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【独占ロングインタビュー】“聴いたことのない「さくら」がここにある”  森山直太朗、20周年を締めくくる弾き語りベストアルバムを語る

音楽

インタビュー

ぴあ

森山直太朗 撮影:山本佳代子

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『原画 I』『原画 II』――。森山直太朗がリリースする弾き語り集につけられたタイトルだ。デビュー20周年の活動の締めくくりにして、これからの始まりを告げる重要な位置にある作品を弾き語りによるベストアルバムにしたのは、これ以上に剥き出しの直太朗を伝えるものがないからだ。まさに原画としか呼べないその時限りの瞬間を閉じ込めた音楽があぶり出すのは、森山直太朗というひとりのシンガーソングライターが歩んできた道のりそのものだった。全26曲中23曲の録音がなされたという、彼が“山小屋”と呼ぶプライベートな場所を訪ねた。

変わったのかもしれないし、突き詰めれば元の自分に戻って行ったのかもしれない

――この山小屋は主に創作をする場所になっているのですか?

今でこそ、今回のレコーディングをしたり練習をしたり曲を作ったり、そういうことが多くなっているんですけど、ここに来始めたのは活動を少しお休みしている時で、だから当初はただぼんやりして過ごすことが目的といえば目的でした。

今は冬で、木々が裸になっちゃってるんですけど、5月から夏にかけての時期は青々と繁って、まるで家にいながら森のなかにいるような感覚になるんですよ。もちろん冬は冬で雪が降ったりすると幻想的な光景が広がってすごくいいんですけどね。

そういうふうに季節の移ろいを敏感に感じたり、木々の緑が風に揺れる音を聴いたり、雲の流れを見ていたり……そうしているだけで1日が終わっちゃうんです。だから基本的にここは、何もしないをする、という場所なんですよね。

――何もしない自然な状態のなかに創作が含まれるまで待っていた、とも言えるわけですね。

そうですね。今回の『原画 I』の3曲目に収録した「金色の空」がここで初めて作った曲でした。曲を作る時にボイスレコーダーなんかで自分から出てきたばかりのメロディや言葉を録音するんですけど、それと、『原画 I』『原画 II』に収められている弾き語りの歌の感じが、ほぼ変わらないんですよね。波長が同じというか。きっとその感覚を求めていたんでしょうね。

――それはやっぱり活動を少しお休みしていたということと関係があるわけですよね?

デビューして12、13年目の頃だったんですけど、ちょうど震災があったり、それまでは自分を知ってもらいたいという欲求や勢いだけでやっていけたんですけど、ここら先はもっと本質的な衝動と向き合わないといけないんだろうなと思うようになったんですよね。僕の中にもきっとそれはあると思っていたんです。持ち前の愛嬌とお調子者精神でやっていける部分はあるんだろうけど(笑)。

でも本質的な部分に立ち返らないとこのまま続けることはできないっていうのを感じていたんです。それで、自分をリセットできる場所が必要だと思ったんです。

――それがこの山小屋だった。

そう。人によっては海辺とかなんでしょうけどね。僕は森の中が落ち着くんですよ。とは言え、まずはよくある田舎暮らし的な憧れの形から入って、ということでしたけど(笑)。だから最初はぶかぶかの靴を履いている感じだったんですよ。

それが不思議なことに、ちょっとずつ波長が合っていくんですよね。気づいたらこの場所自体が自分にとっての癒しになっています。今や、ここを手放せない自分になってしまいました(笑)。

――ここで過ごすことによって、音楽への向き合い方や、あるいは生み出される音楽というものは変わりましたか?

