SPYAIR、ボーカリスト脱退を経て走り出した2023年富士急ライブへの道
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今年3月31日、SPYAIRのボーカリスト・IKEが脱退を発表した。
SPYAIRは2005年に名古屋で結成され、2010年8月にシングル「LIAR」でメジャーデビューしたロックバンド。「銀魂」「ハイキュー!!」などアニメとタイアップしたヒット曲を次々と送り出し、2015年からは毎年恒例の野外ワンマンライブ「JUST LIKE THIS」を山梨・富士急ハイランドコニファーフォレストで開催するなど、音楽シーンにおいて存在感を発揮してきた。フロントマンとしての華、シンガーとしての確かなテクニックを備えていたIKEが、その中心であったことに異論の余地はないだろう。
ボーカリストの脱退という大きな転機を迎えたSPYAIRだが、残るメンバーのUZ(G, Programming)、MOMIKEN(B)、KENTA(Dr)はバンドとしての活動継続を決め、8月には新ボーカリストを探すためのYouTubeチャンネル「スパイエアー、ボーカル探してます。」を開設。現在は新ボーカリストを募集するオーディション「君がSPYAIRだ!~Hey Hey 応えて 誰かいませんか?~」を開催している(エントリー期間は12月25日まで)。
IKEの脱退が決まったときの心境や、活動継続に至った思いはどんなものだったのか、そして長いキャリアを誇る彼らが新ボーカリストをオーディションで探す理由はどこにあるのか。音楽ナタリーではUZ、MOMIKEN、KENTAに、激動の1年間を振り返ってもらった。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 塚原孝顕
積み重ねてきた関係があるから受け入れた脱退
SPYAIRからボーカルのIKEが2022年3月末日をもってバンドを脱退。このニュースが発表されると音楽ファンの間に大きな衝撃が走った。脱退の理由は、持病の潰瘍性大腸炎。IKEは以前から病気と向き合いながら活動を続けてきたが、今年に入って病状が悪化したという。2月に予定していたソロライブを中止し療養していたものの寛解には至らず、音楽活動に区切りを付けるためバンドから離れることを決めた。
数々のアーティストと同じくSPYAIRも新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、2020年以降は全国ツアーや野外ライブ「JUST LIKE THIS」の中止など、さまざまな困難に見舞われてきた。しかし2021年には「JUST LIKE THIS」を2年ぶりに開催し、ベストアルバム「BEST OF THE BEST」もリリース。さらにベストアルバムを携えての全国ツアーを行い、IKEとしても「THE FIRST TAKE」へ出演しソロライブの開催を発表していた。ファンにとってのうれしい出来事やこれからのさらなる幸せを予感させる展開が続いたあとでの脱退劇だけに、その衝撃は大きかった。
ボーカリストの脱退は言うまでもなく、バンドの存在自体を揺るがす事件だ。しかしUZ、MOMIKEN、KENTAはIKEの決断を受け入れ、強く反対することはなかったという。
「IKEの持病のことはもちろん僕らも知っていて。負担をかけないようにしてたんだけど、今年の初めくらいに『続けるのは難しい』という話があったんです。そのときに思ったのは『ついに来たか』でしたね。『そうじゃねえだろ!』みたいな気持ちは全然なかったです」(KENTA)
「脱退に関しては、これまで積み重ねてきた関係もあるし、『そうか』と受け入れて」(UZ)
「そもそもIKEは以前も『辞める』と言ったことがありますからね(2014年5月にTwitterで『SPYAIR辞めます』と発信。その後、発言を撤回した)。彼には彼の人生があるし、ここで引き止めるのは違うのかなと。それよりも“これからバンドをどうするか?”ということのほうが大きかった」(MOMIKEN)
魅力と才能にあふれたボーカリストが抜けるのだから、バンドにとっては大きなダメージ。残ったメンバーが受けたショックも想像に難くないが、3人はすぐに“次”に視点を向けた。
「俺らとしてはバンドを止める気はまったくなくて。『IKEが抜ける。じゃあ、SPYAIRはどうする?』という話にすぐになったんですよ。もちろん『IKEがいなくなった以上、それはSPYAIRではない』という人がいることもわかっていて。実際、いくら俺たちがSPYAIRを名乗ったところで、受け入れてくれない人がほとんどだと思うんですよ。不安はすごくあったけど『まずは足掻いてみようよ』と」(UZ)
