「Test&Tinyは実験の場」設立21周年のカクバリズムが仕掛ける“雑多雑食”なセレクトショップ
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角張渉
「衣食住音」をキャッチコピーに、数多くの良質な音楽を世に送り出してきたインディーレーベル・カクバリズム。昨年で設立20周年を迎えた同レーベルのセレクトショップ・Test&Tinyが東京・世田谷区上馬エリアにオープンした。このニュースが報じられると、SNSでは音楽ファンの期待の声が数多く上がった。その一方で「このタイミングでなんでリアル店舗なの?」と不思議に思った人も多いはず。音楽ナタリーではTest&Tiny立ち上げの経緯に迫るべく、カクバリズムの代表・角張渉に話を聞いた。
取材・文 / 下原研二 撮影 / 小財美香子
酔っ払った勢いで開業を決意
東急電鉄世田谷線を走る2両編成の電車を松陰神社前駅で降りて歩くこと約7分、住宅街を抜けて世田谷通りに出ると、道路を挟んだ向かいに小さな2階建てのビルが見えてくる。建物脇の階段を登った先の2階に入っているのがカクバリズムのセレクトショップ・Test&Tinyだ。店内はカクバリズム所属アーティストのデッドストックのレコードやCD、DJのMOODMANとライター・松永良平がセレクトした中古レコード、オープン記念で制作されたアパレル、角張がいつか店を開業したときのためにと買い溜めてきたぬいぐるみ、雑貨などが所狭しと並べられており、レーベルが掲げる「衣食住音」を、リアルな空間で体感することができる。そもそもなぜ、カクバリズムが店を構えることになったのか? そのきっかけは角張のあるツイートだったという。
「僕は若い頃に下北沢のdiskunionでアルバイトをしていたんですけど、当時から漠然と『いつか店を持って、何か面白いことがしたい』と考えていたんです。そのお店では自分が好きなアーティストの中古レコードだったり、友達の新品のレコードだったり、カクバリズム以外の作品も扱えたらいいなと妄想していて(笑)。それに2020年にコロナ禍になって、カクバリズムも大苦戦する予感があったから何か新しいことを始めたかったんです。それで2020年の冬に酔っ払った勢いで、『カクバリズムの作品を中心に、洋服や雑貨も置いてあって、コーヒーも飲めるような場所を作りたい』という内容のツイートをしたら思ったよりたくさんの反響があった。そのリアクションが単純にうれしかったというのは大きいですね。うちの社員の藤田(塁)くんにその話をしたら、彼もレコードや古着が好きだから賛同してくれて、じゃあやってみようかなって」
とはいえ、カクバリズムの本業はインディーレーベル。自分1人では開業準備がなかなか進まないと考えた角張は、かねてから親交があり「一緒に何かやりたい」と考えていたDJ / プロデューサーユニット・Traks BoysのK404、惣菜と立ち飲みワインの店・kokilikoの店主である米田牧子の2人に声をかけることに。結果的にビルの1階にkokilikoが入り、Test&TinyのバックヤードにK404の作業場が併設されることとなった。
「当時は子育てが大変でインプットの機会が少なかったんです。そんなときにK404くんが『外に行こう』といろんな場所に連れて行ってくれて。その中で得られるものはたくさんあって、小さい場所でもいいから彼と一緒に何かやりたいと思って声をかけたら、K404くんも『作業場が欲しかったからいいよ』と快諾してくれたんです。1階に入っているkokilikoはもともとケータリング専門のお店で、カクバリズムのイベントに出店してもらってたんですよ。店主の米田さんが『将来的には路面店をやりたい』と話していて。だったら一緒にやりましょう、という話になってみんなでこの小さな場所を借りることになりました。うちは少人数でやっていて、どうしても人手が足りないから、一緒にやってくる人がいないとなかなか進まないんですよね。とはいえ、空いた時間で準備してたら2年もかかっちゃったんだけど(笑)」
“わざわざ行く”を楽しんでいた