変わるというよりも、自分がフラットになれる感覚を養えていると言った方が合っているような気がしますね。どうやら自分は、こういうことを歌いたいのかなとか。そういう意味では変わったのかもしれないし、突き詰めれば元の自分に戻って行ったのかもしれない。

――前回のインタビューの際におっしゃったことで印象的だったのは、「新しく発見したことは、すでに自分の中にあるものだった」という気づきの部分でした。

だから人間ってめんどくさいですよね(笑)。無垢なまま生まれて、自意識が芽生えて何かに執着するようになり、そこから様々な経験を積むことによって、結局抱え込んだ多くのものを手放して元の何もない自分に戻っていくという。もちろん人それぞれなんでしょうけど、多かれ少なかれ、人生というのはゼロからゼロへ戻っていく孤を描いているのではないかなと感じますね。

――その感覚が創作の本質的な部分と共鳴しているわけですね。

とても人間的な感覚ですよね。それを自分の中に取り戻せたような気がしています。

弾き語りをやりたいと思っても自信がなくてやれなかったんですよね

――弾き語りという表現方法についてお聞きします。人間的な感覚を取り戻す過程において、弾き語り自体もご自身の中で違う感覚のものとして発見するというようなことがあったのでしょうか?

弾き語りってとっても個人的なものだと思うんですよね。それが人前で歌ったりレコーディングしたりするとなると、シャツを1枚羽織るような感覚になるんです。だから、例えばここでポロポロ弾いて歌ったりするのとではまた違うものなんですよね。

でも身近なスタッフや家族もそうですけど、むしろパーソナルな感じの直太朗の方がいいよって言ってくれるんです。もちろん、大勢の人がいたり、照明の下やカメラの前でやったりする時に、素の状態でいられるわけはないし、それは表現としても違ってくるのは当たり前なんですけど。ただ、元の自分ときちんと同居できているか、そこと波長を合わせられているかどうかで人前での弾き語りも変わってくるんですよね。どこかその感覚を忘れているようなところがあったんです。

3、4年前に、永積タカシくん(ハナレグミ)に言われたことがあったんです。「直太朗さ、ライブすごくいいんだけど、いろいろできちゃうから君は、もしかしたらもっと小さいハコで歌うとかした方がいいかもしれないよ」ってすごく優しく諭すように言ってくれたんですよ。永積くんが言いたかったのは、要するにこういうことなんです。実演するステージが大きくなっていくと、それにつれて表現も変異化してしまうんですよね。

求められているものを自分で決めつけてしまうようになるというか。本当はもっとプレーンな状態でいいはずなのに、自分の中で勝手に育ったイメージの大きさや派手さを求めてしまう。だからそこはもう、永遠のテーマでもあるんですけどね。

ついこのあいだもそんな話を永積くんと喫茶店で5時間くらいしていました(笑)。どうしてもその時の状況から発生する不安に打ち勝とうとして、うわーっとやってしまうんですけど、一方で十代の頃にひとりでポロンとやっていた感覚に戻っていかないと、何かが繋がっていかないんでしょうね。

――それは表現として?

表現というか、何でしょう……。自分自身の圧力というか、それによってもともとあったものが変わっていってしまうので、取り戻そうとしても、なかなかそれを許してくれない自分がいるというか。あくまで自分自身の中の問題ではあるんですけど。だから弾き語りをやりたいと思っても自信がなくてやれなかったんですよね。え、やってなかったの?って言われることもあるんですけど、どこか避けていたところもあったんです。

一緒に多くの曲を共作している御徒町(凧)も「それ(弾き語り)って最終手段だよね」っていう考え方でもあったので。ただ、最終手段ではあるんだけど、もっとも純粋な形だとも思うので、やっぱりそこにもっと自分なりに向き合わないとダメだよなって思っている中で、今年の春から始まった一〇〇本ツアーの前篇として弾き語りをやってみようと思ったんですよ。

それはもう自分には失うものはないし、恥をかいてもいいからやってみようと。あとはリハビリという側面もあったかもしれないですね。大きい表現をこの20年やり続けてきたので。

だけどどこかで体が、というかメンタルの部分で拒否反応をしているところもあったんです。ぶっちゃけて言うと、軽度の発声障害みたいな感じもあったりして。わーっと出そうとするとブレーキがかかっていつも出るはずの音域の声がかすれてしまうっていうことがあったんですよ。でも、僕はうれしかったんです。

――そうなったことが?

