濱田めぐみ 『ファインディング・ネバーランド』は現実に生きる人間たちの話
ステージ
インタビュー
濱田めぐみ 撮影:源賀津己
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すべて見る『ピーターパン』の作者であるジェームズ・バリを主人公に、スランプの彼がある家族に出会い『ピーターパン』を生み出すまでを描いた、切なくも美しいミュージカル『ファインディング・ネバーランド』。ジョニー・デップ主演の同名映画(邦題『ネバーランド』)をもとに2015年にブロードウェイで開幕した本作は、痛みも伴う現実世界と、幻想的な『ピーターパン』の物語世界をオーバーラップさせ、人が人を思う気持ちや、演劇や物語が運ぶ“想像力”がいかに人生を豊かにするかを丁寧に描き大絶賛された。その日本版がいよいよ上演される。本作で、山崎育三郎が演じるジェームズ・バリに大きな影響を与える未亡人シルヴィアを演じるのは、深みのある歌声で観る者を魅了する濱田めぐみ。作品の魅力やシルヴィア役について、話を聞いた。
身体中の水分が溢れ出るほど感動した作品
――濱田さんはこのミュージカルをご覧になっていますか?
来日公演(2017年)を観ました。感動した……というか、もう嗚咽しました。ラスト近くでシルヴィアが風の中に立つ場面が(来日/ブロードウェイ版の演出で)あるでしょう。あそこで、身体の中の水分がブワーっと溢れ出た気がしました。こんな感覚になるのは久しぶりだなと思った記憶があります。
――その時にはまだ濱田さんがシルヴィアを演じる話はなかったわけですよね?
まったくなく、観客として楽しんでいました。でも、私はシルヴィア目線で観てましたし、なんなら心の中でなりきっていましたよ。シルヴィアが咳き込むシーンを思い出し、家に帰ってから咳き込む練習とかしていました(笑)。私だったらどう演じるだろう? と。その後ハタと「なんて無駄なことをしてるんだ」と思いましたが、それくらい感銘を受けたんでしょうね。
――では今回、実際にシルヴィア役のオファーがあった時には嬉しかったのでは。
はい。とても重要な役ですし、子どもたちのお母さんとしてとても素敵に描かれています。何よりあの世界の住人になれるんだと思ってワクワクしました。「しっかり頑張ろう」と気合いも入りました。
――シルヴィアはどういう女性でしょう。
夫に先立たれた、4人の子どもの母親。色々なものを抱えている女性です。彼女の抱えて いる悩みや葛藤はとても深いと思います。ですが、彼女の身の上に何があったのか明確に描かれているわけではないんです。だから想像するしかないのですが、もともとは良い家柄の出身のはず。というのは、バリの家の夕食会にお呼ばれする時に、バリの妻メアリーが、シルヴィアの母親であるデュ・モーリエ夫人と知り合いになりたくて一緒に呼ぶんです。それだけデュ・モーリエ夫人は社交界で顔がきく人物。でも普段のシルヴィアは子ども4人と慎ましく暮らしている。何らかの葛藤を乗り越えて、夫のアーサーを選び、社交界やセレブな生活から抜け出し、地に足が着いた生活をしている女性なんですよ。そして彼女自身の健康上の問題もあり、順風満帆な人生を送っているわけではない。基本的に身体も強くはない、でも元気に振舞っている……必死に自分を奮い立たせている状況で生きているのかなと感じています。単純に「こういう理由でこういう生活をしています」ではなく、様々な要因が合わさり、色々な事情を抱えながら、子どものために生きていく決断を下した女性なんじゃないかなと思います。
シルヴィアは強くあらねばならない状況で必死に生きている人
――濱田さんはこれまで様々な役柄を演じていますが、中でも“強い、芯のある女性”を多く演じてる印象があります。この役がご自身に来たことは意外ですか? それともしっくり来ますか?
私自身が私のカラーをこうだと捉えてはいませんが、どうやら人によって色々なイメージを持たれるようです(笑)。人間じゃない役ばかりやっているよねと言う人もいれば、母親ばかりやっているでしょと言われることもあります。でもたしかに“強い女性”を演じているイメージを持たれることは多いでしょうか。シルヴィアは身体が丈夫なわけではありませんが、弱い女性ではない。根幹は母親ならではの強さがあります。だから芯の部分は私の“強い”イメージにカチッとハマりそうだなと。ファンテーヌ(レ・ミゼラブル)などと方向性は共通するものがあるかもしれません。ただ“強い人”と言っても、信念を持って強く生きている人と、強くあらねばならぬ状況に置かれて必死で生きている人は根本的に違っていて、シルヴィアは後者ですね。
――なるほど。シルヴィアは儚い印象もあったのですが、今のお話をお聞きして濱田さんのシルヴィアが楽しみになりました。ちなみに子どもの頃、『ピーターパン』はお好きでしたか?
