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「Gacha Pop」はJ-POPに代わる新ジャンルになるのか?

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プレイリスト「Gacha Pop」カバー

今年5月、Spotifyは日本のポップミュージックを世界に届けることを目的としたグローバルプレイリスト「Gacha Pop」を公開した。概要欄に「What pops out!? Roll the gacha and find your Neo J-Pop treasure.(何が出るかな!? ガチャを回して新しいJ-Popのお宝を見つけてね)」と書かれたこのプレイリストに並んでいるのは、Ado、YOASOBI、imase、米津玄師、ずっと真夜中でいいのに。、なとり、藤井風、新しい学校のリーダーズなどの75曲(2023年6月15日現在)。音楽性の統一感はあまりないように見えるが、いずれも海外でストリーミング再生数を伸ばしている楽曲だ。

日本のSNSではこのプレイリストが話題になり、ポップでキャッチーなネーミングも相まって「Gacha Pop」を新しいジャンル名として歓迎するムードが広がっている。「Gacha Pop」は現行の日本のポップミュージックを指す言葉として、80年代末から使われ続けてきた「J-POP」に取って代わるものになるのだろうか。音楽ナタリーはスポティファイジャパン株式会社の芦澤紀子氏に取材を行い、このプレイリストを作った狙いなどを教えてもらった。

取材・文 / 橋本尚平

そもそもこのプレイリストはなぜ作られたのか?

芦澤氏によるとSpotifyは、数年前からストリーミングが日本でも広く浸透し、国内アーティストのカタログも充実してくる中で、日本の音楽やポップカルチャーをボーダレスに海外リスナーに発信・紹介することが、同サービスの重要な役割の1つだと考えるようになったという。

ストリーミングの浸透・発展により世界規模の成功を手にしたアジア発の音楽にK-POPという例があるが、韓国と日本の音楽の違いについて芦澤氏は「海外進出という目標に向けて国家規模で戦略的に取り組むなど比較的フォーマット化された“ジャンル”であるK-POPに対し、海外で注目を集める昨今の日本の音楽やカルチャーは非常に多様化している」と指摘。その多様化したポップカルチャーを海外に紹介するために、新しい価値観とともに感覚的に提示することが大切だと考えたSpotifyは、時間をかけてこのプレイリストを作るための準備をしたという。

「J-POP」などの既存の音楽ジャンルやカテゴリを使うのではなく、新しい造語を作った理由

ここ数年はアニメ関連やゲーム関連の音楽を筆頭として、シティポップ、ローファイヒップホップ、ボカロ、Vtuberなど、さまざまなタイプのものが海外で注目されている日本の音楽。国内からの視点で見るとそれぞれバラバラな事象に見えるものの、芦澤氏によるとこれらは海外のリスナーから「クールな日本のポップカルチャー」という同じ文脈の中で捉えられているという。芦澤氏はこれについて、下記の具体例を挙げて説明してくれた。

「Spotifyにおいて世界で最も聴かれた国内アーティストの楽曲として、2021年、22年と2年連続で上位にエントリーしたYOASOBI『夜に駆ける』はその好例。実際にはアニメ作品のタイアップ曲ではありませんが、アニメーションやイラストを駆使したミュージックビデオやビジュアルイメージから、海外ではアニメ的なジャパニーズポップカルチャーのアイコニックな存在として受け止められ、リスナー自作のイラストや動画などとともにシェアされ、再生回数を伸ばしました」

「昨年世界中でバイラルヒットとなり、トータル3億7000万再生を突破してなおも数字を伸ばし続けている藤井風『死ぬのがいいわ』も、タイで発生したバズがSNSを中心に拡散していく際、日本のアニメ風動画と組み合わせてシェアされる事例が多く見受けられました。2020年末にグローバルバイラルチャート1位を18日連続で記録した松原みき『真夜中のドア~Stay With Me~』でも同様の現象が見られ、海外のユーザーが作成・拡散するシティポップやローファイヒップホップのプレイリストはアニメ風イラストカバーのものが多いことが特徴的です」

「その『真夜中のドア~Stay With Me~』をはじめとした日本のシティポップがアジアで脚光を集めるきっかけの1つとなったインドネシアのYouTuber、レイニッチが自身のYouTubeチャンネルでピックアップしているのは、この曲のほかにYOASOBI『アイドル』、なとり『Overdose』、HoneyWorks『可愛くてごめん』、米津玄師『KICK BACK』、花澤香菜『恋愛サーキュレーション』など。日本のリスナーからすると一貫性がなく感じられるかもしれませんが、いずれも海外視点から見たカラフルな日本のポップカルチャーであるという共通性を持っています」