そう。体に反応が出ないまま、根性とか忍耐でやれていってしまうと、あるとき突然声が出なくなっちゃうだろうなって思ったんですよね。そこからじゃあどうするのっていうところで、声帯を鳴らす今までの発声をもう一度見直そうと思いました。

まずは空気が循環して、それが声帯を震わすという発声方法にすることと、あとはできるだけ歌のトーンをミニマムにしました。それが奇しくも永積くんが言っていた、あるいはスタッフや家族が言っていた、あるべき直太朗の状態、いい直太朗の状態だったんです。

だからもう、タイミングとしか言いようがないですよね。20年やってきて、いろんなものが一致してあるべき地点に帰結した。それが弾き語りの前篇ツアーだった。そこから『原画』をつくるという衝動につながっていくんですから。もし弾き語りのツアーができていなかったら、『原画』にはたどり着いていないと思います。

――なるほど。繋がっていますね。

ツアーの準備をしながら、すごい不安なんですよ。下手っぴだし。なんだけど、周りの何にも合わせなくてもいいし、自分の間合いで音楽と向き合える――この自由を忘れていたなって思いました。

自分の性質として、どうしても人に合わせてしまうようなところがあって、でももっと我が儘でいいんだっていうことに気づけましたし、この味を一度しめてしまうと、もう収集がつかなくなっちゃって(笑)。

――弾き語りの前篇、そして中篇ではブルーグラス・スタイルでのライブで、今行っている後篇ではバンド・スタイルと、その歩みはまさにご自身を再生していくようなプロセスが詰まったものですよね。

そうですね。ひとりから始まって、気づいたら仲間がいて、そしてまたひとりに戻る――それが人生のような気がします。

――その道筋でやったからこそバンド・スタイルのライブにも違和感はない?

最初に前篇で弾き語りをやったことが全てと言ってもいいですよね。もしこれがいきなりバンドでホールのライブをやっていたら、まったく違うものになったと思います。バンドでしかできないことをやっているんですけど、きちんと自分のものでもあるという感覚でできていますね。今は自分のコアがちゃんとあって、偽りのない状態でステージに立てています。

ある意味不完全なものでいいと思ったんですよ

――『原画 I』『原画 II』に向かう中で前篇の弾き語りのライブがきっかけになったということでしたが、まずはどのようなところから始まったのでしょうか?

とにかく録ってみようということでしかなかったですね。そうして録ったものをリリースするのかどうするのかは、その後で考えようという感じでした。 そもそも20周年ということで、レーベルのスタッフさんからは、ベスト盤をリリースしませんか?という提案をいただいたりしていたんですよ。けど、ベスト盤は15周年で出したというのもあって、今回はいいんじゃないですかね、という感じだったんですよ僕的には。

「素晴らしい世界」という曲と、それが表題となったアルバムができたことで、充分20周年の活動の道標になるなという手応えもあったので。それで、どこかのタイミングでアルバム『素晴らしい世界』に収録されている曲たちのデモを事務所のスタッフで聴く機会があったんですよ。「これはこんなふうな感じが原曲になっているんだよ」なんて僕が説明をしながら。そしたら、スタッフの中のひとりが、「こういうのを聴きたいんですよね」って言ったんです。ああ、そうかと思って。新しいアルバムの曲はもちろん、今までの曲も弾き語りで録音したことはなかったなと。それがベスト盤なのかどうかはわからないけど、弾き語り集として今の自分が向き合いたい曲を集めたものを出すというのはどうだろうって僕の方から提案したんです。

すぐに、それはいいですねって話になって、4月くらいにレコーディングしようと思ったんですけど、6月からの弾き語りのツアーもあったし、夏から始まるブルーグラス・スタイルの準備も同時にしなければいけないし、こんなにバタバタした中で弾き語りを録音するのはちょっと本末転倒だなと思って、結局9月になったんですよ。

――構想から実際に録るまでが結構空いたんですね。それがいいふうに作用したんですか?

