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映像なしのドキュメンタリー「音の映画」公開、日本語教室参加者と歌を作る記録

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「音の映画 Our Sounds 」ポスタービジュアル

ドキュメンタリー作品「音の映画 Our Sounds」が3月25日より東京のシアター・イメージフォーラムほかで順次公開される。

本作はアーティストのハブヒロシが、コロナ禍で失われつつあった豊かな生活を取り戻すために、岡山・高梁市の日本語教室に集まったメンバーとともに1つの歌を作り上げる様子を記録したもの。映像はなく、音声のみの作品となっている。YouTubeでは予告が公開中。また「不完全なふたり」「風の電話」の諏訪敦彦ほか、各界著名人からのコメントも到着している。

諏訪敦彦(映画監督・東京藝術大学大学院教授)

劇場に入ると、ステージの上にはスピーカーだけが置かれていて、スクリーンはなかった。しかし、映画が始まる。声が聞こえる。
ベトナム語や、少し訛りのある日本語や、片言の英語、フランス語が語る故郷の思い出や歴史、風景。川の音や、風の音、楽器の音、そして音楽が作られてゆく。映像はない。しかし、これを「映画」と呼ぶことが素晴らしい。見えることだけがイメージではない。音に包まれ、私たちはいつの間にか見知らぬその土地の空気を深く感受し、自らが映写機となって映像を投影するだろう。
そう、これは紛れもなく「映画」なのである。

沖啓介(アーティスト)

これはすごく楽しい「映画」で、しかも日本語、ベトナム語、英語などでできあがってみんなで歌う音楽も抜群。映画?フィールドレコーディング?ドキュメンタリー?とか思っているうちについついノってしまいます。

村岡由梨(映像作家)

これまで、「音のない映画」をいくつか観たことはあるが、「映像のない映画」を観たことは初めてかもしれない。これは、岡山にある日本語教室のメンバーが、言語の壁を超えてひとつの歌を完成させるまでを記録した、「映像のない」ドキュメンタリーだ。
最初はweb翻訳の力も借りながら、監督が文字通り手探りで言葉(歌詞)を探っている様子が記録されている。観ている私たちも、何も映っていない画面を観ながら、この映画が云わんとしていることを手探りで掴み取ろうとする。それは容易いことではなかったが、電車が通り過ぎる音や雨の音などに身を委ねる内、脳内に鮮やかなイメージが湧き始め、その数々のイメージが映像を観るよりもはるかに雄弁に感じ私自身とても驚いた。全く新しい映像体験だった。そして、「Our Sounds」というタイトル通り、気づけば私も彼らの輪の中に入っていたのだ。「仲間たち」のカタコトの日本語は、どこまでもピュアで温かい。彼らの体験を通じて語られた「日本」も温かさと優しさで溢れている。
ラスト、様々な言語が重なり合い・混ざり合ってひとつの歌が完成したのを聴いた時は、思わず涙するほど心が揺さぶられた。この歌を聴く為だけでも、一見の価値のある映画だと思う。

澤隆志(キュレーター)

もともと外国語は流暢でなく、ここ数年は母語までカタコト生活な自分がいちばんリラックスできるのは非英語圏の方とカタコト英語でコミュニケーションする時間だったりする。最近はタイ人とやってる。そこそこうまくいってる。そんな状況を知ってか、仲本さん(らせんの映像祭代表)に特別試写してもらったこの映画。試写といってもsound onlyなので真っ暗な部屋で聞くのもよし、僕は某女子大のカフェで再生。日本語教師でもある音楽家とベトナム、ミャンマーの技能実習生たちの対話によるvoices-songs-soundsの旅。共作した歌もステキだけど、前半のなにげない対話に、祖国の過酷な歴史、我ら元経済大国が強いる技能実習生制度の状況、その制度に直結した「ただしいにほんご」しか話せないもどかしさetcがにじみ出てきてなんともせつない気持ちになった。太平洋の向こうの国を想起できるか否か。

磯部真也(映像作家)

らせんの映像祭、オープニング上映作品のハブヒロシさんの「音の映画-Our Sounds」を鑑賞させていただきました。なんと驚きの映像のない音だけの映画!いやはや素晴らしい体験でした。この作品は岡山県高梁市の日本語教室に集まったベトナム人技能実習生達を中心とするメンバーがハブさんと共にハッピーな音楽を作っていくセルフドキュメンタリーです。楽曲の制作過程の他に、出演者それぞれのバックボーンや、日本での生活についての会話によって構成されています。この作品が映画であるかどうかは語られるべき面白いテーマだと思いますが、個人的にはこれを「映画」と言い切った事が重要なのだと思いました。何故ならそれにより「映像がない」という現象が生まれるからです。CDにせよ配信にせよ音声のみの表現形態としてリリースされていたらそれはありません。「映像がない」事で、鑑賞者の想像力もどこまでも遠くへ延びていきます。世界は広さを保ち続けながら、またその一方では出演者達の存在を非常に近く感じさせてくれます。映画における大きな要素が存在しない故に生まれた空間を体感する、という稀有な体験でもありました。とにかくめちゃくちゃ面白いのでこの上映をご自身の「耳」で体験してみてください!映画、映像好きの人達だけではなく、音楽畑、音楽好きの方々にもおすすめします!

幸洋子(アニメーション作家)

ハブヒロシ監督の「音の映画-Our Sounds」本当に素晴らしかったです。自分にとって本当に豊かなこととは何か、人と関わること、作るということに今一度向き合える、希望の感じる映画でした。旅に出よう!!!

四方幸子(キュレーター)

ベトナムの人たちの日本での体験、そして日本の人たちと一緒に音が生まれていくプロセス...芽生え炸裂するエネルギー!境界は、超えられる!声、音...いずれも印象的で、覚えやすく、心がこもってて、そして何より、優しい...。

菅原伸也(美術批評・理論)

ハブヒロシの「音の映画───Our Sounds」は音を通して世界の複数性を描き出している作品である。しかし本作は「音の映画」というタイトルの通り、映像はまったくなしで音のみで構成されている。そこでは、岡山県高梁市の日本語教室に集まった、ベトナムを中心とした海外から来た人々がハブヒロシのファシリテーションのもと一緒に歌を制作し、最後にそれを演奏し歌う。この歌は順にベトナム語、日本語、英語、フランス語で、それぞれの言語を母語とする人々によって歌われていくのだが、それら多様な言語をすべてきちんと理解できる人は観客にほとんどいないであろうし、「音の映画」であるためもちろん字幕もないので、少なくとも自分の理解できない言語で歌われた部分に関しては「意味のある言葉」ではなくただの「音」として聞かれることとなるだろう。しかし、歌が徐々につくり上げられていくプロセスをその前に耳にした上で、そうした知らない言語による歌を最後に聞くと、ただ理解できない雑音としてそれらを切り捨ててしまうことなく、依然として理解できないながらも、豊かな意味や響き、さらにはその背後に存在している、理解できないかもしれない他者の存在を否認することなく認めることができるようになるのである。

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