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天国で100歳迎えたラローチャへ 恒例の熊本マリ「夜会」

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熊本マリ ©Shimokoshi Haruki

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ピアニスト熊本マリが恒例の秋の「夜会」を開く。クラシック入門者にも気配りの行き届いた選曲におしゃべりも交えて、親しみやすいコンサートだ。

今回は「アリシア・デ・ラローチャへのオマージュ」をテーマに掲げた。存命なら今年で100歳だったスペインの名ピアニスト(2009年逝去)と熊本の縁は少女時代にまでさかのぼる。

「ピアニストとしてだけでなく、人間としても尊敬する女性でした。私は10歳から17歳までマドリードで過ごしたのですが、アリシアに会ったのは12歳の頃。どうしても会いたくて、彼女のバルセロナの家の電話番号を調べて突然電話したんです。そうしたら、今度マドリードに行くからと、見知らぬ子供の私に会うことを約束してくれて。母と一緒に、ホテルのロビーでお目にかかりました。ぜんぜん偉ぶった感じのない、普通のやさしいおばさんでした。

それからはマドリードでコンサートがあるたびに楽屋を訪ねていたのですが、14歳の時にピアニストになると決めた私は、その後ジュリアード音楽院に入学。ニューヨークで久しぶりに再会しました。同じアリシアという名前の彼女の娘さんが偶然、私のルームメイトと友人だったんです。カーネギーホールの隣のアパートのお宅にうかがいました。『ああ、あの時のマリだ!』。一緒にお茶を飲みながら、いま何を弾いているの?シューマン?あなた手が小さいのにどうやって弾くの?と私の成長を気にかけてくれました」

師匠と弟子ではない。巨匠とこれから羽ばたこうとするピアニストの卵が年齢の離れた友人同士という、ちょっと不思議な関係が築かれた。

「教えるのは好きじゃなかったようです。とくに現役の頃は、本当のコツは秘密だから教えたくないと言っていました。自分の演奏活動に集中したかったのでしょうね。気持ちはわかります。その後彼女が身体を壊してからはレッスンもしていましたけれども」

熊本が日本に帰って、ピアニストとして華々しい活躍をするようになってからも、二人の関係はずっと続いた。

「2年に一度来日する彼女をアテンドして、通訳したり一緒に食事したり。彼女は私が日本でスペイン音楽を広めていることを知っていて、それをとても喜んでくれました。来日のたびに私の新しいCDをプレゼントすると、次は何を録音するの?と楽しみにしてくれて。でも一番褒めてくれのは、スペイン音楽ではなくて《ゴルトベルク変奏曲》だったんですよ。私が一番力を込めて録音したCDだし、バッハは私のライフワーク。うれしかったですね」

「すべてが難しい」というラローチャの言葉が胸に刻まれている。

「ピアニストになれば、すべてが難しい。やればやるほど難しいと言っていました。簡単そうに見える曲でも、すべてが難しいからと。彼女は日本にいる間も、とにかくいつも練習しているんです。定宿のホテルにはアップライト・ピアノしかなかったのですが、その小さなピアノで、もう何百回も弾いているであろう曲を、自分のフィンガリング、自分の一音一音を確かめながら練習する。完璧はないということですよね。追求は永遠です。ほんとうにすごいなと思います。そして、演奏は祈り。一音一音が神への祈りだという姿勢も学びました」

10月の「夜会」は、スペイン音楽を中心に、ショパン《雨だれ》やリスト《愛の夢》など名曲も織り込んで誰でも聴きやすいように構成している。ラローチャもしばしばそうした多彩なプログラムを組んだ。

「なるべくみなさんが知っている曲も入れながら。でも《雨だれ》はスペインのマヨルカ島で作曲されていますし、リストも《スペイン風狂詩曲》を作曲したり、スペインとつながりがあります。作曲家たちにとって、スペインは魅力的な土地だったのです」

もちろんスペイン音楽にはラローチャとのたくさんの思い出も刷り込まれている。

「グラナドスの《わら人形》(~ゴイェスカス)は、ジュリアードの受験でも弾いた曲です。だから18歳の頃から弾いているわけですけど、とても難しい。でも彼女の演奏はやっぱり素晴らしくて、どうやって弾いているんだろう?と、とにかく何度も何度も聴いた、とても思い入れのある作品です。アリシアは、グラナドスとアルベニスを比べると、グラナドスのほうが精神的に難しいと、よく言っていましたね」

熊本の熱心な紹介もあって、以前に比べれば日本でもかなり知られているように思えるスペイン音楽。しかし彼女は言う。

「もっと聴いてほしいし、弾いてほしいんです。それも子供の頃から。今、子供用の教材にスペイン音楽はほとんど入っていないんですね。でも、スペイン音楽はリズム的なので、子供たちが、踊るように、身体の感覚で学べる。そういうものを弾いていれば、ピアノがもっと好きになるし、音楽をもっと身近に親しく感じられるはずです。音楽教育に、もっとスペイン音楽を取り入れてほしいと思います」

そんなスペイン音楽の魅力を全身で浴びる一夜。ラローチャへの思いとともに受け取りたい。

取材・文:宮本明

熊本マリ ©Shimokoshi Haruki

熊本マリの夜会
スペインの熱い夜 〜アリシア・デ・ラローチャへのオマージュ〜

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2316114

10月5日(木) 18:30開演
東京文化会館小ホール

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