そうなんです。それがさっき言ったことに繋がっていくんですけど、前篇の弾き語りのツアーを20本ほどやったことによって、曲の理解が演奏とともに格段に深まったんですよね。その状態のままレコーディングすることができたので、おそらく、もし4月の時点で録ったものがあったとして、それと比べたら、また全然違ったものになっていると思います。

――録音する場所は当初からこの山小屋だったんでしょうか?

そこはいろいろ候補がありましたね。北海道にいい感じのスタジオがあるからそこに行ってとか、都心のスタジオでとか、いろいろ考えました。だけど、スタジオに行って録音するってなると、そもそも考えていたことと違ってくるかもなって思ったんですよね。今僕が考える弾き語りの良さが出ないというか。ほら、こんなふうに(と言って、窓の外を指差す。どこからか犬の鳴き声が聞こえる)。歌うことが特別なことではないというか、生活と並列にある行為として録れたらいいなと。そうすると、この山小屋の時間の流れ方がぴったりと波長に合うんですよね。

ひとりだけ気心しれたエンジニアの方と――デビューの頃から一緒にやっているんですけど――ここで語らいながら、果物でも食べながら(笑)、気の向いた時に歌うっていう感じでやりました。例えばエンジニアの彼が買い出しに行っている時に、ちょっと歌ってみたり、そういう時間の間(はざま)にある感じを掴み取りたかったし、本当に歌いたい時に歌った歌を残したかったんですよね。もしレコーディングブースがあったり、もっといろんなスタッフがいて、「じゃ、お願いしまーす」って言って歌うのとは全然違うじゃないですか。

――そうでしょうね。それこそシャツ1枚着ることになりますよね。

そうそうそう。どうしても着ちゃうんですよ。これもまた不思議な話なんですけど、そういった自然な時間というのを作ろうとするとなかなかそうならないんですよね。だからもう生活と一緒にするしかなかったんですけど。そうやって音楽と共にあると、止まらなくなっちゃうんですよ。本当は12、13曲くらい録れたらいいなと思ってたんですけど、気づいたらその倍録れてたんです。

――それでIとIIの2枚になったんですね。

出し惜しみじゃないけど、Iを出した後に絶対IIを出したくなるから(笑)、それだったら同時にということで。

――曲に関しては、その時のモードでやりたい曲をやっていったということだと思いますが、IとIIに振り分けるときの線引きというのはどこかにあったんですか?

ありますね。ともすれば弾き語りで表現された曲って、プレーンでシンプルなので、同じように聴こえるかもしれないんですけど、僕の中でははっきりとした色分けがあるんですよ。これはごく個人的な想いからつくった曲、これは語り部として物語を紡いだ曲、みたいに、この曲とこの曲は共存できるけど、この曲はできないな、という感じですね。

やっぱり今回はアルバム単位での発売になるので、曲順がものすごく大切になるなと思ったんですよね。サブスクへの配信があったらそこまで曲順にこだわらなかったと思うんですけど、今回はCDのみなので、曲順に関してはとことんスタッフとも話し合いました。

――ある程度そこを自分以外の人に任せられたというのも、あるいは『原画』という作品だからなのかもしれませんね。

本当にそうですね。だから、ある意味不完全なものでいいと思ったんですよ。鳥や犬の鳴き声や木々のざわめきが歌と一緒に入っているのもそうですし。それと今回のパッケージは、僕が普段使っているノートを忠実に再現したものなんです。

そこに落書きのように思いついた言葉を書いたりスケッチしたりしているんですけど、なので歌詞カードも全部僕の手書きです。書き損じも含めて(笑)。録音されている音もそんな感じで、ものすごくパーソナルな手触りのものですね。まさにこんな感じですよ(そう言っておもむろに手元のテレコのスイッチを押すと、未発表曲のデモ音源が流れ出す)。これは2013年にテレコを回して録ったものですけどね。横には御徒町なんかがいて。本当にこういう時間の流れの中で録ったものが今回の『原画』です。

――今聴かせていただいたものはデモとしてあって、そこから作品になっていくというプロセスを経るわけですが、今回の場合は逆ですよね。つまり何が言いたいかというと、もう作品になった以上、デモには戻れない。

