映画と働く 第18回 スクリプター:田口良子 / 映画監督の秘書って大変だけど楽しい!「来る者拒まず」育成にも尽力
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田口良子
1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。
第18回となる今回は、スクリプターとしてフリーランスで働く田口良子にインタビューを実施した。“映画監督の秘書”と称されるスクリプターは、制作前の準備から撮影、記録、編集と全体の作業を効率よく進行するために欠かせない存在だ。これまで「キングダム」「シン・ウルトラマン」「シン・仮面ライダー」といった映画の制作に携わり、第一線で活躍する田口に、制作の裏側やスクリプターとして働くやりがいについて話を聞いた。
取材・文 / 小宮駿貴 題字イラスト / 徳永明子
カットとカットの“つながり”を意識する
──まず、スクリプターとはどのようなお仕事なのか教えてください。
すごく簡単に言うと、監督の秘書的な役割。一番最初にやることは、台本を読んでどのくらいの尺になるかを計算する“尺出し”という作業。初めてご一緒する監督の場合は、過去の作品を観てテンポ感をつかんでからイメージ、計算します。あまりにも尺が長い場合は台本を練り直していただくことも。それから様々な打ち合わせに参加します。監督の具体的なイメージをスタッフと共有することで、撮影の準備ができてくる。
──なるほど。
撮影に入ると“つながり”を見ていきます。お芝居を引きのサイズで撮って今度は寄りで撮ってと、複数のカットをつなげて映画やドラマが完成します。引きでは右手でコップを持っていたのに、寄りでは左手でコップを持っていたら編集するときにつながらなくなる。それを避けるために「この台詞の時は右手でコップを持っていたので、右手で持ってください」と伝えます。動きだけではなく感情の“つながり”も意識してお芝居を見ています。監督に「こういうカットも撮っておいたほうがいいのでは」と提案することもあります。撮影が終わると、その日は何のカットをどういう順番で撮ったのか、そしてこのカットはこういうふうに使ってほしいという情報を編集部さんに渡す、現場と編集のパイプラインも担っています。
──隅々まで全体を把握しておかないといけない大変なお仕事ですね。
大変です(笑)。出演者が多いときもそうですが、食事のシーンは特にです。このセリフを言ったときは、このおかずを取ったとか。本当に“つながり”って難しいんです。細かく言いすぎると、役者さんのお芝居が固くなっちゃったりする。そのあんばいが難しいですね。やっぱり気持ちよくお芝居していただきたいので、本当に重要なことだけを伝えています。それでも、今は撮ったものを見返すことができますから。昔はフィルムだったのでそれができない。フィルムのときは演出部さんに「あの人を見ておいて」と手伝っていただいてました。
スクリプターは“言える”ポジション
──履歴書を拝見しました。石井輝男監督作「地獄(1999年版)」の現場でボランティアをされて、以降はフリーランスのスクリプターとして活動されています。このお仕事を始めたきっかけについてお聞かせいただけますか。
映画学校のニューシネマワークショップ(NCW)を出てから、自分が何の部署で働きたいかはわからないけれど映画に関わる仕事がしたいと思っていました。学校にボランティアスタッフ募集の張り紙があったので、まずは飛び込むしかないなと。演出部として参加したのですが、石井監督から記録(スクリプター)の業務を頼まれたのが最初です。当時スクリプターという職業があるのは知っていましたが、何をやるのかまったくわかっていなかった。同じ現場に、ピンク映画で有名な小林悟監督がいらっしゃって、彼もあまりわかっていないのに記録の書き方を教えてくださった。かなり探り探りな状態でやっていましたね(笑)。
──師と仰ぐような方はいらっしゃるのでしょうか。
宮腰千代さんです。2002年に「ウルトラマンコスモス」のテレビシリーズに入れていただいたときに、やっとスクリプターとしていろいろなことを吸収することができたんです! 私のスクリプターとしての入り口はかなり変わっていると思います。
──ドラマの現場も担当されることがある?