前述した通りTest&Tinyは松陰神社前駅から7分、三軒茶屋駅からだと15分という決してアクセスがいいとは言えない立地にある。個人経営の店が点在するこの周辺の人通りはそこまで多くなく、渋谷や原宿、下北沢、新宿などの人気スポットと比べると、どこか地方都市のようなローカルなムードが漂っている。
「正直、僕自身は場所に対して強いこだわりがあったわけではないんです。ただ、下北沢とかは平日でもすごい数の人が歩いてるじゃないですか。ああいうアクセスがよくて若者が集まる人気のエリアもよかったんだけど、自分が昔からいいなと思うお店は辺鄙な場所にあって、“わざわざ行く”ってことを楽しんでいたんです(笑)。だからTest&Tinyは決してアクセスのいい店ではないかもしれないけど、それもまたいいんじゃないかって。それに家賃の支払いや売り上げを気にして運営することはしたくなかったんです。マイペースにやりつつ、お客さんに『ちょっと遠いけど、ここに来たら面白いものがある』と思ってもらえるお店にできたらいいなと」
ここまでの話を聞くと、“この場所でしか買えない”商品ラインナップをTest&Tinyの1つの売りにするのかと思いきや、どうやらそういった狙いはないらしい。そこには角張がいち音楽ファンとして仙台で過ごした少年時代や、レーベルオーナーとして日々忙しなく動き回る現在の生活の中で感じたことが関係しているようだ。
「店に来ないと買えないアイテムばかりとか、そういう状況は作りたくないんです。僕は仙台出身なんだけど、今でも地元に住んでいたとしたら『また東京ばっかり!』と思っていただろうしね。それに僕自身、忙しかったのもあるけど、この間会社のすぐ近くのショップの通販を利用したんですよ。帰りに寄ればいいのに(笑)。そんなやつが偉そうなことは言えないし(笑)、そもそもうちは『カクバリズムデリヴァリー』(※カクバリズムの公式通販サイト)もやっているわけで。とはいえ『カクバリズムデリヴァリー』で中古レコードやカクバリズムのデットストックを扱うのも違う気がするんですよ。だからアイテムのラインナップは悩みどころだけど、Test&Tinyではオリジナルグッズをメインに扱うオンラインショップも用意しているんです(※4月中旬オープン)。もちろんお店優先にはなるんだけども」
人と人が集まって会話できる場所を
ECサイトが右肩上がりの成長を続ける昨今、特にコロナ禍以降は外出自粛や巣ごもり需要の高まりにより市場はますます拡大しているという。3月13日からマスク着用が個人の判断に委ねられることとなり、5月8日からは新型コロナウイルス感染症が5類感染症へ移行するなど対策緩和ムードが高まっているものの、ここ数年はさまざまな業種で実店舗を畳むネガティブなニュースを見かける機会が多かった。そのことを踏まえ、なぜこのタイミングでリアル店舗なのか? 角張に率直な意見をぶつけてみた。
「僕もそう思いますよ(笑)。でもね、『なんで今、実店舗を持つの?』と思う一方で、『いやいや、今やるでしょ!』と真逆のことを考えてる自分もいるんです。『店をやるにしても、まずはECで様子を見ればいいのに』と思った人もいるかもしれないけど、店をやりたいと思ったときは、出会いの場というか、人と人が集まって会話できる場所を作りたかった。まあ、今思えばコロナ禍で人と会えなくてさびしかったんでしょうね(笑)」
そして角張はTest&Tinyをリアル店舗として構えることについて、こう続ける。
「例えば若いアーティストがうちの店にデモ音源を持って来てくれたり、こちらからデザイナーさんやイラストレーターさんに『何か特別なアイテムを作りませんか?』と提案して一緒に形にしたり。それはオンラインでもいいんだけど、出会いのスタート地点みたいなものをリアルな空間として作りたかった。例えばオープン記念に作ったボーダーのロンTはJust Rightという池ノ上にあるショップに別注をお願いしたんですけど、そういう取り組みが自分の心の置き場所のチェックにもなるんです」
Test&Tinyは実験の場