そこが実は一番面白かったところなんですよ。意識的にデモに近い小さな作品としていかにつくるかというのがチャレンジとしてはすごくやりがいがありました。おっしゃったように、これ(デモ)には戻れないんですよね。かと言ってオリジナル音源でもなく弾き語り作品ということで、どういう価値を見出していくかということは相当意識しました。そういう意味で、さっき触れたパッケージやジャケットというのは、そのあたりの価値観というものをうまくすくい上げているんですよね。

つまり、実際に僕が使っているノートと同じような作りにはなっているけど、実物ではない、レプリカだよ、という。今言っていることが宣伝文句的にどうなんだろうとは思うけど(笑)、でも僕にとって、その関係ってすごく大事なんですよね。というのも、今までここを表現することができなかったから。ここを避けて通ってきていたから。

――デモと最終的に形になった作品、その間にあるものとして今回の『原画』を理解すると、弾き語りの意味も含めてとてもわかりやすく腑に落ちるものがあります。

やっぱり元にあるエネルギーというものをダイレクトに感じる作品だし、今後ものづくりをしていく上で、そこを感じながらやっていくことでかなり違ったものになっていくだろうなと思います。

一番説明がしやすくて、だけど一番わかりにくい作品という感じがしています

――今回収録された各曲と向き合う中で、気づいたことは何かありましたか?

「生きとし生ける物へ」とか「さくら」とか、あんまり弾き語りでは歌わないんです。ましてやひとりでいる時にポロンと歌うような曲でもないし。そもそも大きな表現を必要とする曲なんですよね。だけど、そういう付き合いが古くて何百回と歌ってきた曲ほど、とっても新鮮に歌えたんです。

特に「さくら」を歌っている時に、「こんな声出るんだ」って自分で驚いたくらいですから。だから今までどれだけ自分で用意した型に自分をはめていたのかっていうのがわかりましたよね。今こうやって話をしているトーンで歌う「さくら」は全く違う景色でした。

――たしかに、聴いたことのない「さくら」がここにありますよね。

“聴いたことのない「さくら」がここにある”――いいパンチラインをありがとうございます(笑)。でも押し並べてそんな感じなんですよ。

この『原画』に収録されている曲たちというのは。もしかしたら、歌い手としての自我が限りなく小さい状態で歌ったものなのかもしれないですね。ここはこういうふうに聴いてほしいとか、ここはこういうふうに歌いたいんだっていう執着がないというか。でも僕ね、その執着は人一倍あったと思うんですよ。もう、こんなふうに歌えなきゃ死にたいとすら思ってましたから(笑)。今でもあるんですけどね。

何せ臆病な人間ですから。だからデモで歌っている何もない状態と人前でわーっと歌う状態とのギャップに苦しんでいたんですよね。でも今回、こういう作品を弾き語りで作れたということに、安堵しているというか、本当によかったなと思っています。あと15年くらいはやっていけるのかなと(笑)。

――AIさんに提供された「アルデバラン」のセルフカバーが収録されています。これができたのも、今おっしゃったようなモードと関係しているのでしょうか?

どこかで自分が歌う時がくるんだろうなとは思っていたんです。AIちゃんと一緒にテレビ番組で歌ったことが1回だけありましたけど、個人で歌ったことはなかったんですよね。でもそれに関しては、僕の中ではどう転んでもよかったというか。スタッフからの強い要望があったんですよ。「アルデバラン」は絶対に入れてほしいって。

――原曲と完成された曲との間にあるものを、他の人に提供した曲だからこそ最もその違いを感じられる楽曲かもしれませんね。「アルデバラン」はこんなふうに直太朗さんの中にあったのかと。

ああ、そうかもしれませんね。スタッフがどうしてそんなに力強くゴリ押してくるのか全くわかってなかったけど(笑)、そうか、そういうことかもしれませんね。

――逆にと言うか、「素晴らしい世界」は最初からこの曲だけは『原画』としてあったんだなと思いました。

そのとおりですね。『原画』の概念って何?って言う話でもあるんですけど、ライブで歌っても、ここで歌っても、アルバムに収録されている作品も、そこには強烈な陰影やトラウマが宿っているので、歌ったらあの時にすぐ戻るんですよ。

