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【観劇レポート】3年の時を経て上演中のミュージカル『アナスタシア』キャストの魅力に迫る

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ミュージカル『アナスタシア』より   撮影:岩村美佳 

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葵わかな、木下晴香が主演するミュージカル『アナスタシア』が9月12日、東京・東急シアターオーブで開幕した。長らく歴史ミステリーとして人々の心を掴んでいた“皇女アナスタシア伝説”を下敷きにした物語で、ベースは第70回アカデミー賞で歌曲賞、作曲賞にノミネートされたアニメ映画『アナスタシア』。ミュージカル版は2016年のトライアウトを経て2017年にブロードウェイで開幕し、日本では、本国のクリエイティブスタッフと日本キャストがタッグを組み、豪華なブロードウェイ版の演出そのままに2020年3月に初演された。ただ、当時猛威をふるい始めていた新型コロナウイルスの影響に翻弄され、公演の大半が中止に。その作品が、3年の時を経て戻ってきた。キャストは初演のメンバーがほぼ再集結。それぞれダブル、トリプルキャストとなっているキャストの魅力に焦点を絞ったレポートをお届けする。

葵わかなと木下晴香それぞれの強さが滲み出たヒロイン、アーニャ

物語は、20世紀初頭のサンクトペテルブルクとパリが舞台。1917年、帝政ロシア最後の皇帝ロマノフ2世とその一族はボリシェビキ(後のソ連共産党)に捕えられ、殺害されてしまう。革命から10年後の1927年、レニングラードと改名されようとしているサンクトペテルブルクでは皇帝の末娘アナスタシア生存の噂が囁かれていて、革命前にパリに移り住んでいた皇帝の母マリア皇太后は、孫娘を探すため多額の賞金を懸けている。詐欺師のディミトリとヴラドはその懸賞金を得ようと、記憶喪失の娘アーニャをアナスタシアに仕立て上げパリへ向かおうとするのだが……。

ミュージカル『アナスタシア』より、高精細LED映像を使った背景にも注目

本題に入る前に、作品の魅力についても触れておこう。『アナスタシア』はミュージカルとして非常に強度の高い作品である。史実に材をとったリアルな時代背景の上に、記憶喪失の少女の正体は皇女なのかという歴史ロマンが展開し、さらにサンクトペテルブルクからパリへの手に汗握る脱出劇、そして魅力的な詐欺師とのロマンスが描かれていく物語がまず、隙のない面白さだ。その物語を『過去への旅』『遠い12月』といった心に残る名曲の数々が盛り上げる。ロシア宮廷での豪華なドレス、ジャズエイジのパリのモードな服など、衣裳も目に楽しい。さらに眼目は、舞台美術の肝である高精細LED。ビビッドで美しい色彩もさることながら、それをまるでそこに実際にあるかのように奥行まで感じられる精密さで映し出す技術は、他で経験したことのないリアリティだ。おそらく未見の方が“LED映像”と聞いて想像するものとは別次元のリアルな質感を持った映像が、次々と場所を変えるシーン転換をなめらかにし、観客を息もつかせず物語の中に没入させていく。ほか、華やかな経歴を持つバレエダンサーによるバレエシーンなども必見で、あらゆる面においてハイレベルであり最先端のミュージカルだ。

そして演じるキャストは、若きヒロインを中心に、それぞれの魅力と武器を持つ才能が集結。まず主人公のアーニャは葵わかなと木下晴香というミュージカル界のニュー・ヒロインふたり。葵は意志の強さ、気の強さも爽快な、親しみやすいアーニャ。1幕のナンバー『新たな旅立ち』で、「怖くて逃げだしそう」と不安な内心を明かしながらも「笑顔で行こう!」と気を奮い立たせる姿は誰もが応援したくなる愛らしさだし、明るいポジティブさ全身から発しながら力強く進んでいく姿はまさにヒロインの輝きだ。

葵わかな
木下晴香

一方の木下は無邪気さがありがながらも、劇中で「聡明な」と表現されるのが納得のアーニャで、的確に状況判断をして前に進んでいく印象。一幕ラストのビッグナンバー『過去への旅』の希望に満ちた高らかな歌声も鮮烈だ。ふたりとも、アーニャを夢のようなプリンセスではなく、現実に立ち向かい、ひとりで進む道を切り拓く現代的な、血の通ったヒロインとして演じていて、とても説得力がある。

