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原嘉孝の強靭な芝居が光る濃密な会話劇『罠』開幕

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『罠』ゲネプロより 撮影:竹下力

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気鋭の演出家・野坂実を中心に名作ミステリーを舞台化するプロジェクト「ノサカラボ」。その初の長編作品となる舞台『罠』が、10月22日(土) に東京・ニッショーホールにて幕を開けた。本作はフランスの劇作家ロベール・トマが1960年に書き下ろした傑作ミステリー。そんな舞台の初日前の21日(金) に ゲネプロが行われ、報道陣に公開された。

場所はアルプス山脈の傍の美しいリゾート地のシャモニー。そこに新婚3カ月のカップルがバカンスのために訪れていた。しかし、些細な夫婦喧嘩から妻のエリザベートが失踪。夫のダニエル(原嘉孝)は、クァンタン警部(的場浩司)に妻の捜索を依頼するが、捜査は難航する。その矢先、マクシマン神父(高田翔)に付き添われてエリザベートが戻ってくるが、彼女はダニエルの知らない他人だった。彼は妻ではないと主張し、証人が次々と登場するが、騒動は次第に大きくなり、収拾がつかなくなっていく。誰が正しいのか、誰が嘘をついているのか、虚実入り乱れる言葉の応酬の果てに彼らはどんな結末を迎えるのか。

この濃密な会話劇で剥き出しになるのは俳優の肉体のみ。隙のない芝居が要求されるが、彼らは十二分に舞台で躍動し、スリリングなシーンを作り上げた。近年稀に見る大器として注目を浴び、すでに多くの舞台で、その期待に応える演技によって高い評価を得ているダニエル役の原嘉孝は、現実に起こり得ないようなシチュエーションに戸惑い猜疑心を滾らせ、狂気に蝕まれる恐怖に怯えながら縦横無尽に舞台を駆け巡り、真実を貪り尽くそうとする。檻に閉じ込められ鬱屈した猛獣のように獰猛に吠えたかと思えば、目をギョロギョロさせて周りを睨みつける。その佇まいだけで劇場に緊迫感を張り巡らせる強靭な芝居を見せた。彼の狂気を戒めながら、物語の謎をさらに深めるのがクァンタン警部役の的場浩司。彼は純朴な警察官を演じながら、道化師のように物語を引っ掻き回す様が圧巻だ。マクシマン神父役の高田翔は、柔和な表情とは裏腹のドス黒い内面を露悪的に時折見せる芝居が達者だった。

妻を名乗る女を演じた麻央侑希は、出自の曖昧さを言葉巧みに誤魔化しながら、ダニエルを宥めるしたたかな女性を演じ切った。看護師のベルトン嬢役の釈由美子は、現実的で欲にまみれた女性を闊達に演じた。画家で渡りガニという名前の横島亘は、ダニエルの不審な挙動に付き合いながら颯爽と彼をいなす芝居が見事だった。

この作品はミステリーだが、実存主義的な要素の強い思想が通底した舞台でもある。自己存在の基盤には他者を己に内在させることが必要だという考えだ。物語における妻という他者の喪失は、観客に自身の存在の基盤を揺るがせ、大切な誰かがいない時、自分が何者だと理解できるのかという問いを想起させる。つまり、自己と他者の間には絶えず言葉とその想いが行き交いするが、その交通によって他者を受け入れることができる。だから、ダニエルは交通のままならない他者をきちんと認識できない故に自己さえも理解できずに苦しむことになる。そして彼の求める絶対的他者の妻は不在のままだ。この舞台のテーマは他者との交通の不全によって起こる自己の破滅という悲劇とも言える。観客はそんな彼を見て他者の多様性の理解に努め、「あなた」という存在を受容し、自己を見つめ直すことができるのだ。それが本作の魅力だと思う。

演出の野坂はロベールの魂を受け継ぎ、的を射る演出で観客に人間の在処を証明してみせた。今作は、人間の根源に迫ったふたりのケミストリーが融合した傑作でもある。

『罠』取材会より

公演は30日(日) まで。その後、11月2日(水)・3日(木・祝) と大阪・松下IMPホールで上演される。

取材・撮影・文=竹下力

『罠』チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2216504

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