憧れの二役に初役で挑む松本幸四郎。「僕の身体を通して叔父のすごさを知っていただきたい」 歌舞伎座新開場十周年「秀山祭九月大歌舞伎」
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インタビュー

松本幸四郎
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すべて見る初世吉右衛門ゆかりの演目を上演する「秀山祭」。今年の歌舞伎座新開場十周年「秀山祭九月大歌舞伎」は、二世中村吉右衛門の三回忌追善と銘打って開催される。
甥である松本幸四郎は、「秀山祭は叔父が大事にしてきた興行でした。その興行ができること、そして叔父の三回忌の追善をさせていただけることがまずありがたいです」と語る。
幸四郎が勤めるのは『土蜘』の叡山の僧智籌実は土蜘の精と、『一本刀土俵入』の駒形茂兵衛。いずれも二世吉右衛門の当り役だ。

「叔父の『土蜘』に憧れていました。叔父に習いたい役の上位にあったものですが私の力不足で直接教えていただく機会がありませんでした。また『一本刀』は長谷川伸の最高傑作のひとつ。叔父も何度も勤めております。この叔父の当り役だったふたつの役を私の身体を通してみなさんに知っていただく。それを目標に勤めたいと思っています」と意気込みを語る。
『土蜘』は長唄の舞踊劇で「新古演劇十種」のひとつ。病床に伏せる源頼光の館へ叡山の智籌と名乗る僧が姿を現す。本性を顕した智籌が千筋の糸を繰り出す立廻りも見どころだ。この、智籌実は土蜘の精を、幸四郎は初役で勤める。

「叔父の智籌は、妖しさ、色合い、匂いを強烈に感じられる、怖い、そして魅力的な智籌でした。50年以上前の叔父が勤めた時の映像を参考にしつつ、型や気持ちなど事細かく書き込まれている叔父の台本をお借りしましたので、十二分に役立てて、またある意味お守りにして、魅力的な智籌を作りたいです。花柳(壽輔)さんにお稽古していただきますが、(尾上)菊之助君にも見ていただきながら自分でも勉強して、叔父の当り役を形にして初日を迎えたいと思います」
前半の智籌は真っ暗な花道を音も立てずに忽然と現れる。
「やはり出でしょう。役者は出た時にどれだけ注目してもらうかが大事なものでもあるかと思いますが、この役は真逆ですからね。明かりも入らない。またところどころ土蜘の精らしい、人間ではない動きがあります。土蜘の精になってからは、あの千筋の糸は自分の武器ですから、自分の一部に見えるような動き方を大事にしたいと思います。この『土蜘』は松羽目物の中でも、かなり能の方へ寄っているものだと思います。『道成寺』とは全く違うアプローチですね。空間の間合い、静の時間をどうやって埋めていくか。後ジテも派手に見えますが決して発散しているわけではない。前と後で変化するその根底にある陰の表現、そこを魅力的にお見せしたい」

もう一役『一本刀土俵入』の茂兵衛は一文無しで腹を空かせた取的。取手の旅籠でひょんなことから酌婦のお蔦と出会う。その十年後、茂兵衛は角力ではなく渡世人となって再びお蔦の前に現れる。
「純粋というか純朴というか、そんな言葉では表わせない人物です。腹をすかせていた取的が立派な人間になって再会するというのならよくあるストーリーなんですが、そうではないというのがこのお芝居の面白いところであり人間らしいところ。偉い人がひとりも出てこない、茂兵衛も含めて皆普通の人たちなんですよ」
染五郎時代には掘下根吉として、渡世人となった茂兵衛(二世吉右衛門)と対峙した。
「叔父の茂兵衛は大きさがありました。同時に、扮装はまさに渡世人ですが、ただカッコよくなった、と言うだけではない。本当は立派な角力とりになりたかった、という気持ちをどこか引きずっている人なんです。それが叔父によってち密に構成されているように感じました」
前半と後半で茂兵衛の外見も境遇も大きく変わるが、「人としての根っこの部分は変わっていないんでしょうね」と語る。

「歌舞伎では前と後とでの変わり方が大事ですが、茂兵衛は本当に全くの渡世人になったわけではないと思うのです。全然違う人物になってしまっているのなら、かかってくる相手に頭突きで向かっていかないはず。もともと茂兵衛が持っている素直さ、無意識の誠実な部分がとっさに出たのだと。また茂兵衛があまりに立派に見え過ぎると、取手の、ではなくて江戸の本物の渡世人に見えてしまう。そうではないからこそ面白い世界観を持ったお芝居だと思うんですよね」。
そしてこう加える。
「なりきる、ということが大事かなと。お蔦との会話で、自分の母は死んだが、お蔦の母は生きているときいて、”姐さんのおっかさんは生きてるんだ、じゃあわしより少しましだ”という意味の台詞があります。これは、冗談を言っているようにもとれる台詞ですが、茂兵衛は本当にそう思っているんですよ。実際にそういう男がここにいると感じていただけるような、茂兵衛をお見せしたいです」
時代物世話物、歌舞伎の古典の狂言が並ぶ秀山祭。
「手本があり、その方のその役に憧れる、そして教えていただく。そこから始まるのが古典だと私は思っています。新作と違うのはそこですよね。この二役を私でと最初に聞いたときはとても驚きましたが、叔父がどれだけすごい人だったのかを皆様に知っていただきたい。これが私の大きな役目、人生最大のハードルだと思って挑みます」
取材・文:五十川晶子
<公演情報>
歌舞伎座新開場十周年
「秀山祭九月大歌舞伎」
二世中村吉右衛門三回忌追善
【昼の部】11:00~
一、祇園祭礼信仰記 金閣寺
二、土蜘
三、二條城の清正
【夜の部】16:30~
一、菅原伝授手習鑑 車引
二、連獅子
三、一本刀土俵入
2023年9月2日(土)~9月25日(月) ※11日(月)、19日(火)休演
会場:東京・歌舞伎座
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2328911
公式サイト
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/827
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