「『どうなるかわからないけど、とりあえず進んでみよう』という感じでしたね、個人的には。ファンの方はもちろん、レーベルのスタッフ、媒体の方々も含めて、自分たちの気持ちを受け入れて、協力してくれたり、応援してくれる人たちがいたのも大きかったですね。止めても止めなくても叩かれるだろうし(笑)、大事なのは全力を尽くしたかどうか、やるべきことをやったかどうかなのかな、と」(MOMIKEN)
「もちろんボーカルを探す期限は設けるんだけど、もし新しいボーカルが見つかって、活動を再開できたら皆さんに恩返しできるだろうし。一番よくないのは『あのとき動いていれば』と後悔すること。自分たちの決断が正しいかどうかわからなかったけど、ちゃんと区切りを付けたいという気持ちもありました。そうしないとファンも感情の置きどころがわからないだろうなと」(KENTA)
「まだロックバンドをやっていたい」
3人がすぐさまバンドの継続を決めることができたのは、どうしてだろうか。そんな率直な質問に対して彼らは、「まだロックバンドをやっていたいから」という極めてシンプルな答えを打ち返してきた。
「きれいごとに聞こえるかもしれないけど、俺らをつなぎ止めたのは『ロックバンドをやっていたい』という気持ちだったんですよ。3人でスタジオに入って演奏すると、『やっぱり楽しいな』と素直に感じるので。例えばバンドを止めてクリエイターになるとか、いろいろな道があるとは思うけど、昔からの仲間と音を出すことほど興奮できることはほかにないんですよ」(UZ)
「今もそうなんですけど、3人でドン!と音を出した瞬間、鳥肌が立つんですよ。UZが言う通り、その経験はほかの場所では味わえないんですよね。これまでに積み上げてきた音もあるし、SPYAIRの曲を演奏したいんですよね、純粋に」(KENTA)
「自分たちのオリジナル曲をバンドで演奏するって、本当に特別なことなんですよ。オーディションの課題曲にした『サムライハート(Some Like it Hot!!)』もそうですけど、メジャーデビューから10年間で作り上げた秘伝の味みたいなものもあるし。それは自分たちにしか出せないですから」(MOMIKEN)
SPYAIRの活動を未来へと進めていく。そのために3人が選んだ手段は、新ボーカリストを募集するオーディション「君がSPYAIRだ!~Hey Hey 応えて 誰かいませんか?~」の開催だった。応募条件は18歳から40歳までの「SPYAIRの活動が優先できる」人物で、性別や国籍は不問。課題曲はSPYAIRの代表曲「サムライハート(Some Like It Hot!!)」だ。
「オーディションをやることになったのは、すごく自然な流れだったと思います。自分たちで探すにも限界があるだろうし、例えば『海外の人で、めちゃくちゃ歌がうまくて、日本語も大丈夫』みたいな人とは出会いようがないので」(MOMIKEN)
「できるだけ広い可能性を持たせたかったし、いろんな才能に触れたいという気持ちもありましたね」(UZ)
「性別や国籍は不問にしたのも、できるだけ制限を付けたくなかったから。その過程をYouTubeチャンネル(『スパイエアー、ボーカル探してます。』)で見てもらえたのもよかったのかなと。自分たちだけで決めて、いきなり『オーディションやります』って言っても、ファンにとっては『は?』じゃないですか(笑)。もちろんオーディションに対して賛成の人ばかりではないし、『複雑だけど応援する』というほうが多い気がしますけど、ファンの気持ちを置いていかないことが大事だと思っていたので」(KENTA)
新体制初ライブはコニファーフォレストで
さらに特筆すべきは、2023年8月11日に富士急コニファーフォレストにて、毎年恒例の野外ワンマンライブ「JUST LIKE THIS 2023」の開催が決定していること。彼らの活動を象徴するステージで行われるこの公演が、新ボーカリストを加えた初ライブとなる。
「コニファーフォレストでライブをやるって決めたのは……勢いかな(笑)。自分たちの逃げ道を絶つ意味合いもあったと思います」(KENTA)
「こういうときだからこそ、目標を決めるのが大事なのかなと。ボーカルも決まってないのにデカい会場を押さえるなんて、自分たちでもどうかしてると思いますけど(笑)」(MOMIKEN)
「オーディションをやると決めてからも、ちょっとモヤモヤしてましたからね。自分たちのケツを叩くためにも“ここまでに”と期限を決めることが必要だったんです。実際、コニファーフォレストでライブをやるって決めたことで『まずはそこまでやろう』と腹を括れましたし。コニファーフォレストのライブがどんな内容になるかはまだわからないけど、もし新しいボーカルが決まってたら、いきなりデカいステージに立つことになる。そこが一般的な新人発掘オーディションとは違うところですね」(UZ)
またSPYAIRはオーディションと並行し、10月から12月にかけて「スパイエアー、バンカラツアー~と、ボーカル探してます。~」と題したイベントを開催していた。これはメンバーの演奏による“生バンドカラオケ”に乗せて、参加者がSPYAIRの楽曲を歌うという企画。オーディションとは関係なく、あくまでもファンのためのイベントだという。