Test&Tinyの7畳ほどのコンパクトな空間に並ぶ“雑多雑食”なアイテムの数々に囲まれていると、カルチャー好きな友人の部屋に遊びに来たような不思議な気分になってくる。それはカクバリズムというレーベルが持つ親しみやすさであったり、スタイリストの伊賀大介がセレクトした古本、KASHIFが手がけたカセットテープ「Test&Tiny Tape」など、レーベルとその友人たちの関係性があってこその商品ラインナップから筆者が自然と感じ取ったことかもしれない。
「家庭を持つと当然だけど家の中から自分の趣味の要素が少しずつ減っていくんですよ。『子供が大きくなって親のレコードやCDを聴く』みたいな素敵な話も聞くけど、そこに至るまでけっこうな時間があるじゃないですか(笑)。だからこの5、6年は『いつか店を持つなら自分の部屋っぽい雰囲気にしたい』と考えていたんです。それにTest&Tinyの内装や商品のラインナップを通して、カクバリズム全体のセンスみたいなものが伝わってくれればいいなって。置けるレコードも350枚くらいだから、自分の好きなものだけ置けるんですよ。これが10000枚置けるとなると僕の守備範囲をある程度超えていかないと店としては成立しないし、レコ屋と謳うならお客さんのニーズにある程度応えなきゃいけない。だからTest&Tinyはレコ屋でもなければ服屋でもなくて、『こういうのいいと思うんですけど、どうですかね?』と提案する実験の場なんです」
角張の言う実験の1つとして、前述のようなカクバリズムがこれまで築いてきた関係値があってこそのコラボレーションがあるのだろう。レコード目当てで入った店で人生を通して読み返す本に出会えたり、贔屓にしているレーベルのフィルターを通してそれまで知らなかったアーティストの音楽に触れる機会があったとしたらそれは素敵なことだ。
「伊賀くんはいい大人になった今でも遊ぶ数少ない友達なんだけど、彼と飲むと本の話をよくするんですよ。例えば野球の話をしていたら『バリ(角張)、落合の[戦士の食卓]は最高だよ』とか言って本を後日持って来てくれる。だからTest&Tinyでは、僕と伊賀くんが飲んでるときに話題に挙がった本を置いてる感じですね。あと面白いのが伊賀くんは『この本の横にはこの本』みたいに本棚のレイアウトまでこだわるんですよ。そういう姿を見ると、伊賀大介が伊賀大介たる所以がわかりますね(笑)。オープン記念のカセットテープ『Test&Tiny Tape』はKASHIFくんに作ってもらいました。カクバリズムのアーティストでもよかったんだけど、この20年の間にたくさんの出会いがあったので、お世話になっている大好きな人たちに声かけていきたいなと思って。それで仲がよくて我々がリスペクトしてるKASHIFくんにお願いしたんです。カセットテープは第2弾、第3弾と仕込んでいるところなのでリリースを楽しみにしていてください」
角張渉にとっての“場所”とは
カクバリズムは自社の作品をDJがクラブでプレイし、口伝てに広がっていくことを想定してレコードを作ったり、昨年全国各地で開催された設立20周年企画「20years Anniversary Special」など数多くのイベントを企画したりと、その場所で生まれる出会いを大切にしてきたように感じる。
「diskunionでバイトをしてたときに、店の先輩もお客さんもみんな優しかったんですよ。店頭BGMはその店が押してるアーティストの作品や、ベテラン店員が好きな音楽をかけるんだけど、僕がまだ若手のペーペーだった頃に『自分でレーベルをやってます』と言ったらYOUR SONG IS GOODの7inchのサンプル盤を流してくれたことがあって。それでたまたまレコードをディグりに来た小西(康陽)さんが『今かかってる曲は何?』と声をかけてくださったり、MUROさんが来たときはリリース済みだったから2枚買いしてくれたりもして、それが本当にうれしかったんですよね」
diskunion時代のエピソードを楽しそうに振り返る角張。彼は店頭に立ってお客さんと触れ合う実店舗ならではの醍醐味を次のように語ってくれた。
