Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
ぴあ 総合TOP > ぴあ映画 > “ここに流れる時間”を描く。是枝裕和監督が語る『舞妓さんちのまかないさん』

“ここに流れる時間”を描く。是枝裕和監督が語る『舞妓さんちのまかないさん』

映画

インタビュー

ぴあ

撮影現場の是枝裕和監督と森七菜

続きを読む

フォトギャラリー(14件)

すべて見る

是枝裕和監督が総合演出を務めるNetflixのオリジナルシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』が配信されている。本作は京都にある舞妓さんたちが共同で生活する屋形(やかた)を舞台に、彼女たちにごはんをつくる“まかないさん”になった女性キヨと、その親友で舞妓になろうと奮闘する女性すみれの日常を描いた作品だ。

是枝監督は本作のために京都を取材し、主人公たちが成長していくドラマを描きながら、同時に彼女たちが生活する京都の花街に流れ、長年に渡って積み重なってきた“時間”を丁寧に描き出している。

本作の原作は週刊少年サンデーに連載中の小山愛子の人気コミック。舞妓さんたちのために特別ではないけれど“普通で最高”のごはん=まかないをつくるために奔走するキヨ、舞妓として“百年にひとりの逸材”と期待されるすみれ、屋形の女将さん(おかあさん)と、先代の女将さん、すみれと同じく舞妓として修行に励む女性たちの様々なエピソードが描かれる。

本作では是枝監督が1、2、5話を、『十年 Ten Years Japan』の一編を手がけた津野愛監督が3、4話を、『僕はイエス様が嫌い』の奥山大史監督が5、6、7話を、『泣く子はいねぇが』の佐藤快磨監督が8、9話を監督し、それぞれの監督が自身の担当エピソードで共同脚本と編集も務めている。

是枝監督はさらに“総合演出”も担当したが「相談にはのるけど、決定権はそれぞれの監督にある。それは最初から決めていました」と振り返る。

「トータルの統一感はこちらでとるようにするけど、監督それぞれの個性を潰すようなことはしない、ということです。なので、各監督には作品全体の統一感、キャスティング、スタッフィング、屋形(やかた)をどういうものにするか、という話し合いにも参加してもらっています。そこでしっかりと世界観を共有しつつ、全話の流れを僕がつくって、ディテールは撮影現場で変えてもかまわないから、前後に影響が出るような場合は相談しながらやっていきましょう、という感じですね」

監督たちは是枝監督も所属している制作者集団「分福」の周辺で活動しているが、キャスト同様、監督もすべてオーディションで選ばれたという。

「この企画が動きはじめる頃、分福の周囲の若手の監督たちがいきなり長編を監督するのは難しいだろうから、場数が踏めるといいんだろうなとは思っていたんです。そこで演出のワークショップなどもやり始めていたので、その流れでこの作品に関心のある俳優さんに集まってもらって、役者のオーディションと、監督のオーディションも兼ねたかたちで進めていきました」

ポイントは本シリーズの監督は4人いるが、共同脚本の砂田麻美、撮影監督の近藤龍人、美術の種田陽平、フードスタイリストの飯島奈美、音楽の菅野よう子ら主要スタッフは全エピソード共通で担当していること。まだキャリアの浅い若手監督たちがこの布陣で撮影に臨めることはなかなかない。

「そのことは最初から意識していました。だから最初の段階から近藤さんには『話によって監督は変わるけど、全体のトーンは近藤さんに整えてもらいたい』とお願いしていましたし、僕は途中で(自作の撮影のために)韓国に行くことになっていたので彼に託した部分はありました」

とは言え、作品全体の構成、世界観の構築などは是枝監督の担当。まず最初に原作を読み、実際に京都に取材に行くところから創作が始まったという。

「京都は“一見さんお断り”のところが多いんですけど、ツテをたどって関係者の取材をさせてもらい、ある屋形を紹介してもらいました。そこに1日いて、通いのまかないさんがいたんですけど、まかないさんの家にもお邪魔して、その方が買い物に行って、料理をつくるまでもすべて見て、そこに男衆(おとこし)さんが来て着付けをして……というのを見ていたときに『ああ、これは面白いな』と思ったんですよね。

最初に面白いと思ったのは“電話”だったんです。電話の前に連絡先を書いた紙が貼ってあったんですけど、ぜんぶ3桁の内線番号だったんです。要するに彼女たちの暮らしはすべてが“ここ”で完結している非常に小さな世界で、その中で互助会的な役割も果たしていて、他人の領域には踏み込まないようになっていて、お茶屋さんは料理はつくらないとか……明快なんですよ。