あります。ドラマの現場はとにかく速い! 役者さんがお芝居をしている間にカメラがガンガン動いて、引きと寄りを同時に撮ったりとか。それに「ウルトラマンコスモス」をやったおかげですごく勉強になりました。特撮と本編という両方を経験したので、合成ものというか、VFXを使った映画の現場に呼ばれることが多くなりましたね。
──「ウルトラマンコスモス」は大きなターニングポイントになったんですね。現場で心がけていることはありますか?
どうすればよりよい作品になるかを常に考えています。先輩のスクリプターさんから「私たちは“言える”ポジションだから」と教わりました。「こうしたらどうですか」「ああしたらどうですか」といくらでも言える。最終的に決めるのは監督なので、たくさん提案したほうがいいなと思うようになりました。監督を悩ませてしまっているところもあるかと思いますが(笑)、演出の選択肢が1つでも増えたらいいなといつも考えています。
──監督から感謝されることも多いのでは?
現場が終わったあと、「桐島、部活やめるってよ」や「紙の月」の吉田大八監督から「田口さんとの仕事はクリエイティブで楽しいです」とメールをいただいたのはとてもうれしかったですね。まさかそんなふうに思ってくださっていたとは。
佐藤信介監督は「ワンカットに挑む準備がすごく丁寧」
──これまでに大変だったなと思う現場はありますか? 印象に残っているエピソードを教えてください。
たくさんありますよ(笑)。佐藤信介監督の「GANTZ(2011年)」も大変でした。「GANTZ」「GANTZ PERFECT ANSWER」は同時に撮っていて、2本ともガンツの部屋(※編集部注:黒い球体「ガンツ」が置かれた謎の空き部屋)が出てくるんですけど、その部屋のシーンはクランクインした最初の1週間ですべて撮ったんです。撮影期間が100日以上ある中で、部屋に転送されてきてゲームが行われる場所まで転送されていくシーン全てを撮影して……。その約1カ月後に同じ動きを再現してもらう。カットとカットのつながりを意識して撮影するのが大変でしたね。武器の持ち方とか種類も適当ではダメなので、リスト化してやっていましたから。
──佐藤監督の作品でスクリプターを担当されていることが多いですよね。
そうですね。アプリ(※編集部注:効率的に情報を整理・活用できるデジタルノートアプリ「Creators Note」など)の開発でもご一緒させていただいています。
──「キングダム」「キングダム2 遥かなる大地へ」「キングダム 運命の炎」のように、シリーズを通してスクリプターを担当されるケースは多いのでしょうか。
「キングダム」に関しては、「遥かなる大地へ」以降ベタ付きでやっていないんです。私が「キングダム」のあとに子供を産んだので、ベタで現場にいることができずに2人体制でやらせていただきました。2016年に佐藤監督から紹介されて私の見習いに就いた吉野咲良が適任だなと思い、お願いしました。現場はほとんど彼女に任せていたので、「運命の炎」からクレジットは彼女を上にしていただきました。
──そうなんですね。佐藤組の現場についてもお話を伺えますか。
みんなiPadを使っていて、デジタル化が進んでいる印象です。それに、佐藤組はとにかく準備が丁寧。佐藤監督とアクション部さんで撮影・編集してビデオコンテを作成する。ここまではよくあるのですが、佐藤組はそれをさらに絵コンテに製本して、「このカットはどういう操演が必要で、どういう仕掛けが必要で」と打ち合わせをしてから現場に挑む。ワンカット、ワンカットに挑む準備がすごく丁寧なイメージがあります。だからこそ、あのクオリティの高さが生まれるんだなと思っています。あと佐藤組は、コロナにならないように十分な撮影日数を取って体力の温存、免疫力の維持に努めていましたよ。「遥かなる大地へ」以降は、エキストラさん50人くらいをレギュラーにして、地方ロケにも同行してもらっていました。通常ですとエキストラさんはその都度集めるのですが、レギュラーを設けたのもコロナ対策の一環ですよね。
──なるほど。現場のデジタル化が進んだことで、より効率的に作業できる環境が整いつつあるのでは?
