台本を自分の目の見えるところに置きながらもなかなか読み出せなくて。顔合わせの日も自分が理解し得ない部分がたくさんあってドキドキでした。でも演出の小川さんがすごくゆっくり時間をかけて演出をつけてくださると聞いていたので、それに期待していました(笑)。
岡本 私も準備稿を読んだら、何ひとつ単語が頭に残っていないくらい情報量が多くて戸惑いました。ちょうど新国立劇場で別の舞台をやっていた時に館内で絵梨子さんに会ったんです。「(台本が)わからないです。難しいけど頑張ります」と弱音を吐いたら、「大丈夫。わからないからこそ時間をかけて、みんなで一緒に勉強、稽古するから安心して」と。そこで自分なりに向き合えばいいんだ!と勇気をいただきました。
それぞれの立場でユダヤ一族の一員として生きる女性たち
――なかなか手強い戯曲という印象だったのですね。それぞれの役について教えていただけますか。
那須 私は夫が亡くなり、メルツ家の中では一番の長である、おばあちゃんのエミリアを演じます。この物語にはエミリアから、ひ孫の世代までが登場するんですね。エミリアはユダヤ人がウィーンで華やかな文化を築いていた時期の人。エミリアは小さい頃に村を焼かれて逃げてきたという記述もあり、怖い思いもしてきたのでしょうが、ウィーンに来てからは夫が頑張って会社を盛り立ててお金持ちになった、ブルジョワと呼べる人です。彼女は最期まで辛い思いをしなかったんじゃないかな、と。エミリアの息子ヘルマンの嫁が、音月さん。
音月 はい。グレートルという非ユダヤ系の女性です。自分の出自やルーツをゼロにはできないけれども、なるべくこの一族に寄り添いたい、苦楽を共にしてヘルマンに添い遂げたいという熱い思いを持っています。お稽古を進めるうちに彼女に対する愛情が芽生え、自分とリンクすることも増えて、かなり愛おしくなってきました。非ユダヤという点では、家族とは一線を引かれているのかな? と思ったりもしました。でも今は温かく受け入れてもらえて幸せです。グレートルはユダヤの歴史を深く知らなかったりもするので、ある意味お客様の目線と同じかもしれませんね。その立場も背負えたらいいのかな? と思いながら演じています。
――ご主人のヘルマンとはどんな感じですか。
音月 夫婦として少しギクシャクしていますね。すれ違ったり、掴んでも指の隙間からすり抜けて行ってしまうような部分があったり。絵梨子さん曰く、ふたりは100%愛し合っているけれども、お互いに罪悪感があるのだと。浜中(文一)さんと、全てを語り切れないままグレートルは死んでしまうのが切ないと、話しています。でももしかしたら、目に見えなくても繋がってる絆の深さがあるのかもしれない。難しいけど楽しい部分でもあります。
――グレートルがクリムトに肖像画を描いてもらうという、美術好きならたまらないくだりもありますね。
音月 私、その絵を欲しい!と思いました。もし実際にあったら、今頃、新国立美術館に飾られているかもしれません(笑)。
――その価値はあります(笑)。村川さんはエーファ役ですね。
村川 はい、エミリアの娘でヘルマンの妹です。エーファがルードヴィクと結婚することでメルツ家とヤコボヴィッツ家が繋がり、ファミリーの枝が広がる、その第一歩ですね。ヤコボヴィッツ家にもとても濃いストーリーがありまして。エーファはユダヤ人の苦難の時代まで、生き抜きます。エミリアおばあちゃんが亡くなった後、ヘルマンが一族の長ではありますが、エーファもメルツ家を守ってきたという誇りがあります。若い頃は華やかでキラキラした世界に生きていて、そのプライドを捨てることはない。誇り高く死んでいきたいと思います(キッパリ)。
音月 かっこいい!
