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【観劇レポート】駿府城公園で上演 SPAC『天守物語』

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SPAC『天守物語』より (c)猪熊康夫

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「東アジア文化都市2023静岡県」の「春の式典」の掉尾を飾るイベント「静岡県舞台芸術センター(SPAC)」による公演『天守物語』が、5月2日(火) に駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場にて行われ、報道陣に公開された。

本公演は「ふじのくに野外芸術フェスタ2023」の演目でもある。このフェスタは、SPAC主催の国際演劇祭「ふじのくに⇄せかい演劇祭」と同時開催される催しで、2013年より静岡県内の各地で、国内外のアーティストが、広場や公園、路上などの野外で芝居やパフォーマンスを行い、身近な場所で気軽に「演劇」に楽しめることをコンセプトに、今年も大いに盛り上がりを見せている。

そんな演目の『天守物語』は、明治時代の小説家・泉鏡花が1917年に発表した戯曲が原作。1996年に初演されると、日本国内だけでなく、インド、パキスタン、中国、エジプト、韓国、アメリカ、フランス、台湾など国内外30都市で上演され、各地で大きな反響を呼んだ、ロマン主義の香り漂うSPACの芸術総監督・宮城聰の代表作だ。

(c)平尾正志

まず5月の涼しい薫風を受けつつ、草木が匂い立つ夕闇に包まれながら野外に佇む静謐な劇場は、舞台と観客席の境界を瞬く間に消し去ってしまう。舞台が我々のいる世界なのか、世界が舞台なのか分からなくなる目眩に似た感覚を我々は覚える。それだけで我々の気分は変容し、特別な時間を生きている気がする。ほぼ素舞台の中央の奥に、物語では獅子として登場するが、中国の春節で舞う龍に似せた面が格子の壁に据えてある。格子の向こう側では俳優達がコンガ、ボンゴ、スチールパン、チャング、和太鼓といった様々な打楽器を叩きリズムを刻む。舞台の周りにはいくつものライトが設置されている。駿府城の跡地を戯曲に登場する戦国時代の姫路城に見立てたセットは余計な装飾を省きシンプルで美しい。野外劇場という特殊な「磁場」に清々しく親密な空気を余すことなく引き寄せた美術とライティングの妙で、会場は幻想的で親密な祝祭感あふれる空間になっていた。

(c)平尾正志

舞台は姫路城に住む魔界の者をつかさどる天守夫人・富姫と若き侍である姫川図書之助が出会い心ひかれあう物語。異形の者と人間の恋……それは記憶の古層に沈んだ古の物語や外国のお話にも通じる「愛」の本質を現出させる。それは血筋の違い、種族の違い、言語の違いという「あなた」と「私」の肉体的・精神的な「距離」を描いているからだ。「愛」とはその隔たりを無効化するメディウムである。幾多の試練を潜り抜け、超えがたい壁を突き破り「あなた」と「私」は「愛」を勝ち取ることでひとつになれる。今作はアジアの民俗芸能や伝統演劇が、日本の神話的な原作にグラデーションを与えて色彩豊かな普遍性の強い物語として大いに楽しめる。同時に、「愛」を求め困難に立ち向かう者たちの果敢な姿と彼らの魂の救済が緻密で雄大なタッチで描かれるシーンの連続に壮絶なカタルシスを覚えるはず。

(c)平尾正志

演出の宮城が得意とする、台詞を発せずに所作だけで見せる動き手と舞台の隅にいる語り手が分かれ、ふたりで1役を作り上げる演出は、スタティックな野外の空間に冴え渡る。話し手の声と動きの所作が生々しく交錯し、また人間だからこそ生まれる一瞬のブレが、観客の認識をズラし、人間と異形の者との差別化を消失させてしまう。そうして、観客をあらゆる生物の坩堝に誘い込む。いわば「生きる」という行為が剥き出しになった「事件」を目撃する。

さらに宮城は、伝統芸能へのオマージュや現代的なユーモアを渾然一体に扱うことで異化効果をもたらし、「世界」と「私」を相対化させ向き合わせることで対話を促す。そうして、我々はあらゆる生物の純然たる「生」の「胎動」が世界を構成していることを眼前にする。それを肯定することが、今日的な社会や政治が抱えるテーゼだろうし、今作を通して観客は「いまを生きる現実」と「我々の、いま、為すべき事」を知るのだ。そんな観客の人生観をあっという間に変えさせる経験を与えてくれる宮城の対位法的な手法は、これまで以上に洗練されて高みに達していると言えるだろう。

「いま、ここ」にいることの愉悦を味わえる至極の観劇体験

俳優陣は皆素晴らしく、宮城とともに彼の主催していたク・ナウカ時代から共闘し続けた富姫役の美加理は、アジア的な所作や佇まい、さらには表情、指先に至るまで、張り詰めた緊張感の中で己の肉体に、国籍やジェンダーなどを超えた、生物だけが醸し出す生存の美しさや悲しみ、喜び、ユーモア、愛おしさを十全に宿らせていた。彼女の身体言語は「生」の有り様を我々にリアルに感じさせる。まさに誰も真似できないオンリーワンの芝居。「愛」に殉じる図書之助を演じる大高浩一は肉体を巧みに使った高貴な芝居を見せたし、富姫の語り手は阿部一徳だが、淀みない台詞回で公園中に響き渡らせる声質に圧倒された。

(c)猪熊康夫

端午の節句に合わせた「こいのぼり」をイメージした衣裳も煌びやかだった。音楽の棚川寛子はペーソスの中に愛着が湧くメロディーを奏で、そこに出演者によるアタック感の強いオリエンタルな打楽器のリズムが重なると、えも言われぬダイナミズムが生まれ、現代のダンスミュージックのように観客の魂を躍動させる。現代的でありながら極めて原初的なグルーヴのある音の群れ。そんな音を野外で浴びると、今で言う「音楽フェス」にいるような感覚で誰しもの体が思わず踊り出す。観客席を囲うものがないので、音の抜けの良さだけでなく、俳優全ての息遣い、さらには会場に生きている生物の息吹まで漏らすことなく味わうことで、「いま、ここ」にいることの愉悦を味わえる至極の観劇体験を約束してくれる。あらゆる生命が平等になる奇跡。まさにハレの日に行われる祭事に相応しい我々の五感を昂らせる素晴らしい舞台だった。

「ふじのくに野外芸術フェスタ2023」としての本公演は、5月3日(水・祝) から6日(土) まで駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場にて上演。その後、5月27日(土) から28日(日) まで浜松城公園 中央芝生広場 特設会場にて上演される。

取材・文=竹下力
撮影=猪熊康夫、平尾正志

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