アルバムに入っている「素晴らしい世界」のテイクって、コロナから復帰して、けれどヘロヘロの状態で歌ったものをそのまま音源として収録したんですよ。だから個人的には全然納得のいっていないものなんですけど、でもこれはうまく歌ってもしょうがないよなって思ったんですよ。

気管がボロボロになっている時に、ハアハア言いながら歌っているのがこの曲のアイデンティティーだから、俺のこだわりとか想定みたいなものを持ち込んだら、途端に曲の世界が張りぼてになっちゃう気がして。だから原画の中の原画というか。この曲に向き合った瞬間、重たい気持ちになるんですよね。

どこまで行っても終わらない闇の世界というか。あと、ピアノの弾き語りというのも大きいと思いますね。僕にとっては不自由な楽器ですから。宿命的に表現が大きくならないというか。あの不自由さとたどたどしさが、主観的には不安なんですけど、そこに表現の本質が宿っているのかなと思いますね。

――ピアノの弾き語り楽曲は『原画 I』にもう1曲「さもありなん」という楽曲が収録されていて、これは新曲ですね。

そうですね。まだリリースもされていないんですけど。映画『ロストケア』の主題歌になっている曲で、映画で使われているバージョンではギターを弾いて歌っています。この映画バージョンのリリースは来年に予定しているので、それより先にピアノの弾き語りのものが出てしまうんですけどね(笑)。鮮度というか、これもまた作品になった曲と個人的に弾き語りをした作品との違いを楽しんでいただけたらと思いますね。

――この曲の指し示す方向と言いますか、ここで描かれている内容は、直太朗さんが一貫して描いてきたもののうちのひとつの大きな流れにあるものなのではないかなと感じました。我々は個人の記憶とは別に、共通の記憶というようなものを持っていて、どういうわけかそこで繋がっているんじゃないかという認識ですね。「声」や「夏の終わり」などが代表的なものだと思いますが。

みんなそれぞれの人生があって今という時間を生きているんですけど、そうじゃない何かというものがないと、自分の中で説明できない感覚があるんですよね。それは、ややもするとスピリチュアルな話になったり、荒唐無稽なものとして捉えられたりするかもしれないんですけど、だけど音楽の役割ってそういうところにあるんじゃないかなと思うんです。

ライブで調子がいいと、つい「来世でも会おうぜ」って言っちゃう(笑)、また会おうぜってことで。その“また”がずいぶん先にもかかっているんですけど、でもきっと来世や来来世で会うんですよ。僕がなぜ舞台表現を選んでいるのかとか、僕がなぜ曲をつくって体に響かせてそこで歌っているかっていうことに由来すると思うんです。たぶん、何かあるんです。ある種いろんなものを犠牲にしたり、自分の向き合いたくない部分と向き合ったり……他のことだとできないんですよね。

僕はあえて舞台表現って言っているんですけど、舞台に立つっていうことがとっても興味深いものとしてあり続けるんですよね。だからこれは、何かあったんだろうって。舞台に魅せられるということに譲れないものがあるんです。

そういったものが、それぞれの中にきっとあるはずなんですよ。向いているとか向いていないとかではなくて、理由はわからないんだけど好きとか嫌いとかっていう感覚や基準でものをつくったり人と出会ったりするんだろうし、僕自身もようやくここ2、3年くらいでそういう根源的な動機で創作に向かえるようになってきましたね。でも、答えは絶対にないんですよ。

この旅(人生)はこれで終わると思うんですけど、また懲りずに何かになって何かをするんじゃないか私の魂は――そういう感覚があるんですよね。それがどうしても作品性に出ちゃうんでしょうね。

――引いては、自分はどうして生まれてきたんだろう?っていう根源的な問いへ音楽と舞台表現で向かっているのが森山直太朗というアーティストなんだろうなと思います。そして、この部分が最も原初に近い形で作品になっているのが、この『原画』であると。

そうですね。一番説明がしやすくて、だけど一番わかりにくい作品という感じがしています。なんでこんなものになったんだろう?って。名前のつけようのないものというか。だって、誰からも求められずにできちゃってるものなので。別にテーマやコンセプトのある作品ではないし、その前の段階で栞のように編んでいったものというか、そういうコンセプト、みたいなメタ構造になっているとも言えますね。

――『原画 I』『原画 II』をつくったことで感じたもの、見えたものは何ですか?

