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新垣結衣ついに吠える 『獣になれない私たち』が描く“救いのないブラック企業の憂鬱”

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リアルサウンド

 『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)、『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)が、放送終了から随分たった今でも愛され続けるのは、両者とも“優しい世界”を描いているからだろう。身支度をして、家を出て、作品を自ら選び、お金を払って観る自分主体の映画と違って、ドラマは適当にザッピングしているだけで流れてくる。8時間も拘束される上に、上司から怒られ、なのに生活が潤うような給料は貰えない日常。多くの人が苦い現実と直面する中、やっと社会から開放された家で流れるドラマに“優しい世界”が求められるのは最もだ。

参考:『おっさんずラブ』の田中圭【写真】

 それを考えると、12月5日に放送されたドラマ『獣になれない私たち』(日本テレビ系)第9話は、新垣結衣ファン、田中圭ファン、野木亜紀子ファン、『けもなれ』ファンなど色んな理由でこの放送を観た人たちにとって、かなり試練となる回だった。朱里(黒木華)がツクモクリエイトジャパンに入社し、周囲の人とも打ち解けた頃、晶(新垣)は“営業部の特別チーフクリエイター部長”に就任させられる。その一方で今まで晶がやってきた細々とした業務を“社長秘書”に任命された朱里が担うことに。

 土日でも鳴り続ける通知、次々と降りかかる業務、容赦なく注がれる怒号に、朱里は入社して2週間経たないうちに限界を迎えそうになる。パワーハラスメント、モラルハラスメントに該当していて、例え社会的に間違っていたとしても、悲しいかな九十九王国ではその訴えは通用しない。それは会社の大小関係なく、大熊(難波圭一)が会社の不正を訴えても土俵に上がることすらできなかったように、正しいことでも王様にとって悪なら悪という環境がすでに根付いてしまっているからだろう。

 ドラマなので過剰な演出はあるとはいえ、第9話は身に覚えのあるエピソードが盛り込まれていた。会社での働きづらさを嘆いたツイートや、個性を尊重するツイートが1万以上リツイートされ、人々の心に正義が広がり始めているように見えていたのに、それはTwitterランドだけの話で、ネットとリアルの壁はあまりにも厚いことを痛感する。バズったツイートに賛同してリツイートした人たちのなかで、実際に動けた人は何人いるのだろうか。動けた上に間違いを正せた人は、そこから何人に絞られる?

 「社長に逆らうと怖いから、面倒だから、黙ってやり過ごして、みんな無茶苦茶だって思っているのに表向きでは言うこと聞いて、裏で文句言って」。晶が唇を震わせながら訴えたのと同じく、心には正しさを持ち合わせているのに、文字通り要求を飲むしかできない人がほとんどなはずだ。その結果、1人じゃ太刀打ちできないモンスターがすくすくと育ち、「バリバリ働いてるから」と京谷(田中)に自慢げに報告していた朱里を、「働けなかった」と涙させるまで落とした。

 ただ、今回の放送を受けて、「朱里嫌いだったのに……」とこれまでの批判が覆り、感情移入する人が増えてきたのが、第9話での救いだった。それと同時に、以前NHK総合で放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀「生きづらい、あなたへ~脚本家・坂元裕二~」』で、坂元裕二が語った『Mother』についてのエピソードが重なった。『Mother』で虐待する母親・道木仁美(尾野真千子)への世間からのバッシングを受けた際、坂本は「結果だけ見て、(仁美を)ひどい母親だと断罪することは僕にはできなかった」と振り返り、完成していた第8話を白紙にして、仁美のバックグラウンドを描くことにした。その結果、「他人事とは思えなかった」と視聴者の仁美への目が変わったというのだ。

 朱里は、やる気がなくてミスをしたわけじゃない。デスクに目標を書いて、晶にアドバイスを聞き、ヘトヘトになるまで働いた。ミスをして逃げ出した際も、社長や会社のせいにするのではなく、できなかった自分を責めた。晶と京谷の関係を崩す“がん”のような存在だった彼女を少し掘り下げるだけで、反響が変わるのを見れば、現実世界で自分が自分を生きるのに邪魔な存在でも、様々な経験の上にその人格が形成されていることを、頭の片隅に置いておかなければならないと思う。

 以前、野木にインタビューした際、「ドラマができること」について聞くと、「『獣になれない私たち』の晶のように声を上げられない人がいることも、ドラマにして見せないと埋もれてしまう」と語った。ついに最終回を迎えるわけだが、きっとこのストーリーにゴールというものは存在しないだろう。「来週、あなたの人生に1つのゴールを用意してください」と言われても無理なのと同じで、わたしたちは晶の日常を3カ月間、見学していただけにすぎない。それでも、埋もれてしまいそうだった言葉や考えを、世に送り出してくれただけで、『獣になれない私たち』が生まれた意義は十分にある。(阿部桜子)