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本谷有希子、『掃除機』日本初演で演出家として新たなチャレンジ 「物事の捉え方が“なんとなく変わったような”気持ちになるお芝居にできたら」

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チェルフィッチュ主宰の岡田利規が2019年にドイツの公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレ劇場のために書き下ろし、自ら演出した『The Vacuum Cleaner』が『掃除機』としてKAAT神奈川芸術劇場にて日本語で日本で初めて上演される。

高齢になった親が、引きこもりの子どもたちの面倒を見る“8050問題”と呼ばれる社会問題を扱った本作の演出を務めるのは本谷有希子。本谷にとっては他人が執筆した戯曲を演出するのは今回が初めての試みとなる。独特の言葉の面白さを持つ岡田の戯曲の世界を本谷はどのように舞台上に構築するのか? 初日を前に話を聞いた。

ドラマ要素が排された岡田利規の戯曲

「なんで私なんだろう?」――。2020年にオファーが届いた際の本谷の偽らざる思いである。これまで本谷が舞台化してきたのは一貫して自ら執筆した戯曲か小説。それでも、岡田の戯曲を演出することを決めたのはなぜか?

「岡田さんの戯曲って私の戯曲の作り方と、本当に全く違うんですよね。例えばドラマの在り方。私は自分の芝居をドラマとして作ってきた時間がすごく長いけど、岡田さんの戯曲はドラマ要素が極力削られている。年々、私は自分の作劇法に不自由さを覚えていたこともあって、近年は自分の小説を舞台にしたりもしてたんですが、自分以外の人が書いた戯曲、しかもドラマ要素が排されたものを演出することに単純に興味が湧きました。

数回におよぶワークショップ、ディスカッションを経て、稽古に入ったが、そこで「自分なりのつくり方を探すのに苦労しました」と苦笑交じりにふり返る。

「“私らしさ”というものは、私の書く戯曲の中にあるもので、演出で自分らしさを見せてきたわけじゃなかったと実感しました。稽古序盤は自分の好きなように演出してみたら、すごくシンプルな味付けになったんですよね。悪くはないのかもしれないけど物足りない。どうやって自分の“色”を着けていこうかと……。そこで戯曲の言葉と俳優の身体の関係性をもう一度、捉え直すべきだなと感じて、言葉で表現することと身体で表現することを別々に走らせるという試みをして、少しずついろんなものが見えてきました。舞台美術も最初は具象セットだったんですけど、途中で抽象にガラッと変えてもらって。そこから、またイメージを捉え直しました。

しゃべる家電、3人の父親役、家族以外の“他者”

本谷も俳優陣も岡田の演出で上演されたドイツ語版の初演の資料は見ずに今回の日本語版に臨んでいる。例えば、劇中の一家の80代の父をモロ師岡、俵木藤汰、猪股俊明の3人で演じるが、これは本谷の決断で実現したアイディア。本谷はその意図を“自由”という言葉を使って説明する。

「2019年の『本当の旅』という公演で、ひとりの語り手を複数の俳優が入れ替わりながら演じるということをやってみたんですけど、その時、ちょっとだけ『自由になった!』という感覚があったんです。私はずっと戯曲から『自由になりたい』と思っていて、でも方法がわからなくて、いろんな活動をストップさせていた期間があったんですけど、ひとりの役を複数が演じたことで『こんなふうに遊んでいいんだ!』という感覚を得たんです。今回、戯曲を読み込んだうえで、岡田さんの書く世界は強度があるので、3人で父親を演じても大丈夫だろうという思いでチャレンジしてみることにしました」。

『掃除機』キャスト 上段左から)一家の長女<ホマレ>役・家納ジュンコ、掃除機<デメ>役・栗原類、無職の長男<リチギ>役・山中崇、音楽を担当し長男リチギの友人<ヒデ>役で出演もする環ROY 下段左から)父親<チョウホウ>を3人1役で演じる俵木藤汰、猪股俊明、モロ師岡

タイトルでもある“掃除機”は物語を通じて一家を見つめる存在。一家に一台あって、いろんな部屋で使用されるという点でも家族を見守る家電として絶妙なチョイスと言えるが、本作における掃除機とはどのような存在なのか?

「この物語に登場する人たち(父、長女、長男)は、同じ家に住んでいながら、掃除機としか会話しないんですよね。最近の家電って本当に私たちの生活に寄り添っているし、現代を生きている人々の孤立感を表現する上で“しゃべる家電”はいいモチーフだな、と。掃除機はおっしゃる通り、家の中に必ずあって、動きもするんですけど絶対に家の外には出ない存在。この物語は家の“内側”だけで行われる局所的な世界を描くお話でもあるので、そんな存在の家電に家族の状況を語らせるところが岡田さんらしいなと思いました」。

今回、音楽をラッパーの環ROYが担当し、舞台上でライブのように生演奏をしてもらうことに決めた意味、ねらいもまさにそこにある。

「登場人物たちがみんな、家の中で近視眼的にあれこれ考えつつ、気づけば取り返しのつかない状況に追い込まれている。でも物事の見え方って場所や人によって当然違うし、この栗原類くんが演じる掃除機の捉え方も家族それぞれで違う。ひとつのテーマになるべく異なる視点を持ち込みたいと思って、環さんには舞台上で実際に音を出してもらい、同じ舞台上に家族以外の他者がいるという状況にしています。環さんには音楽をお願いして、実際に芝居を見ながら音も出してもらうけど、彼には『基本的に、このお芝居には無関心でいてください』とお願いしてるんです。だから環さんは稽古場でもすごく大事なシーンの後ろで、勝手に昼ごはん食べたりしている(笑)。そんな無関心な他者の視点も含め、いろんなフレームを持ち込みたいと思っています」。

『掃除機』チラシ

改めて本作について「岡田さんの独特の手法で、現代人が抱える孤立感やそれを生み出す社会を切り取っている。でもわかりやすくは解決しないしできない、そんなもどかしさもある。だから観に来る前と劇場を出た後で、物事の捉え方が“なんとなく変わったような”気持ちになる、そんなお芝居にできたらと思ってます」と語る本谷。

2つの才能がどのような融合、化学変化を見せてくれるのか? 完成を楽しみに待ちたい。

取材・文=黒豆直樹

<公演情報>
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『掃除機』

2023年3月4日(土)~3月22日(水)
会場:KAAT神奈川芸術劇場〈中スタジオ〉

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2239881

SNSの画面のようなデザインが目を引く本公演のチラシデザインについて、デザイナーの小池アイ子さんに、フリーアナウンサーの中井美穂さんがインタビューした連載「中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界」を3月2日(木)に公開予定です! こちらもぜひご覧ください。

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