村川 周りの人たち、子供や旦那さんがおかしくなっても、エーファだけはしっかりしている。その強さを見習いたいです。
岡本 私が演じるハンナはエーファの夫のルードヴィクの妹で、ヤコボヴィッツ家の人間です。ヤコボヴィッツ家はウィーンではなく田舎の方のガリツィアに住み、背景はそれほど語られていません。ハンナは都会であるウィーンに憧れる素直な女の子。ピアノを弾くのが好きで、ピアニストとして成功していきます。他の人々が政治や宗教について会話をする中、ハンナはそういう話をほとんどしません。でもこの時代にも、好きなことにひたむきだったり、都会を夢見たり、恋したり。そんな日常を楽しみながら前を向いて生きる、今どきの女子にも通じる存在だと思います。
那須 玲ちゃんはピアノがとてもお上手で、舞台上でも弾かれるんですよね。
岡本 子供の頃に習っていて、小川さんが実際に弾いているところを見せたいと言ってくださいました。なので今、必死に練習中です。
考えて、議論することの大切さ
――生のピアノ演奏、楽しみです。この物語で個人的に興味深いところ、刺さるところなどありますか。
村川 今、自分のテーマにしようと思っているのが「考えて」。この言葉を子供やいろんな人たちが要所要所で言っています。日本のこと、世界のこと、今いろいろと大変だけど、私自身がちょっとぼんやりしているところもあるので、「考えて」と自分に問いかけたいな、と。作品のことや私生活、仕事に対しても。この作品のおかげで身に染みています。
那須 エミリアが出ているシーンで興味深いのは、娘の旦那さんの一族、ヤコボヴィッツ家の人たちが大勢、メルツ家に来ているんです。
音月 そういえば確かに!
村川 めちゃ人数います。
那須 それがまず不思議でした。日本的な考えだと、クリスマスやお正月でも、旦那さんの一族が子供まで連れてお嫁さんの実家に行くことはまずない気がして。一方、息子ヘルマンの奥さんであるグレートルの親族は誰も来ていない。
岡本 言われてみれば、ヤコボヴィッツ家の人だらけ。
村川 占拠していますよね(笑)。
那須 それは単純にユダヤ人のコミュニティだから。
音月・村川・岡本 なるほど!
那須 グレートルも親族も非ユダヤなので集うことはないんです。つまり、メルツ家の人々はユダヤ人であることを主軸に生きている人々。多分、エミリアたちユダヤ人はしんどい思いをたくさんして、相当助け合いながら生きてきたと思うんです。たとえ血が繋がっていなくても、ユダヤ人同士はお互いに協力し、支え合ってきた。その感覚はちょっと日本人からは遠い感じもしますね。多分、お客さんも「メルツ家とヤコボヴィッツ家、一体どういう一族なの?」と不思議に思われるでしょうが、そこを切り口として、ユダヤ人コミュニティの絆の強さを感じていただけたら。
――そうですね。ユダヤ人は国を追われ、世界各地に散らばって生きてきたわけで。
那須 そのあたり、なんとなくは知っていても、実際、どれだけ苦労し迫害を受けてきたか。今、ようやく血と肉になっている感じです。
音月 私は今回、小川絵梨子さんの演出は初めてです。絵梨子さんは、人との繋がり、バトンみたいなものをちゃんと受け渡す演出をなさっているんですね。私はこのコロナ禍で人と会う機会が減って。もちろんメールやLINE、テレビ電話はできますが、リアルに人と何かを渡し合える環境がお芝居の中にはあって、マスクをしながらも、人の熱を受け取り、返し、また違う人に渡す。そんな作業をものすごく尊く感じています。今、これをやれていることがすごく幸せですし、本番にはお客様にもお届けできる。この気持ちをずっと大切にしていきたいです。
岡本 ものすごくわかります。登場人物はユダヤ人と非ユダヤ人がいて、ユダヤ人の中でも主義や宗教がそれぞれ違ったりもします。それでもメルツ家とヤコボヴィッツ家は同じ空間で大切なひとときを過ごし、お互いを大切に思っている。考え方が違うから……では終わらず、各自の主張をちゃんと議論するのが素敵だなって。芝居を通して人と人が会話することの大切さ、そこでの繋がりの強さを感じています。
村川 あと親と子供たちの性格が似ている感じで描かれているのが面白いですね。ハンナと娘のヘルミーネが恋の話をしていたり。
岡本 そう、テンションが高くて似た者母娘(笑)。
村川 エーファの娘ネリーもしっかりしていて、お母さん譲りかなって思います。血の繋がりを感じますね。
音月 面白い!
岡本 ヴィルマの娘、ローザとサリーは世話焼きで、やはりお母さん似。
那須 気質が受け継がれているのかな?
