映画と決算 第5回 新生Netflix、インド系移民2世の女性がコンテンツ最高責任者に
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ベラ・バジャリア
創業者のCEO退任を発表し、新たなフェーズへ向かうNetflix。コンテンツ最高責任者(COO)にはインド系移民2世の女性、ベラ・バジャリアが就任した。従来の常識を打ち破り、世界各国で多様な番組作りを行ってきた同社を象徴する人事から、エンタメ業界の未来を読む。米ロサンゼルス在住のライター・平井伊都子の連載第5回。
文 / 平井伊都子
Netflixが打ち破ってきたエンタメの常識
2023年に入った最初の決算発表は、1月19日に行われたNetflixの2022年第4四半期分でした。上昇気流と乱気流が混じったジェットコースターのような1年を過ごしたNetflixは、突然の大きなニュースで新しい年を始めました。Netflix創業以来25年間CEOを務めてきたリード・ヘイスティングスが共同CEOを退任し、エグゼクティブ会長に就任。そして、CPO(プロダクト最高責任者)のグレッグ・ピーターズがテッド・サランドスと並ぶ共同CEOに格上げされました。また、すべてのコンテンツのクリエイティブ面を統括するサランドスと同じCCO(コンテンツ最高責任者)に、グローバルテレビ部門を率いていたベラ・バジャリアが就任しました。Netflixがこの先に向かう方向性を示したようなこの人事異動を中心に、「Netflixとはどんな企業だったのか?」を探ってみたいと思います。
1997年にカリフォルニア州で設立されたNetflixは、レンタルDVDを郵送するサービスで一躍有名になりました。このビジネスの発端は「ビデオレンタルの延滞料金をなくす」というものでした。1999年に始めた定額サービスでは返却期限も月間貸出本数の上限もなく、延滞料金も一切かかりません。当時、サブスクリプションモデルはスポーツジムや雑誌の年間購読にはありましたが、ビデオレンタルにアイデアを転換した目の付けどころはさすがです。通信環境の発展とテックビジネスの興盛を受け、2007年からストリーミング配信サービスを導入し、2013年には初のオリジナルシリーズ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」がスタートしました。映画監督のデヴィッド・フィンチャーが製作総指揮と、一部のエピソード監督を務めた政治サスペンスは、エミー賞主要賞を受賞した初のストリーミング作品となりました。今や珍しくなくなった1シーズン全話を一度に配信する“ビンジウォッチング(一気見)モデル”を、最初のオリジナル作品である「ハウス・オブ・カード」から徹底していたのです。もう最新話の放送を1週間待たなくていい、ドラマの視聴がテレビの放送スケジュールに縛られなくなる革命でした。その後も配信開始時から世界各国の言語で字幕と吹替を用意し、言語の壁によって生まれていたタイムラグを排除。Netflixのビジネスは、人々がエンタテインメントを楽しむ上での常識を打ち破ることで邁進してきたのです。
多国籍企業Netflixの行く末
ところが、この1年のNetflixの動きはどうでしょうか。パンデミックの揺り戻しを受けて契約人数が減り、コンテンツ制作スケジュールは大幅に狂いました。ウォール街はストリーミングサービスの成長の終わりを宣言し、どのサービスの株価も下落しています。それにより、Netflixは広告モデルの採用とパスワード共有取り締まりの厳格化を決算向上の道として掲げました。これらは、創業者のヘイスティングスが長らく反対してきたものでした。この決定により、Netflixはヘイスティングスが育てたサービスから、1つのビジネスとして巣立ったのだと考えられます。経営権の継承はその表れでしょう。
日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、アメリカには不登校児などを対象としたチャータースクール(公募型研究開発校)と呼ばれる公立校があり、特殊分野に特化した教育を行っています。これもあまり知られていないことですが、ヘイスティングスは一時期カリフォルニア州の教育委員を務め、チャータースクール設立法案を州政府に通しています。CEO退任後は、彼のライフワークとも言えるような教育関連の慈善事業に活動の重点を置くそうです。ヘイスティングスは決算発表後の会議で「この10年間はスムーズな経営権継承のために後継者育成に尽力してきました」と述べていました。ツイッターに投稿されたテッド・サランドスとグレッグ・ピーターズの新CEOコンビの写真からも、教育者の目線が伺えます。
このたびCOOに就任したベラ・バジャリアは、Netflixが海外展開に本腰を入れ始めた2016年にNetflixに入社しています。インド系移民2世として1971年にイギリスに生まれたバジャリアは、子供時代をアフリカ西部のザンビアなどで過ごしました。9歳のときに両親がアメリカに移住し、インドとアメリカのテレビ番組を同時に観て育ったそうです。「マスター・オブ・ゼロ」や「タイガーテール -ある家族の記憶」などのNetflixオリジナル作品でも語られるように、移民1世の親たちは、子供たちが医者や弁護士といった安定した職業に就くことを願います。「エンタテインメント業界に進みたい」というベジャリアの思いは、なかなか受け入れられなかったようです。就職活動で150社に手紙を書き、返事をくれた2社のうち1社であったCBSに入社し、テレビ用映画の開発を担当する女性上司のもと、キャリアを積んできました。その後、ユニバーサルテレビジョンの社長時代に手がけた「マスター・オブ・ゼロ」などでNetflixと密接に関わったことから、その手腕を買われ2016年11月にNetflixに入社。コンテンツ担当副社長として、シットコムやリアリティ番組、ドキュメンタリーといった非台本コンテンツの製作に関わり、「クィア・アイ」や「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」といった大ヒット番組を主導しました。
2020年からはグローバルテレビ部門のトップとして、英語および英語以外の言語のオリジナル作品の開発・制作を統括しています。彼女がCCOに就任する直前、米ニューヨーカー誌では、プライベートジェットで世界中の拠点を訪ね企画会議を行うバジャリアの仕事に密着した記事が出ました。記事のタイミングもさることながら、現在取り組んでいる仕事──「ペーパー・ハウス」の韓国版リメイクや「ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!」のような恋愛リアリティ番組を世界各国でリメイクする打ち合わせの一部始終を開示したのは、Netflixという多国籍企業がこれから進む道筋を表しているように思えました。2人の共同CEOが初めてインタビューに答えたブルームバーグの記事でも「Netflixの北米会員の60%が韓国作品を視聴している」と明かしています。世界中でオリジナルコンテンツを企画開発する側らで、成功した番組を他の国や文化にも当てはめて考えてみる。そうすることで、可能性は無限に広がるのです。
かつての常識を打ち破ることが成長の糧だった25年間を経て、一度生まれた大ヒットコンテンツを複製・再利用し、多様な価値観を現地の文化と照らし合わせながら、世界の隅々まで波及させていく。時代の先駆者たるNetflixのエンタメ業界を先導する役割はまだまだ続きそうです。