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【インタビュー】ヴィム・ヴェンダースはなぜロードムービーを撮ったのか──「世界文化賞」受賞

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ヴェンダース監督=10月18日、東京・虎ノ門のオークラ東京

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「ロードムービー」とは端的に言えば、旅の映画だ。この用語を聞いて真っ先に名前が浮かぶ映画作家がいる。『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』『夢の涯てまでも』など数々の話題作を発表してきたドイツ出身のヴィム・ヴェンダース監督(77)だ。世界の芸術家を顕彰する高松宮殿下記念世界文化賞(主催・公益財団法人日本美術協会)の演劇・映像部門に、2022年の第33回はヴェンダース監督が選ばれた。10月18日に東京都内で開かれた受賞会見では、本人の原点とも言うべきこの表現ジャンルや日本映画にも触れた。23年には東京・渋谷の公共トイレを舞台にした作品が公開されるなど世界を旅して活躍する巨匠は、なぜロードムービーを撮ったのか──。

「ロードムービーを見つけたことは運が良かった」

ヴェンダース監督の名声が一気に高まったのは、息子と共にクルマで妻を捜す男を描く1984年の『パリ、テキサス』だろう。その年の第37回カンヌ国際映画祭で最高賞「パルム・ドール」に輝き、日本でも公開されてヒットした。

個人的なことを明かせば、この作品を87年に名画座で鑑賞して以来、ヴェンダース監督の映画は観続けている。特に『パリ、テキサス』の魅力はあせず、劇場で観てきた1000本以上の中で一位の座を譲らない。ロードムービーという映画用語を知ったのも、この作品からだった。

ロードムービーとは、登場人物がクルマなどで長距離を移動(旅)しながら、その過程で起きる出来事を描いた映画を指す。つまり物語はクルマが到着した場所から動き始める。映画評論家の梅本洋一氏は「自動車が停止することへの感受性。それがロードムーヴィーの成否を決定している」(『映画=日誌 ロードムーヴィーのように』より)と本質を言い当てたが、冒頭にクルマが川に飛び込んで止まるヴェンダース監督の『さすらい』(76年)は、そのお手本と言える。

個別の受賞会見では、ロードムービーへの思いを本人から直接聞きたかった。産経新聞の受賞インタビューに「子供の頃から旅行がとても好きでした。映画監督として旅をすることに目覚め、それに伴いロードムービーというジャンルが生まれました」などと話していたが、表現手段として選択し、自身の製作手法の主流となったのは、どういう理由からなのか。参考にした作品はあるのだろうか。こんな疑問にヴェンダース監督は次のように答えてくれた。

個別会見の後、自作のボックスセットを手渡され、微笑むヴェンダース監督

「参照した作品はありません。ロードムービーという(表現)形式を見つけたことは、運が良かったといえます。旅をしながら映画を撮れますから。映画製作で、時系列で撮ることは非常に贅沢なことなんです。その意味では、ロードムービーはスタッフも役者も自分も、全員が一緒に旅をしながら、それが可能になる。やってみて、私が得意なことは、これなんだ、と確信を持てたのです。これが、私なりの(物語の)語り方、やり方なんだと」

ヴェンダース監督は「最初は何かをモデルにして作るものなんですが、最初に撮った3本は、あまり幸せなものではなかった」と明かす。そこで「他を参考にしていてはいけないんだ」と模索する中で、ロードムービーというジャンルを発見したのだという。

一番好きなロードムービーは『夢の涯てまでも』

ドキュメンタリーも含め他ジャンルも撮ってきたが、自作で一番好きなものは、やはりロードムービーだ。前述のインタビューで、『夢の涯てまでも』(91年)を挙げ、「究極のロードムービー」と評価している。「(日本など)10カ国をほぼ時系列で回りました」とも。同作は、その後公開時より100分以上も上映時間が長い287分の「ディレクターズカット 4Kレストア版」が作られ、日本のシーンも増えている。

会見では、ロードムービーの魅力について、こうも語った。「道というものは人生を象徴しています。人生そのものがひとつの道です。我々の心の在り方を表しています」

『夢の涯てまでも ディレクターズカット版』(1994年) のウィリアム・ハートと笠智衆 William Hurt and Ryu Chishu in Until the End of the World - Director's Cut by Wim Wenders © 1994 Road Movies - Argos Films Courtesy of Wim Wenders Stiftung - Argos Films

『東京物語』を4回連続で観た

小津安二郎監督の作品は、ヴェンダース監督にとって特別だ。初めて観たのは1970年代半ば。既に映画人としてのキャリアを積んでいたが、強い影響を受けたことを、数々のインタビューで答えている。85年には、小津の傑作『東京物語』(1953年)の主演を務めた笠智衆、撮影の厚田雄春にインタビューし、“現代”の東京を描いたドキュメンタリー『東京画』を製作しているほどだ。

会見では、小津作品に出合った時から今も魅力は変わらないか、との質問が出た。「『東京物語』を初めて観たのは、ニューヨークだったんですが、4回連続で観ました。私にとってはパラダイス、つまりこれ以上のものはありえないと思っています。その感覚は今も変わっていません。小津作品は、いろいろな字幕のものを持っています。どれを観ても、いつも同じ変わらない感動があります。人への尊敬の念、精神性を毎回感じます」

ドイツに戻ったら「自宅のトイレを日本製に変える」

安藤忠雄、役所広司とTHE TOKYO TOILETアート・プロジェクトの発表会見で 2022年 With Tadao Ando and Koji Yakusho at the press conference of THE TOKYO TOILET art project,2022

23年公開予定の最新作は、渋谷の公共トイレがテーマだ。主演は役所広司。渋谷区内の公共トイレ17カ所を、建築家の安藤忠雄さんら世界的なクリエイターが改修するという「The Tokyo Toilet」プロジェクトに賛同したヴェンダース監督が映像製作するというものだ。

会見で聞かれたヴェンダース監督は「最初に提案があったとき、はっ?と驚いた」と、振り返る。ただ、思い直したという。

「トイレは、建築におけるひとつの傑作だと思いました。トイレを誤解していたと。我々は非常に長い時間を、そこで過ごします。我々はきちんと評価してこなかった。そういう意味ではドキュメンタリーではなく、映画にすべきだと思ったんです。ドイツに戻ったら、自宅のトイレを日本製に変えようと思います。皆さんは日々使っていますから、私がなぜそう思うか、わかってくれますよね」

「日本は第二の故郷」と語り、来日回数は50回か100回ぐらいか、途中で数えるのをやめたほどの親日家は、トイレについても日本のものが気に入ったようだ。

各部門の受賞者とともに合同記者会見に臨むヴェンダース監督


文・撮影:堀晃和



【高松宮殿下記念世界文化賞】
1988年に創設され、毎年、文化芸術の発展に大きく寄与した芸術家を対象に、絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の5部門で選ばれる。演劇・映像部門の受賞者には、第1回のマルセル・カルネ(1989年)以来、フェデリコ・フェリーニ(90年)、イングマール・ベルイマン(91年)、黒澤明(92年)、アンジェイ・ワイダ(96年)、アッバス・キアロスタミ(2004年)、フランシス・フォード・コッポラ(13年)、マーティン・スコセッシ(16年)ら錚々たる監督が名を連ねる。2022年9月13日に91歳で亡くなったジャン=リュック・ゴダールも20年前の受賞者だ。10月18日、東京都内で開かれた受賞者全員が並ぶ合同記者会見で、ヴェンダース監督は、フェリーニ、ベルイマン、黒澤、ゴダール、コッポラ、スコセッシらの名を挙げた上で、同じ賞を受けたことを喜んだ。

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