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みのミュージックの素直にライブ評 Vol.2 「tricotを観る」というよりは「tricotを体験する」時間でした

音楽

ニュース

tricot、みの。

自身の敬愛する音楽カルチャーの紹介を軸にしたYouTubeチャンネル「みのミュージック」での動画配信と並行して、ロックバンド・ミノタウロスでも活動するクリエイター、みのがさまざまなアーティストのライブの現場を訪問する連載「みのミュージックの素直にライブ評」。この企画では、洋楽邦楽を問わず幅広い音楽ジャンルに精通した音楽マニアであるみのが、直接現場に足を運び、感じたことを素直にレポートする。

今回みのは、tricotが2月13日に東京・LIQUIDROOMで行ったワンマンツアー「Zang-Neng tour 2023」のツアーファイナルの現場に足を運び、ライブを観覧。日本のみならず、国外でも注目度の高いロックバンドであるtricotのライブを観て、彼は何を感じたのか?

取材 / 橋本尚平 文 / 田中和宏 ライブ写真撮影 / kaochi

オルタナの血を引くtricotワールド

tricotは音源をライブでどう再現するのかがすごく気になっていたので生で観てみたかったんです。このバンドはマスロックと形容されることがあると思いますけど、それだけでなくノイズミュージックのようなアバンギャルドなアプローチが入っていて、大雑把に系譜をたどるとNUMBER GIRLや灰野敬二さんの線も感じる。そういった日本におけるオルタナの血も引いていて、マスロックの枠にはとどまらないスケールの大きさを感じました。

独自の新しい音楽を創出することに成功していますよね。断片的に影響を受けたものが見え隠れすることはあったとしても、tricotのライブを観て「○○にそっくりよね」という感じになる人はいないんじゃないでしょうか。僕の感覚的にはキダ モティフォ(G)さんがファズペダルを踏んだ瞬間に、田渕ひさ子さんをちらりと感じたり、灰野さんとかMerzbowみたいなものも見え隠れしたりするくらい。でもそれは断片的な印象でしかなくて、全体で捉えると完全にtricotミュージックですよね。

ライブを観ないと知ったと言えない

誤解なく伝えたいのですが、「ミックスナッツ」などに見られるOfficial髭男dismの最近のアプローチと共通する部分があるんじゃないでしょうか。メロディはJ-POPだけど、ポップスと接する点がもうそこぐらいしかないみたいな。メロディ以外の部分でどれだけ音楽的に攻められるかという実験を、ヒゲダンは売れながら実践していると僕は勝手に思ってるんです。tricotの場合は上質なメロディがあるにも関わらず、ポップスとの接点がかなり薄いというか。これは一聴してポップだと思わないという意味ではなく、そこまで「音楽的に攻めること」を意識してるんだろうなって意味です。なのでヒゲダンの方法論のさらに向こう側に行くと、おそらくtricotみたいな「ポップなメロディとそれ以外のアバンギャルドな要素の関係性」が生まれるのかなと思います。

tricotの音源はラジオでも紹介したことはありますし、ずっと聴いてたんですが、ライブだと全然印象が違いますね。もうライブを観ないとtricotを知ったとは言えないんじゃないかな。ライブだとアバンギャルドなアプローチが色濃く入ってきますし、もうtricotを観たり聴いたりするというより、「tricotを体験する」時間でした。これはノイズ系アーティストのライブで感じた感覚に近いです。最後にキダさんがステージに残って3分以上にわたって1人で弾いていたギターが、まるでノイズの洪水みたいな状態で。しかもそのままショーが終わるっていうのもいい。きれいな言い方をしましたけど、「ほんとヤベえ!」って感じです。「こんなにとがったことをやってるのか」というのは、ライブだからこそ感じられたことなんじゃないでしょうか。

5月27日に大阪でジェニーハイとツーマンライブをやるという発表がありましたけど、中嶋イッキュウ(Vo, G)さんはジェニーハイではポップでエンタメ性の高い活動をする一方で、tricotではとがったことをするのも面白いですね。しかもタレント性もあるから、MCはキャッチーだし、ユーモラスなシーンも多くて。「おちゃんせんすぅす」で中嶋さんのギターソロからグダグダな即興セッションが始まった流れは、ツアーのタイトル通り“Zang-Neng”な内容でしたし(笑)。あれはこの日のライブでかなり重要なシーンだったと思うんですけど、超絶技巧をひけらかすだけじゃなくていい意味で抜け感があって。ステージとフロアの距離感が一気に縮まってましたよね。とがった雰囲気で演奏がうまい人って、ちょっと怖そうじゃないですか(笑)。けど、あのゆるい感じがあると、いくら演奏がうまくても人間味を感じるんです。たぶん、彼女たちは意図してあれをやってるんじゃないかな。昔と比べてtricotからマスロックのイメージが減ったように感じるのは、そういうバランスがあるからかもしれない。相対的にマスロック要素が薄まって見えるくらい、別の要素が混ざってきたというか。

幅広い音楽ファンを魅了する理由

ギタリスト目線での感想でいうと、キダさんのプレイはまず超うまい。ギターに詳しくなくても、観ていて絶対に楽しいと思います。エフェクターの使い方とかギーク的な目線での楽しさもあるし。たくさんのエフェクターがずらりと足元に並んでいて、中には飛び道具的なものやネタ要素の強いエフェクターもあるけど、それらにも役割があって音楽的に機能している。tricotはこのライブでは「crumb」の1曲だけコーラスの同期を取り入れていたみたいですが、これまで同期を使ってこなかったんですよね。だからエフェクターの音色でしっかり表現したいことを補完してるなって。そういう人力の有機的な部分が、NUMBER GIRLのような血の通ったオルタナとの連続性を感じる部分なのかもしれません。吉田雄介(Dr)さんも、ヒロミ・ヒロヒロ(B, Cho)さんも、イッキュウさんも超うまいと思ったんですが、自分がギタリストなのでやっぱりどうしてもリードギターに目が行きますね。

tricotのミュージックビデオをYouTubeで観ると、やはり海外の方からのコメントが多いですよね。実際、来場者の1割くらいは外国の方だったんじゃないかな。大げさではなく、世界征服を狙えるレベルのライブだったと思うんですよね。CHAIにも少年ナイフにも通ずるような、日本人女性が持っているいい意味でのキッチュなかわいさもあるし。そんな武器を持ったアーティストなので、国や年齢、ジャンルをも超えて音楽ファンとの接点を作れるんですよね。さらには楽器オタクやメタル好きも取り込めるくらい、ライブに説得力がある。いろいろ言いましたけど、「完璧なライブ」というものを生で体感できてうれしかったです。