ホラーを語るリレー連載「今宵も悪夢を」 第40夜 【ネタバレあり】選者 / 野水伊織「ハロウィン THE END」
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「ハロウィン THE END」ポスターボジュアル
ホラーやゾンビをこよなく愛する著名人にお薦め作品を紹介してもらうリレー連載「今宵も悪夢を」。集まった案内人たちは身の毛もよだつ恐怖、忍び寄るスリル、しびれるほどの刺激がちりばめられたホラー世界へ読者を誘っていく。
第40夜は野水伊織が全国公開中の「ハロウィン THE END」を紹介。ジョン・カーペンター版「ハロウィン」でマイケル・マイヤーズ / ブギーマンに恋をしたという彼女が、デヴィッド・ゴードン・グリーン版3部作の完結編を見届ける。なお今回はネタバレが含まれているため、未見の方はご注意を。
文 / 野水伊織(コラム)、田尻和花(作品紹介)
そこに在る執念は、もはや“愛”
「それ、何のTシャツですか? ジョン・カーペンター? ああ、有名な作品がありましたよね。何でしたっけ?」
ある夏の日、「ゼイリブ」のTシャツを着た私を見た人が言った。と同時に私は、「この人は何を言っているんだろう」と思った。「ゼイリブ」が有名な作品ではないということが理解できなかったのだ。カーペンター監督の有名作?
これ以上に何があっただろうと頭を巡らす。
「ああ! 『ハロウィン』ですよね! ブギーマンの」
そう答えた時の私はさぞかし自信満々の顔をしていただろう。だってティントントンティントントン……のメロディでお馴染みの劇伴もあのマスクも、皆大好きなはずだから。
「えっ? ハロ……?」
バベルの塔のせいでまたも言語が分かたれたのかと思うほどの沈黙が流れた。ちなみにその人の答えは「遊星からの物体X」だった。そうね、それが一番有名よね。
まぁ人にとってどうであれ、私にとってジョン・カーペンター監督といえば「ハロウィン」なのだ。ベビーシッターの主人公・ローリーが、覆面マスクの殺人鬼・ブギーマンことマイケル・マイヤーズに狙われる王道スラッシャー作品だ。
「ハロウィン」を初めて観たとき、私はマイケルに恋をした。言葉を発さず、目的は不明。体幹のブレない歩き方。
ただ強くただ圧倒的な体躯でターゲットを殺し遂げる。悲劇的なバックボーンなどがないのもまた魅力で、彼にはシリアルキラーに設定されがちな「虐待を受け」「容姿が醜く」などの同情要素は無い(※シリーズによっては設定が異なることもある)。ここまでクールで美しい殺人鬼に出会ったのは初めてだった。
しかし1978年の第一作以降フランチャイズのシリーズが続いた「ハロウィン」は、この2023年4月、とうとう終わる。2018年からは1978年版に直接繋がるリブート続編「ハロウィン」(2018)、「ハロウィン KILLS」(2021)が公開されたが、そのリブートも、14日に公開された完結編「ハロウィン THE END」で終わるのだ。
この三部作では、マイケルと、彼が未だ付け狙うローリーとの因縁が描かれる。だが「KILLS」ではマイケルの被害者遺族たちに焦点が当たり、今作「THE END」でもマイケルの模倣犯が登場したりと、少し主軸をずらして展開しているようにも思える。それ故に、本音を言うと観る前は「つまらないのではないか」という不安もあった。
実際本編にマイケルの出番は少なく、やっと登場したと思いきやよろよろと老いた姿で出てくるのだ。「な、何だこれは……」さすがの私もそう思った。「KILLS」でハドンフィールドの街の住民にボコされるマイケルを見て悲しくて泣いたあの感覚が蘇る。
確かにマイケルは無茶苦茶強いしなかなか死なないものの、人間だ。40年も経てば歳もとるし回復力が衰えるのも仕方ない。で!!も!! こちとらそんな弱っちいマイケルは見たくない。
