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牛尾憲輔が明かした坂本龍一との叶わぬ約束、そして没後に知った「自分の後任は牛尾に」

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ナタリー

左から國崎晋、牛尾憲輔。

坂本龍一が音楽を手がけた映画やライブ映像を上映するオールナイトイベント「Ryuichi Sakamoto Premium Collection All Night」が、4月21日と22日の2日間にわたって東京・109シネマズプレミアム新宿にて開催された。イベント内では両日ともゲストによるトークショーの時間が設けられたが、この記事では第2夜に行われた、agraphこと牛尾憲輔と、元「サウンド&レコーディング・マガジン」編集長でスタジオ・RITTOR BASEのディレクターである國崎晋のトークの様子をお伝えする。

4月14日に開業した東京・東急歌舞伎町タワーの9階と10階で営業中の109シネマズプレミアム新宿は、「映画館で映画を観る」ということにこだわっていた坂本が音響監修を担当。リアルな音を追求したサウンドシステム「SAION -SR EDITION-」、チケット購入者だけが過ごせる快適なラウンジ、そして35mmフィルム映写機を擁する唯一無二のシネマコンプレックスとなっている。この日のオールナイトイベントでは「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 +」「戦場のメリークリスマス」「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK : async」「シェルタリング・スカイ」の4本が上映され、最初に牛尾と國崎が坂本の映画音楽に関するトークを約30分間にわたり繰り広げた。

國崎から「映画音楽をする坂本龍一の魅力」について聞かれた牛尾は、「映画はあらゆる要素を含んだ“総合芸術”と言われていますが、坂本さんの音楽は“総合音楽”だなとすごく思います」と回答。その意味として「エクスペリメンタルなことをいっぱいやる一方で、職人に徹している部分も多かった。先進的でもあり古典的でもあり、メロディも和声もリズムも一聴してわかる魅力がある。なのに器用貧乏になっていないのがすごい」と説明した。

ソロでアーティスト活動をしながら自らも多く映画音楽を手がけている牛尾は、同業者目線での坂本のすごさについて「もちろんメロディや和音やオーケストレーションなどたくさんありますが、なかなか語られないけれどすごく大事な点として“イン点・アウト点の設定”というのがあるんです」と語り始める。牛尾によると坂本は映画音楽のキャリアの初期に「どこに何の音を当てるのか」について試行錯誤し、それがのちの作品に結実していたのだという。具体的な例として牛尾が挙げたのは「『戦場のメリークリスマス』ではタイトルが出てくるところでメインテーマが流れ、曲を聴かせようというアーティスト的発想があった。それが『シェルタリング・スカイ』になると、外人部隊の要塞から出ていくキットの歩きに合わせて、同期するように複雑な和音が流れるんです。その音楽は前のカットからまたいで流れているので、どこから曲が始まって何拍目に何が起こるというのを計算しないと作ることができない。これはメロディとかリズムとかとは別の職能なんですね」というもの。このあとのオールナイト上映でラインナップされている「戦場のメリークリスマス」と「シェルタリング・スカイ」を観る際に、ぜひ注目してほしいと促した。

坂本は映画音楽にシンセサイザーを導入した先駆者の1人。だが「いかにもシンセ、というふうには聞こえないのがうまいところだった」と國崎は振り返る。これに牛尾も同意しつつ、かつて坂本がベルナルド・ベルトルッチ監督にシンセサイザーをプレゼンした際に、監督から「椅子のきしみや衣擦れ、咳払いの音はどこにあるんだ?」と返されたというエピソードを挙げながら、1980年代末の段階で坂本がノイズを受け入れることに意識的になっていたと指摘した。

牛尾はその後、坂本の没後に知ったというエピソードを語り始めた。それは近年公開されたある作品について、坂本が劇伴の制作の途中で体調を崩したため、坂本は後任を牛尾にしようと動いていたというもの。牛尾と坂本は一度も面識がないままだったが、かつて牛尾のもとに坂本から「坂本です。音楽を聴きまして、とても素晴らしかったです」というメールが突然届いたそうで、何度かやりとりをしながら「一緒にお茶に行きましょう」と約束をしていたのだった。その約束は叶うことはなかったが、牛尾は「たくさんのものを頂戴したと思うので、 そのレガシーを作品に変えていけたらなと考えています」と感慨深げに思いを噛み締めていた。

この日の上映作品にラインナップされていた「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 +」は、2022年12月に配信された坂本龍一によるピアノソロコンサートにボーナストラックを1曲加えた特別版。彼にとって生前最後のパフォーマンスとなったこのコンサートは、坂本が「日本で一番いいスタジオ」と太鼓判を押す東京・NHK放送センターの509スタジオで収録が行われ、周囲に配置されたマイクで、呼吸や衣擦れまで聞こえるほどにその場のすべての音がしっかりと捉えられていた。すでにこの劇場で先に観ていたという國崎は「ダンパーペダルの音がウーファーのように腹にドンと響く。家で配信で観ていた人も、全然違う体験ができるはず」と期待を煽り、これを受けて牛尾は「一般的に考える記号化されたピアノの音色とは違って、これを聴いていると、爪が鍵盤に当たる音や、ハンマーが動作する音、ダンパーペダルを踏む音など、ピアノからすごくいろんな音が出ていることに気付かされる。そこには坂本さんの『ノイズと音楽を分ける意味ってなんだろう?』という根本的な問いかけ、思想が見えるような気がするんですね。これはすごく大事なことなので、ぜひこの劇場で長く上映してほしいなと思います」と語った。

最後に牛尾は「戦場のメリークリスマス」サウンドトラック収録曲「種子と種を蒔く人」から連想して、「坂本さんは種を蒔いて、私たちみたいな音楽家も育ててくれましたし、この映画館もその1つだと思います。たくさんいただいたそれらを、これから先どういうふうに育てていくのかは我々に託されたのかなと思います」とコメント。これから映画を観る来場者たちに多くの新たな視点をもたらして、トークショーは終了した。

なお、坂本の関連作を上映する特集「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」は5月18日まで開催。この日にスクリーンにかけられた4作品に加えて「トニー滝谷」「天命の城」、そして4月28日から追加上映として「ラストエンペラー(劇場公開版 4Kレストア)」がラインナップされている。