それは……アルバムってこんなストレスなく作れるんだっていうことですね(笑)。

――はははは。

ブックレットやMVはいろんなアイデアや手間がかかったものにはなっていますけど、レコーディング自体は、先ほども言ったように生活と一体化していたので、効率という点ではこれ以上ないくらいよかったんですよね。アレンジャーやほかのミュージシャンが関わることもなく、とってもソリッドで個人的な感覚のみでつくれましたからね。

ただ、簡単にできたかと言うと、いろんな葛藤もあったんです。どうしても作為的になってしまう部分もあったので。だけど、1回波長が合ってしまうと、本当にするするとできてしまったんですよね。そういう経験から、心と体の生理に従うっていうのは大事なんだなと思いました。

自分が本当はおかしいと思っているのに、「おかしい」って言わなかったことに対して、自分のリスクで、自分の責任のもと、そこに言及して、そういう部分を削いで削いでつくったものが、この『原画 I』『原画 II』なので、ここからまた何かが始められるのかなという気持ちになりましたね。

――だから、実際の制作期間は数カ月なのかもしれませんが、実質今まで生きてきた40数年間丸ごとかけて到達した作品なんでしょうね。

本当にそう(笑)。こんな素揚げみたいな作品って、かっこ悪いと言えばかっこ悪いんですよね。たぶん、美術展で飾られている何かの作品のデッサンも、その作家さんが見たらちょっと恥ずかしかったりするんじゃないかな。

でもだからこそ、そこから浮かび上がってくるもの、透けて見えるものっていうのがやっぱりあって。それが、そのアーティストにとって彼や彼女が何を大切にしているのかっていうことなんですよね。僕の『原画』も、まさにそういうもので、混沌としてたり、ドロドロしている部分も反映されているんですけど、そこも含めてシンプルで力強いものになったなと思います。

――そういう作品であればこそ、サブスクではなくフィジカルの作品で、かつ、ライブ会場での直販のみというのも、ある意味でロジカルだなと、筋が通っているなと思いました。

今回は、そうやって届けることが合っているし、これしかないよなと思いました。自分がつくったものを直接目の前の人に届けるという根源的な大切さを、この作品が改めて気づかせてくれたという点も20年やってきた今、僕にとってすごく大きな意味を持っているんですよね。そうやって考えると、この『原画』というものは単純に音源の入ったCDというわけではないんですよ。実際に手にとってもらえればわかるんですけど、ノートにCDが付いてる、みたいなものなんですよね。とにかく森山直太朗を知ってもらいたい。そういうためのものなんです。

Text=谷岡正浩
Photo=山本佳代子

▼アプリ限定カットあり

<リリース情報>
森山直太朗弾き語りベストアルバム『原画 I』『原画 II』

20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』会場にて限定発売中

●『原画 I』3,000円(税込)

『原画 I』

■『原画 I』収録曲
01. 人間の森
02. さもありなん
03. 金色の空
04. 花
05. レスター
06. 声
07. ラクダのラッパ
08. 君は五番目の季節
09. 今
10. いつかさらばさ
11. 生きてることが辛いなら
12. さくら
13. 土曜日の嘘

■『原画 II』3,000円(税込)

『原画 II』

■『原画 II』収録曲
01. 日々
02. 泣いてもいいよ
03. アルデバラン
04. 青い瞳の恋人さん
05. 愛し君へ
06. 素晴らしい世界
07. papa
08. あなたがそうまで言うのなら
09. カク云ウボクモ
10. 生きとし生ける物へ
11. どこもかしこも駐車場
12. 夏の終わり
13. 群青