昔は走り書きをする現場用と編集部さんに渡す用の台本を2冊もらっていました。バーッと書いた自分の字が雑で、そのまま渡せないので編集部さん用に清書していたんです。それをコピー印刷して封筒に入れて送ったり、FAXで送ったり、PDFにしてメールで送ったり……アナログでしたね。佐藤監督がiPadを使ってて「いいなあ」と思っていたのですが、当時のスタイラスペンが書きにくかった。でも、2016年にApple Pencilが発売されてからは変わりましたね。思い通りに文字が書けるし、何度も使う言葉を登録してスタンプのように使えるし、定規もいらない。とにかく作業効率が上がりました!
──便利ですね! どれくらい作業時間が短縮されたのでしょうか。
昔は家に帰ってから2時間、下手したら3時間かけて清書していました。今だとロケ帰りの車内とか、ちょっとした空き時間にできるので30分くらいで終わります。
「来る者拒まず」育成にも尽力
──アプリ「Creators Note」の開発に参加されています。どのようなアプリなのでしょうか。
「GANTZ」のプロデューサーをされていた田中正さんに声を掛けていただきました。彼のお知り合いの方がアプリの開発をされていると。「Creators Note」はテキスト情報をアプリに流し込んで、デジタル化した台本で現場が成り立つようにするもの。必要なシーンにすぐ飛べたり、いろいろ書き込んだ情報が自動でリスト化されたり……。うまく伝えることが難しいので、私が作った説明動画を観ていただけると(笑)。使ったらハマると思います!
──以前、「Creators Note」を使った勉強会を開いていましたよね。
はい。私がiPadを使い始めたとき、スクリプターの先輩から「これみんなに教えてあげなよ」と。2016年に初めてiPad勉強会をやったのですが、その頃はアンケートで「私は無理です」「私には使えません」としか答えが返ってこなかった。それでも何度か続けていくうちに「勉強会をやってほしい」という声が増えてきて、今ではポジティブな内容ばかりアンケートに書いてくれています。便利さがわかってもらえたんだなと感じるようになりました。
──「キングダム」でご一緒された吉野さんをはじめ、スクリプターの育成にも力を入れているように感じます。
私は、来る者拒まずです。スクリプターは現場に基本1人で、助けてくれる人がいない。確かに大変な仕事です。それに、スクリプターになるための入り口もなかなかわからないのが現状。なので「やりたい!」と言う子はなるべく受け入れてあげたいですね。
──田口さんのX(旧Twitter)を拝見しましたが、現在は都心を離れて長野に移住されたんですね。何か働き方に変化はありますか?
今年は短いスパンの作品に数本参加しているのと、リモートでアプリの開発監修を続けています。長野ではMADOという新しいスタイルのコワーキングスペースに入居して、日々刺激を受けています。自然がすぐ近くにある環境での子育てにしばらく専念して、来年からは撮影期間が3カ月程の作品に参加予定なので本格復帰する予定です。
──では最後に、スクリプターとして働くやりがいについてお聞かせください。
演出にちょっとでも携われていることが、やっぱり楽しいです。監督と話して「じゃあこうしようか」と採用されたり、カットがかかって監督と目が合って「今のよかったよね!」という風に言葉なくうなずき合う瞬間は、同じ方向を向けていることを感じられてうれしいですね。とても気持ちがいい瞬間です。
※記事初出時、内容に一部誤りがありました。お詫びして訂正いたします。
田口良子(タグチリョウコ)
1978年2月27日生まれ。スクリプター。1999年に石井輝男の監督作「地獄」にボランティアスタッフとして参加した。石井の勧めでスクリプターを担当して以降、フリーランスで活動中。近年参加した主な作品は映画「GANTZ」「キングダム」シリーズ、「紙の月」「シン・ゴジラ」「浅田家!」「子供はわかってあげない」「シン・ウルトラマン」「さかなのこ」「シン・仮面ライダー」など。

