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男の子のプリキュア誕生はなぜ大ニュースなのか シリーズ15年かけて伝えるメッセージを紐解く

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■初の男の子プリキュア誕生

 プリキュア15年の歴史において、ついに初の「男の子のプリキュア」が誕生しました(実は、「初の」男の子プリキュアかどうかは、ファンの間では見解が分かれる所なのですが、それはちょっと置いておきましょう)。

参考:プリキュア映画の“偉業” 市場規模が狭い中、なぜ歴代最高ヒットでスタートできた?

 2018年12月2日放送『HUGっと!プリキュア』(朝日放送テレビ)第42話「エールの交換!これが私の応援だ!!」において、ジェンダーレス男子のスケート選手、若宮アンリ君が「キュアアンフィニ」へと変身しました。初の男の子プリキュアの誕生です。

 これにはSNSを始めとしたネット界隈も騒然とし、放送直後はツイッタートレンドを独占、ハフポスト、朝日新聞デジタル等の各WEBメディアでも取り上げられるなど、大きな話題となりました(翌日一部の新聞にも載っていました)。

「社会の多様性を認めるきっかけとなった」
「男の子もプリキュアになって良い、と表現したのは凄いこと」
「ポリティカル・コレクトネスに配慮した素晴らしい決断」

 そんな声が多数聞かれました。

 これはプリキュア史を揺るがす大ニュースです。もの凄いことなのです。

 ただね。15年間ずっとプリキュアを見続けてきた僕は思うのです。

 「男の子のプリキュア誕生」というセンセーショナルな話題のみが独り歩きしすぎて、その「経緯」や「込められた想い」までは、このニュースを聞いた人に上手く消化されていないのではないのかと。

 そこで「ずっとプリキュアを追ってきた、いちプリキュアファン」の視点から、今までのプリキュアのジェンダー観をおさらいしつつ、あの日何が起きていたのか、そして「初の男の子プリキュア、キュアアンフィニ」とは何なのか、をちょっと見ていきたいと思います。

■プリキュアシリーズのジェンダー観

 「初の男の子プリキュア」は、プリキュアシリーズが15年間ずっと積み重ねてきたジェンダー観の上に成り立っています。

 2004年にスタートした『ふたりはプリキュア』は「女の子だって暴れたい」という従来のジェンダーロール(性的役割)から脱却することで女の子に大人気を博し、以後「女の子がパンチやキックで戦う」というスタイルを継承し続けて、子どもたちに愛され続けています。

 シリーズを重ねるにつれて「女の子の好きなもの」を積極的に取り入れ(これは玩具会社の思惑もあると思いますが)、お店屋さん、アクセサリー作り、赤ちゃんのお世話、ダンス、ファッション、お菓子作り、音楽、恋愛、お姫様、魔法……等、「戦う」というロールと同時に女の子の好きなことを積極的に取り入れ「楽しむ」スタイルを続けているのです。

 いわば、「女の子だって暴れたい」は決して「男の子っぽくする」という意味ではなく、女の子であることを否定せず、むしろ「女の子であることを楽しむこと」として描かれ、15年間シリーズを支えてきているのです。しかしシリーズが進むにつれ、それが「プリキュアは規範的な女の子を描く作品」と捉えられることもあり、新しく放送開始した女の子向けアニメ『プリパラ』『アイカツ!』シリーズに多様性の表現では一歩先んじられていた部分もあったかと思われます。

 そんな中、近年のプリキュアシリーズにおいては、様々なジェンダーロールの脱却が行われてきました。

 2015年の『Go!プリンセスプリキュア』では従来のプリンセスのジェンダーロールであった「守られる存在」から脱却し、「プリンセスとは自立して夢を叶える女の子」であると再定義し、翌2016年『魔法つかいプリキュア!』では、人間界、魔法界、妖精界と異なる3つの世界の女の子が、いわば「疑似家族」のように描かれ、種族、性別などを超越した多様な価値観の尊重と相互理解を描き切りました。

 さらに翌2017年『キラキラ☆プリキュアラモード』では個性あふれる6人のプリキュアがそれぞれ自分の夢を持ちながらも、協力しあい大きな目標へと突き進む「個の尊重と、多様性への理解」を重視した作りとなっていました。