このような例からSpotifyは、ここ数年連続して起きていた「日本のアーティストの楽曲が海外でバイラルヒットを生む現象」が、それぞれはバラバラな点のように見えても、実は「日本のクールなポップカルチャー」という一貫した視点から、地続きでつながっているのではないかと仮説を立てる。しかしK-POPという“音楽ジャンル”と違って、この現象やトレンドについてこれまで使われてきたJ-POPという言葉では説明することができないため、新たな言葉が必要だと考えたSpotifyは、「Gacha Pop」という新しい造語を考えることにした。芦澤氏はこう語る。

「海外からの視点で日本のカルチャーを捉えたときに新しい価値観が生まれる、という意味で、『カリフォルニアロール現象』という仮説を唱えていました。日本の寿司の伝統に固執するのではなく、文化背景の異なる海外で愛されるために、カリフォルニアロールという日本にはなかった見せ方、プレゼンテーションで寿司を提供することによって、世界に大きく拡散していった事例です。日本のポップカルチャーや音楽もそれと同様で、日本人が考えるジャンルの縛りやこれまでの価値観に囚われすぎることなく、海外で理解・受容されやすい形でプレゼンテーションするために、J-POPに代わる新しい言葉が必要だと考えました」

「Gacha Pop」とは具体的にどんな音楽を指すのか?

「Gacha Pop」というネーミングの由来について聞くと芦澤氏は「日本発のポップでカラフルなカプセルトイ(=ガチャガチャ)から着想を得て、おもちゃ箱をひっくり返したような、何が出るかわからない、ポップで雑多な楽しさを表現して発想した」と回答した。国内で独自の進化を遂げてきたカプセルトイは、近年は海外からの旅行者に人気があり、そういった背景を日本の音楽と重ね合わせてもこれはピッタリな命名だと言えそうだ。

このプレイリストに選曲する基準については「Gacha Popはジャンルではないので、間口は広く持っている」と断りを入れつつ、芦澤氏は次のように答えた。

「アニメ関連曲、ボカロ、ネットカルチャー、ハイパーポップ、Vtuberなどをボーダレスに選曲していますが、データを見ながら再生数の海外比率の高い楽曲、海外バイラルチャートで反応のある楽曲などを常に優先的にプログラミングしています。特定のジャンルに固執するのではなく、その時々で日本のポップカルチャーを象徴するような楽曲を、柔軟性を持って選曲・提示していきます」

しかし、音楽性に関する決め事を設けていないとはいえ、リアルタイムで海外から支持されている曲がプレイリストとして並べられると、単なる無秩序な曲の一覧ではなく、そこにはある程度の傾向がなんとなく見えてくる。「コアな部分には日本的なポップカルチャーが存在するものの、それぞれの楽曲の表現方法は多様であっていいし、カラフルな雑多さこそ日本的で楽しい」と語る芦澤氏。始まったばかりの「Gacha Pop」プレイリストの今後について「日本の楽曲の独特なコード感やユニークな構成、演奏の素晴らしさや独自性も含めたクオリティの高さを、改めて海外に発信していきたい。ワクワクするような、情緒的な価値を発信していきたい」と意気込みを語っていた。

命名したSpotifyはあくまで音楽ジャンルとは考えていないという「Gacha Pop」という言葉だが、近年大きな潮流となったハイパーポップという音楽ジャンルはもともと、Spotifyが2019年8月に公開した、100 gecsやA・G・クックらの曲をセレクトしたプレイリストのタイトルが「Hyperpop」だったことが由来とされている。

ついでに言えば、現在当たり前に使われている「J-POP」という言葉も、FMラジオ局・J-WAVEが開局直後の1988年に「海外の音楽を流すラジオ局でも流せる日本の音楽」「洋楽と並列に聴ける邦楽」といういう意味で作ったもので、音楽視聴媒体が考案した言葉という点は「Gacha Pop」と共通している。「Gacha Pop」も今後、適格で使い勝手のいいワードとしてたくさんのリスナーに受容されるようになれば、日本のポップカルチャーを表す音楽ジャンルの1つとして定着していくのかもしれない。