音月 ヘルマンとグレートルの息子ヤーコプも、ヘルマンに似て頑固でちょっとひねくれていますし(笑)。
――皆さん、そういった家系、親子を意識しながら人物を作っているのでしょうか。
岡本 私は娘を演じる万里紗さんとどんな母娘なのか、初めに少し話しました。万里紗さんのお芝居を見ると、得る物もたくさんありますね。
村川 私は娘ネリー役の椙ちゃん(椙山さと美)と実は同い年。それで母娘を演じる、演劇ならではの面白さですね。
その時代を一生懸命にいきいきと、生きる人々のエネルギーを受け取って
――第一幕が1899年、第二幕は翌年の1900年、そこから24年経って第三幕は1924年、第四幕はその14年後の1938年、そしてラストの第五幕は17年後の1955年。その時間経過をどう表すのか、年齢を重ねていく感じ?
音月 そこは今、試行錯誤中です。
村川 私、小川さんにパシッと言われたのが、外側から入らないで、年をとった芝居をしないで、と。どうしても年寄りっぽい芝居を作ってしまいがちな自分がいて。そこで、中身から立ち上がってくるものが見たいと言われている最中です。
音月 うわぁ、難しいですね。
村川 中身で経験を重ねて、最終的にはしっかりおばあちゃんに見えないといけない。今は年をとることを一旦忘れて、時代を追って経験を積む、そんなお芝居を目指しています。
音月 表面だけでやってもダメということですね。私も気をつけなければ。
岡本 私も肝に銘じます。
――人々の生き様、その背景には激動する歴史があって。役者は一体、どれだけ多くのものを詰めなければいけないのか……。
岡本 さまざまな台詞や背景、空気感に、血の繋がりやファミリーが表現されていて、それを発見するたびにすごい戯曲だなと感じます。その血の繋がりは過去から続いてきて、これからも続いていく。それを節々で感じられて、なぜここで涙が出てくるんだろう?という瞬間がありますね。
那須 作者のトム・ストッパードは50歳を過ぎて自身のルーツを知ったことで、強く書きたいと思ったんでしょうね。
――トム・ストッパードはエミリアのひ孫にあたるレオに自身を投影しているようですが。皆さん、ご自身のルーツは興味ありますか。
村川 あります。調べたいと思うけどどう調べたらいいのかわからなくて。
岡本 家系図とか見たことあります?
音月・村川 ないです。
那須 私は父親に若い頃、家系図を見せられたけど、全く興味がなくて、ルーツとか言われてもうるさいなって思ってたんです(笑)。父が亡くなった今、家系図は残っているから、もし私が子供たちに伝えなかったらそのまま失われてしまうなって。自分が年齢を重ねて死期が近くなると、余計に過去のものや自分がどこから来たのかに興味が湧くのかもしれない。若いうちは興味ないですよ。未来しかない気がするから。
――この作品を観ようかどうしようか迷っている読者に、おすすめポイントを教えてください。
那須 難しく重い話と思われるかもしれませんが、意外と笑えるシーンも多いんですよ。
岡本 めちゃくちゃ笑えますよね!
音月 びっくりしました。この戯曲でこんな楽しいシーンがあるんだ!って。
村川 小川さんがおっしゃっていたのは、登場人物はこれが悲劇になるとは知らず、ただその時代を一生懸命、いきいきと楽しく生きているんです。そのエネルギーを受け取っていただけたら嬉しいし、客観的に見てこんな悲劇があったことをしっかりと考えようと思っていただくのも嬉しい。
岡本 難しいことを考えずに観て欲しい。
村川 ね!子供たちも出てくるので、お子さんにも見ていただきたいです。
岡本 衣裳も素敵になりそう。それぞれの時代のブルジョアの人たちの装い。
音月 衣裳も美術も豪華なので、タイムスリップした感覚になって観られるのでは?
岡本 たとえ難しいなと思っても、観終わった後に調べたり、パンフレットの説明を読むのも楽しくないですか? 私、結構好きで、そんな楽しみ方もしていただけたら。
村川 上演時間もそんなに長くなさそう。
音月 まだはっきりしないですが、映画を1本観るくらいの気持ちで観られそうです。
那須 その上、場面がどんどん展開し、スピーディーに進んでいきます。絶対に飽きさせませんから、ぜひ!
取材・文=三浦真紀
撮影=藤田亜弓
<公演情報>
新国立劇場 開場25周年記念公演『レオポルトシュタット』
2022年10月14日(金)~10月31日(月)
会場:東京・新国立劇場 中劇場
作:トム・ストッパード
翻訳:広田敦郎
演出:小川絵梨子
出演:浜中文一 / 音月桂 / 村川絵梨 / 土屋佑壱 / 岡本玲 / 浅野令子 / 木村了 / 那須佐代子 / ほか
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2224122
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