【弾き語りベストアルバム『原画Ⅰ』『原画Ⅱ』会場購入特典】
・20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』<前篇追加>公演限定お渡し会を実施
・『原画Ⅰ』『原画Ⅱ』を2枚同時購入で、『原画』オリジナルポストカード2枚セットをプレゼント
詳細は『原画』特設サイト
https://naotaro.com/genga/index.html

森山直太朗「原画」MV

<ツアー情報>
自身最大規模となる“全国一〇〇本ツアー“
『森山直太朗 20thアニバーサリーツアー「素晴らしい世界」』
2023年1月17日の宮城公演から、2023年秋の最終公演までの各会場で『原画Ⅰ』『原画Ⅱ』を会場限定販売。
この度、2023年5月27日(土)富山・クロスランドおやべ の公演も追加で発表!
※終了分は割愛

■素晴らしい世界<前篇追加>
2023年1月17日(火) 宮城・日立システムズホール仙台 コンサートホール
2023年1月21日(土) 福岡・キャナルシティ劇場
2023年1月25日(水) 東京・めぐろパーシモンホール
2023年2月4日(土) 愛知・三井住友海上しらかわホール
2023年2月5日(日) 大阪・住友生命いずみホール
2023年2月18日(土) 徳島・阿南市文化会館 夢ホール

■素晴らしい世界<後篇>2023
2023年2月25日(土) 神奈川・神奈川県民ホール
2023年3月4日(土) 宮崎・都城市総合文化ホール 大ホール
2023年3月5日(日) 福岡・福岡サンパレス
2023年3月11日(土) 滋賀・八日市文化芸術会館
2023年3月12日(日) 大阪・南海浪切ホール
2023年3月19日(日) 群馬・藤岡市みかぼみらい館 大ホール
2023年4月1日(土) 京都・ロームシアター京都 メインホール
2023年4月8日(土) 静岡・静岡市清水文化会館マリナート 大ホール
2023年4月15日(土) 栃木・宇都宮市文化会館
2023年4月16日(土) 東京・J:COMホール八王子
2023年4月21日(金) 岡山・岡山市民会館
2023年4月22日(土) 愛媛・松山市総合コミュニティセンター・キャメリアホール
2023年4月29日(土) 三重・シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢
2023年4月30日(日) 愛知・愛知県芸術劇場 大ホール
2023年5月4日(木・祝) 大分・J:COM ホルトホール大分
2023年5月5日(金・祝) 長崎・長崎市民会館
2023年5月7日(日) 大阪・フェスティバルホール
2023年5月13日(土) 山口・山口市民会館
2023年5月14日(日) 島根・島根県芸術文化センター グラントワ
2023年5月20日(土) 長野・上田市交流文化芸術センター サントミューゼ
2023年5月21日(日) 新潟・上越文化会館
2023年5月27日(土) 富山・クロスランドおやべ ★後篇追加
2023年6月3日(土) 宮城・東京エレクトロンホール宮城
2023年6月4日(日) 福島・喜多方プラザ文化センター せせらぎホール

※ツアースケジュールは随時更新されますので、ツアー特設サイトをご確認ください。
※チケットのお申込み方法・詳細はツアー特設サイトをご覧ください。

ツアー特設サイト:
https://naotaro.com/subarashiisekai/

関連リンク

森山直太朗 オフィシャルサイト:
https://naotaro.com/

森山直太朗 Twitter:
https://twitter.com/naotaroofficial

森山直太朗スタッフ Twitter:
https://twitter.com/naotaro_staff

森山直太朗 Facebook:
https://www.facebook.com/NaotaroMoriyamaOfficial

森山直太朗 TikTok:
https://www.tiktok.com/@naotaro76

森山直太朗 UNIVERSAL MUSIC オフィシャルサイト:
https://www.universal-music.co.jp/moriyama-naotaro/

森山直太朗 YouTube:
https://www.youtube.com/channel/UCy8x8bq_4PSAKd3--r73VOA

森山直太朗のにっぽん百歌:
https://www.youtube.com/channel/UC9c7vb0MeSSnj7keLv1WZuw