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【おとなの映画ガイド】オスカー最有力候補に急浮上した”エブエブ”、驚きの魅力──『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』 (C)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

正月映画シーズンも終わり、いよいよバレンタインムービーと映画賞の季節です。これから2週間のうちに公開される注目作をあげると、

●2月第1週の週末(2月3日〜4日)
豊川悦司が池波正太郎原作の梅安に挑む『仕掛人・藤枝梅安』、サンタクロースが強盗団と鉢合わせる『バイオレント・ナイト』、地上600mの鉄塔頂上でのサバイバル『FALL/フォール』、北村匠海&中川大志W主演の青春ドラマ『スクロール』、安楽死と家族という重いテーマを描く『すべてうまくいきますように』

●2月第2週の週末(2月10日〜11日)
狂乱のハリウッド黄金時代をブラッド・ピット主演で描くオスカー候補の1本『バビロン』、鈴木亮平&宮沢氷魚主演のラブストーリー『エゴイスト』、事故で落下した地底からの脱出『#マンホール』、チャン・イーモウ監督初のスパイサスペンス『崖上のスパイ』と、傑作、話題作がならびます。

今回は、25日(日本時間)に発表された米アカデミー賞ノミネーションの中で10部門11の最多候補数となった、いま世界の映画ファン注目の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を、3月3日(金) の公開ですが特別に先取りしてご紹介します。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

昨年から米映画賞レースでアジア系の変な作品が注目されているとうわさになっていた。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』、日本の映画業界やネットでは短縮して“エブエブ”と呼ばれる。アメリカ大手映画会社の製作ではなく、独特の個性的な作品を連打するA24というインディペンデントの作品。今年に入って、前哨戦と言われるゴールデングローブ賞でも主演女優賞でミシェル・ヨー、助演男優賞でキー・ホイ・クァンが受賞。オスカーでも台風の目のような存在だ。

さて、そういう話題作がどんなものかと観てみると──これがとんでもなくぶっとんだ映画。

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』のように、同時間にこの世界とは別の世界が存在するマルチバース(多元宇宙)のSF。次元を超える極悪の存在にスーパーヒーローが立ち向かうって内容だが、主人公はごくふつうのおばさん、武器はカンフーというのが特徴だ。

アメリカのとある街で、コインランドリーを家族で営んでいる中国系の夫婦。税金の申告に問題ありと国税局に呼び出され、「なんでコインランドリーの経費にカラオケの領収書が入っているんだ!」とか、ねちねちしぼられているときに異変がおきる。妻のエヴリンの意識のなかに、突然、男性が入り込み、「全宇宙にカオスをもたらそうとしている強大な悪がいる。その悪に立ち向かえるのは君だけだ」と宣告する。その男性は、どうみても豹変した夫のウェイモンド。別宇宙から来たらしい。なんのことやら訳わからんエヴリンだったが、そのときから、地球を守る闘いに参戦することになる……。と強引、というか唐突に、なんの必然性もなく、平凡な主婦が世界を救うドラマが始まる。

エヴリンはその夫に激似の男性から“バース・ジャンプ”というテクニックを伝授される。「最強のヘンな行動」をとることで異次元にいる自分とリンクができるようになる。彼女自身、別次元では、カンフーの達人であるアクションスターだったりする。その次元の「私」のパワーを借りて強大な悪“ジョブ・トゥパキ”に立ち向かうことができる。さあ、そこからコインランドリーや国税局といったエヴリンをとりまく日常の場と、異次元世界での闘いが入り乱れていく。それだけでなく、夫や父親、娘、国税局の役人までも、異次元世界では別のキャラクターとなって登場する。12の世界が様々に交錯するのだ。そのぶっ飛び加減がすさまじい。

エヴリン役はミシェル・ヨー。『グリーン・デスティニー』の女性剣士役でブレイクしたアジアを代表するアクションスター、現在ハリウッドで大活躍している。この映画、最初は男性が主役の設定で、ジャッキー・チェンがイメージされていたという。結果からみるとヨーの方が変幻自在でよかった。夫ウェイモンド役もアジア系のキー・ホイ・クァン。いまでこそ日本でいえば徳井優のようなおっさんイメージだが、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』や『グーニーズ』の子役からの名優だ。娘・ジョイ役は新人のステファニー・スー。そして、税務署の役人役が『ハロウィン』などの絶叫クイーン、あのジェイミー・リー・カーティス。まさかの老け役だ。この4人がオスカーでも主演女優賞、助演男優賞と、助演女優賞ではダブルノミネートされている。

アップテンポな展開の中のゆるっとしたギャグ、ぎりぎり下品なユーモアセンス。この独特の世界を作り上げたのは1988年生まれのダニエル・クワンと87年生まれのダニエル・シャイナートのコンビ。ふたりあわせてダニエルズ、だそうだ。彼らが監督し「ハリー・ポッター」のダニエル・ラドクリフが出演して作ったのが『スイス・アーミー・マン』。ゾンビのような水死体(ラドクリフが演じている)からでるおならのような腐敗ガスを水上バイクのように使うなんてブラックな設定だった。その毒気がこの作品でもさらに強化されている。

わかりやすい表現ばかりではないが、グイグイ引っ張っていってくれ、全編あっけに取られているうちに、とんでもない終焉に向かう元気な作品だ。

観終わると、細部をもう一度観返したくなる。あちこちに伏線が隠れている。例えば、エヴリンが遭遇する多元宇宙の12のキャラクター。これも一見脈絡がなくみえるが、それぞれ、運命の分かれ道でエヴリンが選ばなかった人生、なのかも知れない……と考えると多元宇宙というやつ、なかなか奥が深い。ダニエルズのアカデミー賞脚本賞ノミネートもうなづけるし、受賞の可能性もある。単なる奇想天外な映画とあなどってはいけないのだ!

文=坂口英明(ぴあ編集部)

(C)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.