ピーターパンに憧れるようなことはなかったのですが……私、妖精が好きだったんです。お花の妖精とか木の妖精とかを想像して遊んでいました。そういえば、野原の端っこに小枝や石を集めて妖精の基地を作っていたな(笑)。“妖精の水飲み場”とか“妖精のキャンプファイヤー”とか。どうやら小さいものが好きみたいで、それは今もそうです。ガチャガチャでミニチュアのクッキー缶を揃えたり、友だちにドールハウス用の和菓子セットを作ってもらったり。だから本作で描かれる“ごっこ遊び”みたいなものは普通にやっていましたし、何の違和感もなくイマジネーションの世界に入り込めます。
――共感はバッチリですね! そして演出は小山ゆうなさん。小山さんとは昨年のミュージカル『COLOR』でご一緒されていますが、どんな演出家さんですか。
とても感覚が鋭く、洞察力も深い方です。でもその鋭さは表には出さず、フワッと温かく俳優を見守ってくださる。私たちに自由にやらせてくれて「うん、それもアリですね」とまず受け入れださいます。そしてディスカッションしながら進んでいくと、実はものすごくカードをたくさん持っていて、彼女の頭の中に作品世界が多次元で存在している。でも私はすごく感覚が合って、「ゆうなちゃんはどう思う? 私はこう思うんだけど」と言うと、だいたい考えていることが一致するんです。だから創作する上で何の支障も起きません。こちらから何かが出てくるのをまず待ってくれて、その上でご自身の方向性と融合したプランを立ててくれる。だからこそ彼女が満足するパフォーマンスをしたいなと思わせてくれる演出家です。
素直って難しい、でも一番素敵なこと
――すでに立ち稽古にも入っているとのこと、日本版『ファインディング・ネバーランド』はどうなりそうですか?
小山さんや育ちゃん(山崎育三郎)と話していたのは、壮大に魅せるのではなく、特に大人たちは地に足を着け、しっかり考えて悩んで、朴訥に物語を運んでいこうねということ。音楽も舞台美術も素敵なので、ともすればその雰囲気に飲まれてしまいかねない作品です。そうではなく、人は苦悩を抱えながら、ひたすら真面目に生きていく、その本質をきちんと伝えたい。特に大人は、リアルな私たちと同じく“現実”と向き合っている。それに対し、子どもたちは自由に飛び回っている、その対比も見せたいですね。『ピーターパン』はファンタジーでありネバーランドで暮らす人たちの話ですが、『ファインディング・ネバーランド』は現実に生きる人間たちの話。私たちは観客の皆さんが日々の生活を送るのと同様に、一歩一歩踏みしめて生きていこうねと話しています。
――ずばり、濱田さんが思う『ファインディング・ネバーランド』のテーマは。
今、お話していて思ったのですが……「素直に生きることの素敵さ」かな。素直に生きるって、なかなかできません。全員が自分の心に素直に生きたら世界はカオスになるだろうし(笑)。でも、自分に嘘をつかずに素直に生きてみる。それは大切だなと感じます。
――バリも、人の期待する自分でいることに疲れてしまったところで、シルヴィアと出会いますね。そして自分の心に正直に生きていこうとする。
そうそう、彼は子どものまま大人になってしまった人なのに、「こうあるべき姿」に自分を押し込め、雁字搦めになって、似たような芝居しか書けなくなる。それを素直に悪気なくシルヴィアが指摘してしまうところがふたりの出会いです。だからバリの苦悩はシルヴィアが一番わかるんですよね。ふたりは似たもの同士だと思います。シルヴィアも嘘で着飾るセレブの世界に馴染めず、子どもたちと素直に生きられる生活を選んだ、だから貧乏暮らしをしています。素直って難しいですよね、昔のイギリスでも、今の時代でも。その生き方は勇気がいることでもあるのですが、でも、一番素敵だなと思います。
取材・文:平野祥恵 撮影:源賀津己
<公演情報>
ミュージカル『ファインディング・ネバーランド』
2023年5月15日(月)~2023年6月5日(月)
会場:新国立劇場 中劇場
東京公演終了後、大阪、福岡、富山、愛知に巡演
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2241103
公演公式サイト
https://horipro-stage.jp/stage/findingneverland2023/
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