「作品を聴いてもらうきっかけとしてサブスクも大事だけど、場所があるとお客さんの反応を直接生で見ることができる。店で流してる音楽がきっかけで会話が盛り上がったり、お客さんに『この曲カッコいいですね』と言われるだけでうれしくなっちゃうんですよ。『ハイ・フィデリティ』という映画でレコ屋を営む主人公がスタッフに『The Beta Bandの[The Three E.P.'s]を5枚売る』と宣言してCDをかけて、それを聴いたお客さんが『これは誰? いいね』みたいなことを言うシーンがあるんだけど、それが超カッコいい。結局、僕はそれがやりたいんだと思います(笑)。古い感覚かもしれないけど、そういう意味では場所というものを大事にしているのかも」
この場所から生まれる何かに期待してる
こうしてTest&Tinyは2月25日にオープンした。現在は公式のInstagramアカウントで開店日を告知しながらマイペースに営業を続けている。角張自身も余裕がある日は店頭に立っており、お客さんとコミュニケーションを取る中で実店舗の強みも徐々に見えてきたそうだ。
「やっぱりオープン日は緊張しましたね。『初日はたくさん来てくれるでしょ!』と思いつつ、当日を迎えたらやっぱり誰も来ないんじゃないかと不安になってきて。スタッフに『大丈夫ですよ。お客さん来てくれますよ』と言ってもらいたいがために、『やっぱり遠いから全然お客さん来ないんじゃないかな』とか弱音を吐いてました(笑)。結果的にはお客さんがひっきりなしに来てくれて本当にうれしかったですね。お客さんのほうから『レコードを買うのは初めてなんですけど、オススメはありますか?』みたいに話しかけてくれることもあって。それはカクバリズムというレーベルを信頼してくれているってことだと思うんです。それに伊賀くんがこの間遊びに来て「こういう品揃えはほかになくない? 面白いじゃん」と言ってくれたりもして。確かにインディーズレーベルが運営する店で、ここまで雑多なラインナップはあまりないのかなと。レーベルの新しい側面を知ってもらえたらいいし、『こういうお店って今までありそうでなかったかも』みたいな感覚がうちのカラーになっていけばいいなと思います」
コロナ禍の閉鎖的な日々を経て、実際にさまざまな人が集まれる場所を作った角張。彼は今後、Test&Tinyを使ってどんなことにトライしていくのだろうか。
「何か実験的なことをやっていけたらいいですね。カクバリズムから新人をデビューさせる場合、普通はきちんとプロモーションを打って利益を上げましょうとなるんだけど、Test&Tinyではもう少しライトな施策もできるんじゃないかって。まあ、それがなんなのかは模索中ではあるんですけどね(笑)。それとは別にスカートの澤部(渡)くんにアルバイトとして1日店に立ってもらうとかも面白いじゃないですか。例えば澤部くんセレクトの中古レコードをたくさん並べるとか、そういう企画もいいんじゃないかって。さっきも話したけどTest&Tinyは楽しい実験の場にしたいんですよ。僕はこの場所から生まれる何かに期待していて、例えばうちのスタッフが近所の人と仲よくなって松陰神社のカフェでイベントを始めるとか、そういうアクションが起こっていくと面白い。気付いたら店内が知らないアーティストの作品でいっぱいになるとかね(笑)、まったく僕が知らないところでそういうふうになっていくといいなと思います」
店舗情報
Test&Tiny
住所:東京都世田谷区上馬5-38-10 2階
※営業日はInstagram公式アカウントにて確認を。
<リンク>
Test&Tiny - Instagram
Test&Tiny - ONLINE STORE
角張渉(カクバリワタル)
音楽レーベル・カクバリズム代表。1978年、宮城県出身。2002年3月にカクバリズムを設立し、YOUR SONG IS GOOD、SAKEROCK、キセル、二階堂和美、MU-STARS、cero、(((さらうんど)))、VIDEOTAPEMUSIC、片想い、スカート、思い出野郎Aチーム、在日ファンク、mei eharaなど多彩なアーティストの作品を次々と世に送り出す。2018年7月に初の著書「衣・食・住・音 音楽仕事を続けて生きるには」を発表した。
カクバリズム | KAKUBARHYTHM
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