ひとの“心の奥底”に迫る注目作
映画『アンダーカレント』の魅力
豊田徹也による同名漫画の実写化した映画『アンダーカレント』が10月6日(金)から公開になる。本作は、ひとの心の“奥底=アンダーカレント”にある感情を丁寧に描き出した感動作で、公開前から早くも高評価が集まり、第42回バンクーバー国際映画祭への出品が決定するなど、海外にもその熱が広まりつつある。
少し不思議な設定の中で描き出される誰もが“他人事”とは思えない感情、静かな感動が押し寄せるラスト……この秋、『アンダーカレント』が多くの観客の心をとらえるだろう。
世界を魅了する名作がついに映画化
本作の原作は、「漫画界のカンヌ映画祭」と呼ばれるフランス・アングレーム国際漫画祭でオフィシャルセレクションに選出されるなど、国内外で人気を誇る豊田徹也による同名漫画。熱狂的なファンの多い作品で、多くの映画人が実写化を夢見た原作だが、このたび、作品に深い理解と敬意のあるスタッフ・キャストによって映画化が実現した。
銭湯「月乃湯」の女主人・かなえは、夫・悟が突然失踪してしまい、途方に暮れながらも周囲の人々の助けを借りながら、銭湯を再開する。
そんなある日、堀と名乗る謎の男が「働きたい」とやってきた。堀には住む場所もなく、彼は住み込みで働くことになり、かなえと堀は同じ屋根の下で暮らし始める。
同じ頃、かなえは友人から私立探偵を紹介され、失踪した夫の行方を捜すことに。突然の失踪、突然の同居人の出現……不思議な日々の中で、かなえは自分の心の底に沈めていた想いに気づいていく。さらに彼女は失踪した夫や堀の知られざる事実も知るようになり……
かなえを演じるのは、日本映画界で欠かすことのできない俳優、真木よう子。そして、失踪した夫を永山瑛太が、かなえの前に突然現れる謎めいた男・堀を井浦新が演じる。
さらにリリー・フランキーが、夫の行方を追跡する探偵を演じるほか、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央らが出演。
『愛がなんだ』や『街の上で』Netflix『ちひろさん』など注目作を数多く手がける今泉力哉が監督を務め、『万引き家族』で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞するなど、映画音楽の世界でも輝きを見せる細野晴臣が音楽を担当する。
作品を愛する実力派スタッフとキャストが時間をかけて『アンダーカレント』の世界を丁寧に紡いでいく。
いくつもの“なぜ?”が観客の胸を打つ結末に
本作にはいくつかの“謎”が描かれており、最後の最後まで先の読めない展開が待っている。
まず、主人公・かなえの夫・悟はなぜ、突然に失踪したのだろうか?
かなえと悟は仲の良い夫婦で、ふたりで力を合わせて銭湯を切り盛りしてきた。夫とかなえの間に何かしらの揉め事や不和があったようにも見えない。しかし、夫はある日、姿を消した。
かなえは私立探偵の山崎からの報告を受けながら、夫婦で過ごした時間を振り返り、自分にとって夫とはどんな存在なのかを自らに問いかける。そして、知らされる悟の秘密とは?
また、夫がいなくなったのと入れ替わるようにして謎の男・掘が現れたのはなぜか?
彼は銭湯組合からの紹介で、かなえの営む「月乃湯」にやってきた。仕事はできる男だが、なぜか最初から「住み込みで働かせてほしい」と言い、自分について多くを語らない。なお、堀はかなえに対しては常に紳士的で、どんな時も彼女を「奥さん」と呼ぶ。
堀が月乃湯で働くようになった本当の理由とは?
『アンダーカレント』にはいくつもの“なぜ”が織り込まれ、観客はその世界を一歩ずつ分け入っていく。
本作ではさらに“ひとの心”という最も難解で、最も身近にあり、誰もが迷ったことのある謎を描いている。
人が人を理解するとはどういうことなのだろう? 人が他人と共に暮らす中で得た記憶や感情は、相手がいなくなれば“消えた”も同然なのだろうか?
単にスクリーンを眺めるだけじゃない。『アンダーカレント』を観る者の心は激しく動いているはずだ。
誰の心にもある“アンダーカレント”
“アンダーカレント”とは「流れ(カレント)の底(アンダー)=水や空気などの底流」のことで、時にはひとの心の奥底や、自分では気づいていない暗示などを意味することもある。
映画『アンダーカレント』では表向きは、夫が失踪してしまった女性がその行方を捜しながら、同時に突然現れた男性と銭湯を切り盛りする物語が描かれる。しかし、本作の物語はもうひとつある。それこそが、かなえ、その夫の悟、月乃湯で働く謎の男・堀の“心の奥底=アンダーカレント”の物語だ。
本作は観客がただ物語の行方を追うだけでなく、そこで描かれるあらゆる要素をじっくりと楽しめる“奥深い”映画になっている。彼らの心の奥底にはどんな感情が眠っているのだろうか? 私たちはそんなことを考えながらスクリーンを見つめる。
登場人物が“何をしたか?”ではなく、どんな表情か? どんな声のトーンか? どこを見つめているか? が思わず気になってしまい、彼らのおくった“時間そのもの”が映画の主役なんじゃないかとさえ思えてくる。
俳優陣の丁寧で確かな演技、今泉力哉監督の愛情と冷静さの入り混じった確かな演出、世界を幾重にも取り巻くように響く細野晴臣の音楽……映画館で何かひとつ好きな部分が見つかれば、もし1回で理解できない部分があったとしても絶対に好きになる。『アンダーカレント』にはそんな不思議な魅力がある。
そしてこの物語とここにいる人たちのドラマは“どこかの誰かの話”ではない。彼らも私たちもみんな、いろんな出来事に心を動かし、影響を受けているが、同時にいろんなことを忘れている。時には知らず知らずのうちに過去の記憶をそっと“心の底”に沈めている。
それはふとした瞬間に顔を出す。悲しかった記憶、誰かを大切に思った過去、故郷のなんてことのない道の風景。私たちは“忘れてしまった”と思っている。しかしそれは単に“思い出せない”だけかもしれない。
本作の物語は少し変わっているが、そこにある感情は誰もが一度は味わったことのあるものだ。感動や共感だけではない、観る人の心の深い部分にまで染み渡るような言いようのない感覚。
映画『アンダーカレント』は、これから先もふとした瞬間に“かつて、観たこと”を思い出す、そんな特別な映画になるだろう。
『アンダーカレント』
10月6日(金) 全国公開
🄫豊田徹也/講談社 🄫2023「アンダーカレント」製作委員会