とはいえ残虐描写はバッチリなので、血に飢えたパブロフの犬である私はよだれを垂らしてしまう。「もっとマイケルをくれよ!!」と思いつつも、スラッシャーとしてはしっかり楽しんでしまう複雑な乙女ゴコロ。
だがこの「THE END」、そんな安直なホラー展開だけでは終わらなかった。
クライマックスで、40年の因縁に決着をつけるべく、やっと対峙するローリーとマイケル。
執拗に一人を狙い続けた男と、彼の来襲を確信し準備し続けた女の戦い。お互いに老い、キレキレの派手なアクションシーンなどでは決してない。それなのにそこに在る執念は、もはや“愛”へと昇華して見えた。だってどうだ。
相手の息の根を絶対に止めるべく、その術を考え、相手のことを考え、何十年も時間を割く。それはもう特別な想いではないか。その想いのぶつけ合い。それはバトルでありながら語らいでもあるのだ。
私がマイケルを好きになったのは、クールな振る舞いに反して一途で熱い想いを秘めていたからなんだと、このシークエンスで気づいた。そして彼らが一瞬触れ合うカットでは涙が溢れていた。
ローリーがなんとも羨ましい。本当はマイケルが見つめる先には私が居たかった。
この対峙に割かれた尺は長くはない。でもそう、そうなんだよデヴィッド・ゴードン・グリーン監督。二人に見ていたのはこれなんだよと、心の中でヘドバンの如く激しく頷いていた。
三部作を分けて観ると面白さの点数は分散するかもしれないが、ひと繋ぎの作品として観るとこれはよく出来た起承転結だと思う。ローリーとマイケルが通じ合うこんな終わりが見られるなら、このトリロジーの意味もあったというものだ。
と、しみじみしていたら、エンドロールでまた度肝を抜かれた。そこで流れた楽曲は、70年代の、まさしく愛を歌った曲だったのだ。とあるゲームの考察をしていてたまたまこの曲について調べたことがあるのだが、この曲は“死をも超越する愛”を歌っているという。ああ、もう!!!!
オタク界隈で言うところの、いわゆる“解釈一致”というやつすぎてまさかエンドロールで大号泣してしまった。よりによって試写室で号泣していたのは私くらいなもんだろう。
とまぁここまではただのいちマイケルファンの勝手な戯言だ。ロブ・ゾンビ版の「ハロウィン」が好きな人にも、ゲーム「Dead by Daylight」から入った人にも、それぞれのマイケル・マイヤーズ像があるだろう。この「THE END」があなたに刺さるかはわからない。
だけど気が向いたら、このトリロジーの終わりを感じてほしい。私の愛した殺人鬼の最後の物語を見届けてくれたら、もう何も言うことはない。
野水伊織(ノミズイオリ)
北海道出身、声優。2009年放送のアニメ「そらのおとしもの」で本格的に声優としてのキャリアをスタートさせ、以降テレビアニメ「デート・ア・ライブ」「ムヒョとロージーの魔法律相談事務所」、ゲーム「艦隊これくしょん-艦これ-」に参加している。現在は配信番組「まろに☆え~るのYouTube LIVE」に出演中。
「ハロウィン THE END」(2022年製作)
本作は1978年製作「ハロウィン」に続く形で、2018年に始動したシリーズ3部作の完結編。殺人鬼“ブギーマン”ことマイケル・マイヤーズがハドンフィールドを恐怖に陥れた事件から4年が経ち、街にも元の平穏さが戻ってきている。40年以上にわたってブギーマンに苛まれてきたローリー・ストロードが、その傷を癒やそうとしている中、新たな恐怖が連鎖し始める。
監督をデヴィッド・ゴードン・グリーンが務め、製作総指揮にはジョン・カーペンターも名を連ねた。ジェイミー・リー・カーティスがローリー、ジェームズ・ジュード・コートニーがブギーマンを演じている。
「ハロウィン THE END」4月14日より全国公開中
※「ハロウィン THE END」はR15+指定作品
(c)2022 UNIVERSAL STUDIOS