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横浜流星が大河ドラマ「べらぼう」主演に感慨「今の時代に描くべき作品」

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左から横浜流星、森下佳子。

2025年放送の大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」の制作・主演発表会見が本日4月27日に東京・NHK放送センターで行われ、主演の横浜流星、脚本を担当する森下佳子、制作統括の藤並英樹が出席した。

本作は江戸のメディア王として時代の寵児となった蔦屋重三郎を主人公とする“痛快エンタテインメント”。1750年、江戸郊外・吉原の貧しい庶民の子に生まれた重三郎は、貸本屋から身を興し、その後、書籍の編集・出版業を始めた人物だ。喜多川歌麿、山東京伝、葛飾北斎、曲亭馬琴、十返舎一九らの才能を見出したことでも知られている。

横浜はオファーを受けた際のことを振り返り「大河ドラマも朝ドラも出たことがない自分になんでお話をいただけたんだろうと、驚きが隠せなかったです」と素直に話し、「でも顔合わせをしていく中で少しずつ実感が湧いてきて、今はこの作品をしっかり届けなければならないという強い覚悟を持っています」と真摯に伝える。また「蔦屋重三郎は自分の生まれ育った吉原を立て直したり、江戸文化を豊にし、多くの功績を残した方。普段、自分は歌麿や北斎のようにプロデュースされる側ですが、プロデュースする側を演じられるのは非常に興味深いことだと思いました」と続けた。

森下は「蔦重はすごくセンスがよい人だと思うんです。プロデューサーや編集者って、誰かが何かを生み出す、その前にいる人。これだけ錚々たる人たちをプロデュースしているので、人を見る目があったと思いますし、人の気持ちがわかる優しい人だったのではないかと思っています」とコメント。そんな蔦重を演じる横浜の印象を問われると「とにかくお美しいので、いろいろやりたくなります。舞台が吉原なので、女性ものの着物を着せてみたいような気もするし」とほほえみ、「役作りにとてもストイックな方だと思っています。一緒に日本を元気にするような蔦重を作っていけたら」と意気込む。

藤並は主演に横浜を起用した理由について「ドラマや舞台を拝見して、人を惹きつける、魅了する力がある方だと感じていました。また彼がこれまで出演してきた作品の監督たちが、横浜さんは役に対して真摯で真面目な方だとおっしゃっていて。表現力はもちろん、そんな人間性に惹かれて一緒に仕事をしたいと思いました」と説明した。

イベント中には「蔦屋重三郎を演じる際、視聴者に伝えたいものは?」という質問が飛ぶ。横浜は「一時期エンタメは必要なのか?という声がありました。僕は必要だと思っています」と言葉に力を込め、「蔦重は商売が軌道に乗ってきたときに、寛政の改革が行われて、自由を失うんです。でも、そんな中、世の中にエンタテインメントや楽しさを送り出した。その姿にとても心を動かされました。このドラマは今の時代に描くべき作品、エンタメの在り方を再確認できる作品だと思っています。観ていただく皆さんの心が楽しくなるような物語を届けていきたいです」と語る。

そして最後に横浜は「大河ドラマは1年半、役と作品に向き合える。こんな幸せなことはないです。主人公の蔦屋重三郎は義理人情に厚くて、タイトルにあるように“べらぼう”な人物になると思います」と述べ、「大河も朝ドラも過去に何度かオーディションを受けたんですが、自分の力不足で選んでもらえませんでした。しっかり1つひとつ積み重ねて、今があると思うと感慨深いです」と伝えた。

「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~」は2024年夏にクランクイン予定。2025年1月よりNHKで放送される。演出には森下が脚本を手がけたドラマ「大奥」の大原拓が名を連ねた。

森下佳子 コメント

「つた重って知ってます?」と制作統括の藤並さんからお電話をいただいたのは昨年のこと。
むかーしにミッドタウンで展覧会やってたあの人かなぁ、確かキャッチは「江戸のぴあを作った男」だったっけ。私も情報誌の編集をしてたので、興味をひかれて覗きに行ったことを思い出した。その時は「映画にする人いそうだな。面白いおっちゃんだし、吉原なら画面華やかだし」と思って帰ったのでした。
だから、今回のこの企画を聞いて、藤並さんはどうかしてるんじゃないかと思った。2時間じゃなくて50時間もかけてやると言う。合戦もない、もちろん天下もとらないし非業の死を遂げるわけでもない、畳の上で脚気で死ぬ本屋のおっちゃんの人生を。「何やるねん」……きっと、のっけはそういう印象を持たれるんだろうなぁと覚悟している。だって、私もそう思ったから。
でも、今の私はこの時代に夢中だ。つた重の作り出した黄表紙や洒落本の面白いこと、錦絵の素晴らしいことはもとより、その作者たちもそれぞれ極めて個性的。でも、作品や逸話にほの見える心中には物書きの端くれとして、どうしたって共感してしまう。周辺も面白い。光と闇を抱え込む吉原の文化・役者の世界、跋扈する伝説の泥棒、五千石心中、そして報われぬ天才・源内。その大きな背景には近づいてくる異国がある。成り上がり田沼意次とサラブレッド松平定信、怪物一橋治済がうごめくきな臭い政治の世界がある。そこに群がる有象無象や悪党たち。天災、思惑、野望、罠、暗殺、暴動、転覆!
「戦」がなくなった時代だからこそ、いかに生きるかどう生きるか、己の価値、地位、富の有無、誇りのありどころ、そんなものが新たな「戦」としておもむろに頭をもたげだした。それがつた重の生きた時代だ。そのうねりの只中で、波を読み、波に乗り、あまつさえ作り出し、そして呑まれた、つた重。その彼が溺れもがく中で最後に世に放ったのが「写楽画」と言う謎の産物なのだ。そこには一体どんな思い、どんな意味があったのか……。きっと明確な答えは存在しない。現実の所業であるかぎり、理由は一つなんてことも考えにくいだろう。でも、だからこそ、興味は尽きるところがない。つまり夢中だ。
というわけで、今の私は自分が夢中になったように皆さんにも夢中になってもらえると嬉しいなと思っています。要はそんなドラマを目指せばいいんだなと考えています。問題は、私にそれができるかどうかだってことも自覚しております。
至らぬところも多いかと存じますが、私なりに力を尽くしますので、皆様には、何卒お引き立てのほど、よろしくお願い申し上げる次第にございます。

藤並英樹 コメント

“べらぼう”とは、そもそも「たわけ者」「バカ者」という意味でした。それが時を経て、「甚だしい」「桁外れな」という「普通を超える」様を表す言葉に変化。江戸の言葉の「べらんめえ」の語源ともいわれています。
その周囲には常識外れにしか見えない発想・行動から、蔦屋重三郎はきっと「べらぼう奴(め)!」と罵られていたことでしょう。しかしその扱いは時代の寵児へと変わっていきます。そんな重三郎に親しみと尊敬を込めた言葉として「べらぼう」と名付けました。
蔦屋重三郎が生きた1700年代の江戸時代は、町民文化が花開いた時代です。かつて映画やドラマなど様々な映像作品や物語で描かれてきた“時代劇”の時代。「べらぼう奴(め)!」といわれながらも八百八町の江戸を舞台に躍動する蔦屋重三郎を主人公に、市井の人々の生きざまや喜怒哀楽を描く娯楽時代劇を、放送100年の節目にお届けしたいと思います。