「IKEが抜けてライブができなくなって、ファンに会える機会がなくなっていたから、何かができないかな?というのが発端でした。メンバーの姿を生で見ることで気持ちが落ち着くファンもいるかもしれないし。以前から、俺とKENTAで“BAND TRIAL”というバンド講座企画をやってたんですよ。実際に楽器に触ってもらって、バンドに興味を持ってもらうための活動なんですけど、その延長線上として『UZを入れて、3人で伴奏するのはどう?』ということですね」(MOMIKEN)
「バンカラツアーを企画した時点では、新ボーカルのオーディションはまだ決まってなかったんです。だから純粋にファンのためのイベントなんですよね。抽選で選ばせてもらった方にSPYAIRの曲をワンコーラス歌ってもらうんだけど、みんなうまいんですよ。最初は緊張していても、いざ始まるとすごく楽しそうに歌ってくれて(笑)」(KENTA)
「人前で演奏する機会を作りたいという気持ちもどこかにあったかもしれないです。3人でスタジオに入ってるときも『やっぱり歌が欲しいね』という話になるので」(UZ)
ファンとの交流の場として行われたバンカラツアーだが、ボーカルオーディションへの影響も生まれているとか。
「歌が特別うまいわけじゃなくても、一緒に演奏するといい雰囲気になる人っているんだなって」(MOMIKEN)
「うん。ボーカルオーディションって“歌がうまくて、見た目がよければOK”と思われがちだけど、それだけじゃなくて。ボーカリストとしての存在感や空気を作る力が大事なんですよね」(UZ)
「あとは俺らに馴染めること(笑)。そのことで歌にグッと入り込めるので」(KENTA)
デカい場所を目指すバンドの真ん中にはカッコいいボーカルを
バンカラツアーの各公演の最後にUZ、MOMIKEN、KENTAの3人で「4 LIFE」(2015年のアルバム「4」収録)を演奏したことも、ファンの間で話題になっている。UZがボーカルを取るこの曲は、2014年にIKEが「SPYAIR辞めます」とツイートしたことを受け、「IKEがまたやる気を取り戻してくれたらいいなと思って作った曲」(MOMIKEN)なのだ。
「3人だけで成立する曲は『4 LIFE』しかなくて。その曲を会場に来た人たちに聴いてもらいたかったんですよね」(KENTA)
「バンカラは基本的にファンをもてなす企画なんだけど、最後にミュージシャンとしての姿を見てもらいたくて。『4 LIFE』を歌ってるとどうしてもIKEが脳裏に浮かぶし、気持ちの置きどころが難しい曲ではあるんですけどね」(UZ)
「僕らもアーティストに戻れる瞬間が欲しかったんでしょうね。『4 LIFE』を聴いて泣いていたファンもいたみたいで。喜びの涙だと思いますね、それは」(MOMIKEN)
UZ、MOMIKEN、KENTAはメジャーシーンで10年以上活動してきた経験があり、ミュージシャンとしての技術、センスも向上を続けている。スリーピースバンドとしても十分に魅力的だと思うのだが、“3人だけでバンドを継続する”という選択肢はなかったのだろうか? その答えは、SPYAIRの本質に迫るものだった。
「それはまったく考えなかったです。SPYAIRは結成したときから、常にデカい場所を目指して進んできたバンド。真ん中にカッコいいボーカルがいて、俺は横でギターを弾くというイメージが強くあるし、アリーナやスタジアムが似合うバンドになりたいと思ってやってきたんです。この3人のバンドだと、それが見えないんですよね。やっぱりボーカルが必要だし、デカいところでやりたい。だからコニファーフォレストでやろうとしてるんですよ」(UZ)
新ボーカリストを募集するオーディションのエントリー期間は12月25日まで。その後の審査期間を経て、8月11日の「JUST LIKE THIS 2023」へと向かっていく。日本のメジャーシーンで10年以上のキャリアを持つバンドが新しいボーカルを募集するのは極めて稀。3人の果敢なトライがどんな結果を生み出すのか、ぜひ注目してほしい。
「一緒に演奏してみないとわからないし、意外と時間はなくて。今の時点では、どうなるかまったくわからないですね。ただ、少しずつ希望は感じ始めてるんですよ。最初は『新しいボーカルなんてそんな簡単に見つかるわけねえ』と思ってたけど『意外といるかもな』と」(UZ)
「最初のライブがコニファーフォレストというのはすごいハードルだし、応募してくれる方はハートが強いなと思います。『これだ!』という人が現れるかもしれないし、『やっぱりSPYAIRのボーカルはIKEだね』となるかもしれない。やってみないとわからないですね」(KENTA)
「今はとにかく、気持ちをフラットにしておくのが大事なのかなと。応募してくれる人たちとしっかり向き合って、オーディションを進めていきたいですね」(MOMIKEN)