 この『キラキラ☆プリキュアアラモード』では、キュアショコラ(剣城あきら)の、男子的な装い(本人はその恰好が似合うし好きだからしているだけ)も話題となり、プリキュアに憧れる「少年」リオ君は、終盤プリキュアの力を得て大活躍しました。

 そして、現在(2018年)放送中の『HUGっと!プリキュア』では「子育て」を1つのテーマにしながら「子育ては社会がするべきもの」や「ワンオペ育児の否定」「帝王切開も正しいお産」等社会的問題を包括しつつ、女性の社会進出から家父長制への批判、子育てだけが女性の幸せではないことなど、多様な価値観を描いてきているのです。

 その象徴としてのキャラクターが、今回プリキュアとなった若宮アンリ君なのです。

■キュアアンフィニへと変身した若宮アンリ

 若宮アンリ君は天才スケート選手です。「自分に似合うから」という理由で女性用ドレスを着たりしていますが、トランスジェンダー等ではなく、氷上の王子を自称するように性自認は「男性」のようです。「女の子らしさ」「男の子らしさ」といった価値観を押し付けようとする家父長制的な旧来的ジェンダー観を良く思っていないことが描写されています。

 そんなアンリ君。大きなスケートの大会を前に足を怪我してしまいます。最後にもう1度だけ大きな舞台で滑りたいと願うものの、大会に行く途中交通事故に遭い、足が動かなくなってしまうのです。

 そこを敵組織につけこまれ、自分の可能性をあきらめかけてしまいますが、HUGっと!プリキュア5人の応援により復活、その力を得てプリキュアへと変身しました。自らを「キュアアンフィニ」と名乗り、もう1度、彼の夢であった大舞台でのスケートを披露したのです。

 初の男の子プリキュア「キュアアンフィニ」は、そんな経緯で誕生した「夢を叶えるために1度だけ変身した」男の子プリキュアなのです。

 だからもう2度と変身することはないでしょうし、この先、アンリ君が変身してHUGっと!プリキュアの5人と一緒に戦うなんてこともないと思われます。

■男の子プリキュアを通して伝えたかったこと

 彼は「奇跡」によりキュアアンフィニへと変身し、彼の夢であった「もう1度自分のスケートでみんなを笑顔にする」ことを叶えました。

 しかし、プリキュアになって夢を叶えた後でも「足のケガ」は治らなかったのです。この先、今までのようにスケートを続けていくのは難しいことが描写されています。

 そんな時でも、アンリ君は前向きにこんなことを言います。

 「たとえ若宮アンリの体でも、若宮アンリの心をしばることはできないんだ」

 このセリフこそが、初の男の子プリキュア「キュアアンフィニ」を通して、プリキュアというアニメーションが子どもたちに伝えたかったことだったのだと僕は思っています。

 肉体は、精神を定義づけるものではない。

 どんなに体にハンディキャップがあっても、心は縛れない。

 物理的な性別の壁も、あなたの心を縛ることはできない。

 「なんでもできる、なんでもなれる」に肉体的な制約は存在しない。

 いつだって子どもたちの心は自由だし、その自由な心を持ってさえすれば、男の子だろうが誰だろうが関係なく、みんなプリキュアになることができる。

 「男の子がプリキュアになる」というセンセーショナルな出来事には、若宮アンリ君の、そしてそれを通した製作者の「子どもたちは、なんでもできる、なんでもなれる」という思いが込められているのだと僕は思っています。

 そういう意味でもやっぱり「初の男の子プリキュア、キュアアンフィニ」は画期的な存在であるといえるのですよね。

 だからぜひ。

 「初の男の子プリキュア」というインパクトだけに囚われずに、ぜひあなたの身近にいる子どもたちに「あなたの未来は無限大」ということを伝えてあげてほしいのです。

 あなたの応援で、どんな子どもだって(いや、大人だって)プリキュアになることができるのですから。

 つまり要約すると「みんな、今からでも遅くないのでプリキュアを見て! 日曜日、朝8時30分だよ!」ということになりますよね(←これが言いたかった)。(文=kasumi)