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戸田恵梨香とムロツヨシが残した愛の記憶 『大恋愛』が問いかける“人生を後悔なく生きること”

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リアルサウンド

 部屋中に貼られたメモの数々。「今日はどこへ行く?」「靴はどれを履く?」「自分の人生を後悔なく生きる」……並んだ文字たちは尚(戸田恵梨香)の生き方と比例しているようだ。丁寧に、そして力強く、凛とした文字。なかでも「私は妊娠中」のメモは、その湧き上がる喜びと生命力を感じさせる特別太い文字で書かれた。

 そんな尚の字が、「しんじさま」と弱々しい線になっていることに、病の進行を突きつけられる。尚の人生をさらに進めてしまうことのように感じられて、真司(ムロツヨシ)が描いた小説は、幸せのピークで「完」とされた。それは真司の祈りだったのだろう。『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)第9話は、人生の喜びを凝縮したような時間と、その積み上げた幸せな記憶を若年性アルツハイマー病が奪っていく、その対比が見る者の胸を締め付ける展開となった。

 2人の愛し合った記録がほしいと願った、尚と真司。2人のもとに、恵一というまさに愛の結晶が生まれる。すでに尚は、妊娠するために真司と鰻をたくさん食べたことも、自分が子どもを授かったことも覚えることができなくなっていたが、真司はそんなことは気にしない。2人の会話も“今”がすべて。真司の担当編集・水野(木南晴夏)がグラタンを買っておいてくれたことも、トイレットペーパーを補充していたことも、すべては“過去”。過去にとらわれず、どうしたら“今”を笑うことができるか。その一点に集中するからこそ、尚の元婚約者・侑市(松岡昌宏)が、尚の母・薫(草刈民代)と結ばれることも、まっすぐに祝えたのかもしれない。

 この病の救いは、執着からの解放だ。だが、それゆえに尚は“自分が何もわからなくなったら、すべてを水野に託したい”と残酷な遺言を真司に伝える。真司と尚の築いてきた家庭に、次第に介入していく水野。視聴者である私たちは、真司と尚のこれまでを知っているからこそ、“少し踏み込み過ぎでは?”と、疑問を抱く。もちろん尚も、最初は嫉妬のような感情を抱いていたものの、少しずつその気持ちさえも消えていってしまう。庭の場所がわからなくなったり、左右違う靴に足を入れそうになったり、靴下の上から靴下を履きそうになったり……その一つひとつの症状に、ショックを受けずにいられない。元の尚はどこに行ってしまったのだろう、と。

 少し個人的な話になるが、このドラマを見ていて筆者の幼なじみの母親がアルツハイマー病を発症したときのことを思い出した。火の始末を忘れてしまう。急に感情的になったり、歩く速度が著しく遅くなったりと、少しずつ現れた変化に周囲の誰もが戸惑ったのを覚えている。何十年と一緒に笑い合っていたその人が、自分の顔を見てもうつろな眼差ししか向けてくれない悲しさ。思い出話にも反応はなく、表情が失われた顔は今まで見てきた人と同じ顔なのに、全くの別人にさえ見えた。こんなふうに文章にすると、真司が尚のことを小説に書く心情が少しだけわかるような気がする。自分には治すことはできなくても、その人が生きていたことを記しておきたいという気持ち。

 若年性アルツハイマー病を題材にしたラブストーリーは、これまでも多く描かれてきた。その多くが、真司の小説のように悲しみの中にも、美しさを残していたように思う。もちろん『大恋愛』もドラマであるからこそ現実の過酷さを、すべて映し出しているとは言わない。症状も人それぞれであるように、もっと厳しい現状に打ちひしがれている人もいるはずだ。だが、それでも戸田とムロの名演技によって、忘れゆく人とそれを見守る人がどんなふうに愛を交わすことができるのかを、できるだけリアルに描こうという誠実さを感じる。

 その誠実な作りゆえに、“愛する人がもしこの病にかかったら?”と、自分のリアルと照らし合わせて、今ある奇跡に感謝する視聴者も少なくないはず。そして、いざ身近な誰かがそうなったときにも、少しだけ心を落ち着けて対応できる何かを植え付けてくれているような気がする。2025年には約5人に1人が、認知症やMCIに……。厚生労働省の推計で、こんな数字が発表されている(参照:https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/html/gaiyou/s1_2_3.html)。

 この数字には団塊世代の高齢化なども加味されているものの、アルツハイマー病の脅威は決してドラマの中だけの話ではないことを突きつけられる。このドラマは、明日にでも私たちが体験するかもしれないストーリーなのだ。ついに、来週は最終回。改めて「自分の人生を後悔なく生きる」とは、と問いかけるドラマの結末を、心して見届けたい。(佐藤結衣)