二役を担う海宝直人ほか、トリプルキャスト三者三様のディミトリ役&グレブ役

海宝直人

ディミトリ役は海宝直人、相葉裕樹、内海啓貴のトリプルキャスト。近年どんどんその存在感を増している海宝は、まずは何と言っても、劇場空間を圧倒させる力強い歌声が素晴らしい。ソロナンバー『俺のペテルブルク』の意気揚々とした歌声は聴いていて心地が良いだけでなく、ディミトリの自信が伝わってくる。またキャラクターとしては頭の回転の速さが伝わる役作りで、切れ者感充分。混乱の時代、自ら道を切り拓いたアナスタシアと共振していくのがわかるディミトリだ。

相葉裕樹

相葉ディミトリは爽やかで、ロマンス要素が強め。立ち姿も美しく、舞台がパリに移ってからの衣裳の映えること。原作にあたるアニメ版のディミトリも彷彿とさせる造形であると同時に、数々の大舞台を経験している彼らしい安定感ある歌声で、“頼れるディミトリ”を自然体で演じている。

内海啓貴

2020年の今作がグランドミュージカル初挑戦だった内海のディミトリは、少年っぽさが魅力。革命前後の混乱の世の中をしたたかに生き抜いてきたリアリティがある。少し生意気そうにも聴こえるクセのある声質もこの人にしかない魅力で、生き生きとしたディミトリだ。ヒロイン目線の理想像も具現化しているような、ある種少女漫画のヒーローにもなり得るのが海宝ディミトリ・相葉ディミトリだとしたら、内海ディミトリは観客目線で共感していく少年漫画のヒーローだな、という感想も抱いた。

石川禅(中央)

ディミトリの相棒である詐欺師ヴラドは大澄賢也と石川禅。誰もが一目置く大ベテランふたりが、可愛らしさを爆発させている。その中でも大澄からは温もりを、石川からは優しさをより濃く感じた。また、2幕冒頭でパリに到着した際の大ダンスナンバー『パリは鍵を握ってる』では、石川のチャーミングなダンスからはパリに着いた浮かれっぷりが伝わって微笑ましかったのに対し、元来ダンサーである大澄ヴラドは隠しきれないキレの良さが見て取れたのも、ふたりの個性の違いとしてキュートで楽しかったポイントだ。

さらにアーニャ、ディミトリ、ヴラドのトリオの組み合わせによりその日の物語のカラーが決まってくる作品だが、筆者が見た組み合わせで言うと、葵アーニャ、海宝ディミトリ、大澄ヴラドだとディミトリが主導権を握る詐欺師コンビとケンカしながらも仲良く進んでいくアーニャという関係性に見え、木下アーニャ、相葉ディミトリ、石川ヴラドだと対等に肩を並べて笑い合いながら進んでいく三人、木下アーニャ、内海ディミトリ、大澄ヴラドだと、じゃれあう若者コンビを一歩引いたところで目を細めて眺めているヴラド、というような色の違いが見てとれた。ちなみに石川は1998年に日本公開されたアニメ映画版ではディミトリの声を吹き替えている。ディミトリ役者が時を超えてヴラドを演じていることもまた、作品のロマンを深めている。

堂珍嘉邦
田代万里生

アナスタシア暗殺の命を受けながら、街角で出会った少女アーニャに心惹かれるボリシェビキの将官・グレブは、堂珍嘉邦、田代万里生、海宝直人がトリプルキャストで演じている。この役もまた三者三様だ。前回から続投する堂珍は将官としての冷酷さを表現しつつも、狂気に走らず理性的で冷静さもある人物像。理性的であるからこそ、過去に囚われている悲劇性が際立つ。メインキャストの中では唯一再演からの参加となる田代は、登場のシーンが圧巻だ。サンクトペテルブルクの街で革命政府に不満を募らせる民衆に演説をする姿が扇動者の迫力で、狂信的な表情を一気に押し出してくる。その後徐々にグレブの人間味を足していく緩急が上手い。また本来とても美しいテノールの田代が、太い声を響かせているのも注目だ。そして初演ではディミトリとして出演した海宝が、再演ではディミトリとグレブの二役に挑戦しているのも話題。海宝グレブは静かな芝居で、職業軍人といった様相で淡々と演じ、それが逆にグレブの油断ならなさをひたひたと客席に浸透させていく。そして最後にアーニャと対峙するシーンで激しく感情を爆発させるのが圧巻だった。アニメにはなかったキャラクターであり、物語のヒール的ポジションであるグレブだが、三者ともファンタジーのヴィランではなく、歴史の中に確かにいたであろう現実味のある人物としてグレブを造形し、物語に深みを出していたことを特筆したい。

