由来を教えて!劇団名50 その6 ヌトミック
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ヌトミック
新たな才能が次々現れ、頭角を表す演劇界。劇団の名前をチラシやニュース、SNSなどでたびたび目にして、「作品はまだ観たことはないけど、劇団名だけはなぜか知っている」という演劇ファンも多いのではないだろうか。このコラムでは、多彩な個性を放つ若手劇団の、目と耳に残る名前の由来に迫る。
今回登場するのは、額田大志率いるヌトミック。東京藝術大学で作曲を学び、音楽家としても活躍する額田が作り上げるのは、そのバックグラウンドを生かし、音楽的要素と演劇的要素を組み合わせた“よくわからないけど楽しい”パフォーマンスだ。ダンサーやミュージシャンとのコラボレーションも多く、俳優を含む出演者たちは異なる個性を発揮しつつ、1つの音楽を奏でるように調和し、観客をヌトミックワールドへと連れて行く。
ヌトミック
Q. 劇団名の由来、劇団名に込めた思いを教えてください。
演劇カンパニー・ヌトミック主宰の額田大志です。ヌトミックは結成当時の制作だった杉浦一基と2人で、うんうんと悩みながら名付けました。杉浦は私と共に1992年生まれで、学生時代に観ていた演劇はロロやサンプル、チェルフィッチュなど。偶然だとは思いますが、カタカナの劇団やカンパニーが演劇界をにぎわせていました。よくわからなかったけど、すごかった。カッコよかった。大学を出たばかりの右も左もわからない私たちは「カッコよくなりたい」という気持ちと、口には出さないけれども「とにかく売れたい!」というしたたかな野望もあり、まずはカタカナで名付けようと決めました。
さて、カタカナにするのは決まったけれど、そこからどうしたものか。私の実家に2人で集まり悩んでいると、ふと、リトミックが浮かびました。リトミックとは、音楽のリズムやメロディを身体を使って表現する音楽教育の一種です。カリキュラムの中にはボールをピアノのリズムに合わせて叩いたり、ちょっとした音楽劇を作ったりもします。私は小さい頃から親の影響で10年ほどリトミックを続けていました。どこかしら今の表現につながる部分もあるかもしれません。「あれ、リトミックと額田の“ぬ”、組み合わせたら良いんじゃない?」「えー、ちょっとダサくない?」「ダサくないっしょ」「まあギリギリセーフか」「なんか良い感じがする」「良いんじゃね」と、数時間の話し合いの末に疲れ果てた我々の判断基準は徐々にゆるくなり、西日が刻々と薄らいでいく最中、あれよあれよとヌトミックが有力候補に躍り出ました。あと2つほど残り続けた候補もあった記憶がありますが、忘れました。
最終候補の中からヌトミックに決まった理由の1つは、何よりも検索性が高かったからです。当時は1件もGoogle検索でヒットしなかった言葉だったと思います。これはつまり、Googleの検索件数が増えていけばいくほど、自分達が知られていく実感が湧くのでは……と。
社会人1年目の2016年、春。意気揚々と演劇界へ乗り込んでいく若人たちの、沸々と湧き上がる野心が見えるカンパニー名だと、こうして振り返りながら思いました。
Q. 劇団の一番の特徴は?
ヌトミックの特徴は“音楽の作り方”で舞台作品を作ることです。1つの新しい音楽劇だと思っています。少し解説をすると、例えばピアノの音の“ド”を弾いただけでは、それはただの“ド”の音ですが、“ド・レ・ミ・ファ”のように順番に奏でることで、聴いている人が綺麗な旋律と感じられるようなことが、音楽では起こっていると思います。ただの音を順番に“配置”していくことで音楽になっていくような。ヌトミックではそうした考え方をもとに、言葉を音楽の楽譜のように“配置”し、出演者の声の出し方や音量など、多くの“音”に関する考え方をもとに演出をして舞台を作っています。
ただ、時には現代的な会話のシーンが入ったり、歌が入ったり、ダンサーやラッパーと共に作ったりと、これまでの演劇をはじめとする舞台芸術で培われた要素も多分に取り入れながら、自分たちのスタイルを追求しています。
Q. 今後の目標や観客に向けたメッセージをお願いします。
最近、ヌトミックを初めて観たお客さんが「楽しかった!」と言葉をかけてくれることが多いです。ヌトミックの作品は、音楽劇のようでありながらミュージカルでもオペラでもない、説明しづらい舞台のため「なんだか難解そう」と思われる方も正直多いかと思います。ここはヌトミックの目標として、多くの人に伝わりやすいカンパニーのキャッチフレーズを見つけていかないとな、と思っています。
結成当時のヌトミックはまだまだ実験段階、発展途上で模索している時期が続いていました。ただここ最近、これからな部分はありながらも、不思議と広く楽しめる作品になってきたような気がしています。それは、音楽と演劇、どちらもが人間の持つ根源的な感覚に訴えるものであり、ヌトミックが突き詰めてきた上演はまさに「なぜ、人が“音”や“言葉”で感動するのか?」という積み重ねの先にある表現だからだと思います。内容のわかる / わからないは置いておいて、感覚としては楽しめるというか。まだ未見の方はぜひ一度、だまされたと思って公演に足を運んでもらえたらうれしいです。
また、ヌトミックは結成6年目とまだまだ日が浅い団体ですが、早い段階でいくつかの劇場の企画に呼んでいただいたりと、運良くさまざまなバックアップを受けてここまでやってこられました。今お読みいただいている、ステージナタリーの執筆依頼もその1つです。ただ少し心配なことがあります。コロナ禍もあって、ヌトミックが結成当時に抱えていたような「よくわからないけど何かが面白い」という、実験性にあふれた団体の活動が、小劇場の中ですら徐々に困難になっていると感じています。背景には物価の高騰や、演劇自体の社会的影響力の低下など、多くの要因があるとは思います。ただヌトミックが「わからなさ」を時間をかけて解きほぐし、新しい上演の可能性へゆっくりと(現在も)歩みを進めていっているように、ある程度の成果が出るまでに時間のかかる表現も世の中には数多くあります。そういった可能性を閉ざさない環境を作るようなことについても、いずれは何かしらの形で貢献できないかと漠然と考えています。
なんだかいろいろ書きましたが、ぜひヌトミックに限らず「おっ! よくわかんないけど面白そう」と思ったら、重い腰を上げて劇場に、上演に来てもらえたらと思っています。現実的に、自宅で楽しめるコンテンツが増えていく中でわざわざ外に出ることは少しおっくうだと思うし、面白いかわからないものを観に行くことのハードルも高くなる一方だとは思います。だからこそ、「今、なぜ上演をするのか」という問いを我々アーティストは考えないといけないとも思っています。何か答えがあるわけではないのですが、今は日々、そんなことを感じています。
プロフィール
2016年に東京で結成された演劇カンパニー。主宰の額田大志のほか、俳優の深澤しほ、原田つむぎ、長沼航、そして制作の河野遥が所属している。2021年10月に上演された「ぼんやりブルース」は、第66回岸田國士戯曲賞の最終候補作に選出された。