役割はハッキリしているけど、お互いが支え合っていて、それらが内線でつながっている。コロナになって人の生活がどんどん外に向かわなくなった時に取材に行ったので『これから僕らが向かう世界のひとつの完成形が300年前からここにあったのか』と。もちろん、この暮らしで自分が現在の仕事をやっていけないことはわかっているんですが、何かのヒントになると思ったんです」

花街の屋形は、修行中の“仕込みさん”や、舞妓さん、芸妓さん、屋形を切り盛りする女将さんが同じ建物で共同生活を送っている。女将さんが“おかあさん”と呼ばれることからもわかる通り、屋形の中の人間は家族も同然。しかし彼女たちに血縁関係はなく、支え合う関係ではあるが、いち舞妓・芸妓としてはお互いがライバルでもある。

「家族的な共同体ではあるけれど、そこで集まっている人たちのあり方は実際の家族ではないから、“ユニオン”的ではありますよね。それも最初の取材の中で発見したことなんです。このような世界があり、その中心には屋形という血縁関係のない女性だけの共同体があって、もちろんそこには問題点はいろいろあるけれども、それを克服しようとしている人たちがいることもわかった。その時に『それではこの作品をやってみよう』と思えたんです」

創作の過程でたどり着いた「時間の輪の波紋が広がっていくようなイメージ」

これまでの是枝作品は“家族”を繰り返し描いてきたと言われるが、本作では血でつながった家族ではなく、同じ世界や職域を共にする“ユニオンのような共同体”が物語の中心に据えられている。さらに原作には登場しないオリジナルキャラクターとして、女将・梓の実の娘・涼子が登場することで“血縁のない家族的な関係”がさらにクッキリと浮かびあがる。

一方で本作は春に青森からキヨとすみれが京都にやってくる場面から始まり、エピソードを積み重ねていくうちに季節が春から夏へ、葉が色づく秋へ移り、お正月を迎え、再び京都に春が訪れるまでを描いている。

「ある場面で、登場人物がこの街の時間の話をする場面が出てくるんです。このシリーズが描いているのは共同体なんだけど、その背後に積み重なっている時間の方がむしろ主役で、その視点さえ忘れなければ、むしろ何をしてもいいと思っていました」

京都の花街では暦が生活の中で重要な役割を果たす。季節が変われば食べるものが変わり、気候が変われば室内の装具を入れ替える。新しい年を迎え、桜が咲いて、陽が長くなり……のサイクルを繰り返しながら、そのサイクル=輪の中で暮らす人々も成長し、同じことをしているはずなのに去年とは違う立ち位置にいたり、役割が変わったり、心の内が違ったりする。この“円環する時間”こそが『舞妓さんちのまかないさん』の真の主役なのかもしれない。

「彼女たちの時間も同じ着地はしないんだけど、少しずつ大きな輪になっていくイメージでいました。時間の輪の波紋が広がっていくようなイメージで考えていたんです」

ちなみに是枝監督の作品で“円環する時間”と聞いて『海街diary』を思い出した人も多いのではないだろうか。

「暦の問題というか、生活が四季の中にあって、季節ごとに食べるものが決まっていたりする。そんなことを考える中で、かなり初期の段階から『“海街”の設定を徹底するとこうなるんだろうな』とは思っていましたし、その面白さはつくる中で意識しました。だから自分の作品の中で一番参考になったのは『海街diary』で、“ここに流れる時間”を描きたいとは思っていました」

季節がめぐり、1年を経てまた同じ花が咲く“円の時間”と、人が成長していく中で、もう2度とあの時には戻れないと感じる“直線の時間”、そして成長したからこそ同じことをしているのに感じ方や役割が変わる“波紋のような時間”が本作には流れている。なお、是枝監督はこのことを他の監督たちには明確には伝えていないという。

「確かにこの話はしてないですね。そういうことは強要しないんです。これだけの役者と、これだけのセットがあれば、いくらでも面白い話は描けるわけじゃないですか。だから、監督それぞれが勝手に筆を走らせてくれて構わないし、僕とは違うものを見つけてくれてもいいと思ってました」

しかし、完成した作品を観ると、是枝監督が演出を担当していない回でも、積み重なってきた時間や暦に関するエピソードやアイテムが繰り返し登場しているのが興味深い。

『舞妓さんちのまかないさん』は、これまで是枝監督が描いてきた題材をある部分はしっかりと引き継ぎ、同時にそれぞれが独立し、個性のある4人の監督の語り口を楽しめるシリーズになった。最後のエピソードが終わっても、また季節はめぐることになるだろう。

「だからもし、シーズン2ができるとしたら、今度は彼女たちが暮らす世界の側が変化していく、そうなった時に彼女たちはどうするのか?という話をやりたいと思っています」

Netflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』
Netflixにて全世界独占配信中
(C)小山愛子・小学館/STORY inc.

フォトギャラリー(14件)

すべて見る