朝海ひかる、マルシア、堀内敬子それぞれのコミカルさが出た伯爵夫人リリー

マリア皇太后に仕える伯爵夫人リリー役はこれまた俳優としてのバックボーンも個性も異なる三人、朝海ひかる、マルシア、堀内敬子。ロシアでの栄光を経験しながらパリで生きる亡命貴族であり、作品にコミカルさとシニカルな視点を注入する役どころでもある。朝海は苦難を潜り抜け「どっこい、生きている」という地に足のついた力強さと、マリア皇太后へ続く道に立ちはだかる門番的厳しさも醸し出す反面、やはりこの人らしい華やかさが魅力。マルシアははっちゃけた中にも皇太后に仕える弁えもしっかり伝わる、バランスの良さがいい。三人のうちもっともコミカルだったのは堀内。抜群の芝居センスで関西のおばちゃん的な愛嬌あるリリーを造形、一方でセクシーさも存分に出し、とてもチャーミングだった。

そしてシングルキャストとして作品の要・マリア皇太后を演じるのが麻実れい。圧倒的高貴さと美しさで、ロマノフ王朝の歴史の重みを体現。キーワードとなる印象的な台詞の数々を重厚感たっぷりに発し、物語を締めていた。

ストーリーは、プリンセスが自らにふさわしい場所を取り戻す物語である。……と説明したら、ロマンチックな貴種流離譚のように思われるかもしれないが、『アナスタシア』は実は貴種“否定”譚だ。アーニャが掴み取るのは、プリンセスという“立場”ではなく、“ありたい自分”。同時にそれぞれのキャラクターも、自分の人生に立ち向かっていく。豪華だけど夢物語ではない、今を生きる我々にも刺さるテーマがしっかりとあるからこそ、この物語は観客の心を掴んで離さないのだろう。そして登場人物たちの厚みを丁寧に伝えている俳優陣のクレバーな芝居に拍手を贈りたい。

なお冒頭でも記したが、ミュージカル『アナスタシア』は日本初演となった2020年3・4月の公演が、全52回公演の予定だったところ、新型コロナウイルスの感染拡大防止の影響でわずか14回のみの公演となった。脚本のテレンス・マクナリーが新型コロナウイルス感染に伴う合併症で、まさに日本公演上演中の2020年3月24日に亡くなったことも衝撃的だった。観たくても観劇が叶わなかったファン含め、多くの人々がやるせない思いを抱えていた作品の、待望の再演である。9月11日に行われた初演前会見で葵が「前回は前回は不完全燃焼で終わってしまった。ついにリベンジできる」、木下が「この作品に再び挑戦するためにいろいろなことを磨いてきた」と語ったように、3年間技術を磨き、ひと回り力強くなったキャストたちのひたむきな熱演がまぶしい。どの組み合わせで観ても満足できることを保証しよう。そして、2023年公演は無事に完走してほしいと切に願う。

東京公演は10月7日(土)まで同劇場にて。その後10月19日(木)から31日(火)まで大阪・梅田芸術劇場メインホールで上演される。チケットはいずれも発売中。

取材・文:平野祥恵 撮影:岩村美佳

<公演情報>
ミュージカル『アナスタシア』

脚本:テレンス・マクナリー
音楽:ステファン・フラハティ
作詞:リン・アレンス
振付:ペギー・ヒッキー
演出:ダルコ・トレスニャク

出演: 葵わかな・木下晴香
海宝直人 ・相葉裕樹 ・内海啓貴
堂珍嘉邦 ・田代万里生
大澄賢也 ・石川禅
朝海ひかる・マルシア・堀内敬子
麻実れい
ほか

【東京公演】
2023年9月12日(火)~2023年10月7日(土)
会場:東急シアターオーブ

【大阪公演】
2023年10月19日(木)~2023年10月31日(火)
会場:梅田芸術劇場メインホール

チケット情報
https://w.pia.jp/t/anastasia-musical-japan/

公式サイト:
https://www.anastasia-musical-japan.jp/

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