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演技、光、部屋……すべては“感情”表現。監督が語る映画『ザ・ホエール』

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『ザ・ホエール』

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主演のブレンダン・フレイザーが第95回アカデミー主演男優賞を受賞した映画『ザ・ホエール』が7日(金)から公開になる。本作は、孤独な男の最期の5日間を描いた作品で、監督を務めたダーレン・アロノフスキーは入念に準備を重ねて、俳優の演技、キャラクターの感情を細部まで描き切る演出を試みた。観客が主人公のそばにいると感じられる濃密な作品はいかにして生まれたのか? アロノフスキー監督に話を聞いた。

ダーレン・アロノフスキーは、アメリカの映画監督。デビュー作『π』で注目を集め、『レクイエム・フォー・ドリーム』『レスラー』『ブラック・スワン』など数々のヒット作を手がけてきた。その内容は時に重厚で、衝撃的。人間の内面に深く入り込んでいく作品が多い。そんな彼はある日、劇作家サミュエル・D・ハンターが手がけた舞台『ザ・ホエール』に出会った。

「舞台を観た時に、サムが作り上げたこの物語とキャラクターは、まだ世界の様々な人々に出会う余地があり、彼らが心を動かされる可能性を秘めていると感じました。映画は舞台よりも多くの人に届くメディアですから、この時点でこの物語を映画化する理由は十分にあると思いました」

本作の主人公チャーリーは、過去に起こったある出来事がきっかけで妻と娘と別れ、ひとりで暮らす自宅のソファからほとんど動くことはない。オンライン講義の講師をしているが、カメラは常にオフで、自分から人に会うこともなく、現実逃避と過食を繰り返した結果、体重は歩行器がないと移動できないほどに増加し、病状も悪化している。しかし、彼は入院を拒み続け、ついに自分の余命がいくばくもないことを知ると、疎遠だった娘のエリーとの関係を修復しようとする。なぜ、彼はこの部屋で暮らすようになったのか? 彼が入院しない理由は? そして彼が娘に伝えたかったことは?

劇中ではブレンダン・フレイザーが特殊メイクで体重が増加したチャーリーに扮し、物語のほとんどが彼が引きこもっている自宅を舞台に描かれる。

「この物語では、彼の部屋をキャンパスに見立てて、そこですべてが起こる作品ですから、この空間でどのようにすれば映画的なものがつくれるのかチャレンジすることにも魅力を感じました」

ダーレン・アロノフスキー監督(写真左)と撮影監督のマシュー・リバティーク

そこでアロノフスキー監督は、これまで繰り返しタッグを組んできた撮影監督マシュー・リバティークに声をかけた。

「マシューと仕事するのは本当に最高です。今回も彼とは撮影前に徹底的に話し合いました。特に“光”をどのように扱うのか?ということにこだわりました」

チャーリーは自由に移動するのが難しいほど体重が増加し、部屋に引きこもっているため、彼が部屋から出ることはない。しかし、ドアは施錠されておらず、窓からは外の世界が伺え、外部の音と光は絶えず変化し、天候も変わっていく。一方で、彼の自宅には鍵のかかった部屋があり、チャーリーでさえも足を踏み入れることはないようだ。この映画のポイントは、チャーリーの暮らす家と環境が“物語の舞台”ではなく“彼の内面”と相似形になっていることだ。

「それは意図したところです。この映画では、すべてのものを駆使してキャラクターの感情を表現したいと思いました。部屋のどのエリアにキャラクターがいるのか? どの家具やパーツを使用するのか? あらゆる方法を試していったのです。また、物語の進行にあわせて光を変化させるようにしました。この映画では光のあり方がキャラクターの内面と呼応するようにしたのです。

屋外での撮影であれば光はコントロールできませんが、本作はそのほとんどをセットで撮影しましたから、照明も天候も完全に制御することができたわけです。すべての画づくりと光がキャラクターの感情面と紐づいている。マシューと最も話し合ったのは、この点でした」

「観客の目がとにかくキャラクターに向くような画づくり」を目指す

さらに彼らは本作の画面比を「縦1:横1.33」で撮影することに決めた。現在のテレビ画面のような横が広い「縦9:横16」よりも正方形に近い画角で、リバティークは熟考してソニーのシネマカメラ、CineAlta VENICEを採用した。高感度センサーを搭載した機材を使用することで照明機材や現場スタッフの数を可能な限り減らして、カメラはあえて遠隔で操作。役者の目線に無駄なものを置かず、演技に集中できるようにするためだ。

「この画角にすることは初期の段階から決めていました。この映画の核にあるのが演技と言葉だと思ったからです。観客の目がとにかくキャラクターに向くような画づくりというのものをしたいと考えていました」

ワイド画面のような左右の広がりのない本作の画では、キャラクターの表情の変化や仕草がクローズアップされる。さらにチャーリーは体重が増加して自由に動けないが、カメラは彼の周囲を時にゆるやかに、時に鋭く動き、彼の感情の微細な変化に寄り添っていく。

『ザ・ホエール』は、チャーリーというひとりの男の過去、現在を描きながら、彼がひた隠しにしてきた”強い想い”が明らかになっていく。それは、多くの人には理解されない行為かもしれない。反発する人もいるかもしれない。しかし、チャーリーは、過去のアロノフスキー作品の主人公同様、あらゆる逆境や周囲の声に背を向けて、自らの信念を貫こうとする。

「私はインディペンデントで映画を作り始めましたから、初期の頃は主人公が外から敵対する力と戦うような映画をつくるだけのお金がなかったんです。そこで私は主人公が“人の心理”と戦う映画をつくることになり、道が拓けていきました。だから、自分自身の心理や人類の心理、そういうものに踏み込んでいく作品が多くなったのだと思います」

なお、アロノフスキー監督は成功をおさめ、大きな予算を投じた作品であっても、繰り返し、逆境の中で自分と向き合い、信念を貫こうともがく主人公の物語を描き続けている。『ザ・ホエール』を彼が手がけたのは偶然ではない。

生きているのがやっとなほど体調が悪化しても、彼が入院しないのはなぜだろう? 彼は久々に再会した娘に何を伝えたいのだろう? それが明らかになった時、巨体のチャーリーと彼が引きこもった部屋に強い光が差し込む。主人公の内面に寄り添い、まるでその場にいるかのように描かれる本作を観ているあなたはその光を“見る”のではなくチャーリーと共に“浴びる”ことになるはずだ。彼が抱えてきた、そして人生の最期に語る“ひとつの想い”をしっかりと受け止めてほしい。

『ザ・ホエール』
4月7日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
(C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

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